2006年12月16日
赤い彗星 セナ/マクラーレンMP4/4

F1では黒、黄、青―とスポンサーカラーに合わせた色のレーシングスーツを纏ったアイルトン・セナ。だがやはりイメージとして一番最初に頭に浮かぶのはマクラーレン当事の赤だ。チャンピオンを獲り、多くの名勝負を展開した時の色。
日本でセナ人気が高まったのは'88年日本GPで初タイトルを獲得してからではないかと思う。それまでは単にF1トップドライバーの1人でしかなかったはず。ロータスの黄色のスーツを来てサーキットを歩いていてもあれほどの人だかりはできなかった。
「セナ様」と呼ぶ妙な人気からか、ドルフィンは年を追う毎にややアンチ・セナに傾いていった。
それでも何年の日本GPだっただろうか…セナが予選で鈴鹿のコースレコードを出したスーパーラップは忘れられない―。
約6㌔のコースでたった1秒詰めるだけなのだ。それなのに明らかに他車とコーナーリング速度が異常なほど違った。ダンロップ下で見ていたのだが「これは(レコードタイムが)出た!」と瞬時に分かるほど。

’88年日本GP 鈴鹿の裏ストレートにて
数々の名場面を脳裏に刻ませてくれたセナ。自分が彼の愛機を1台選ぶなら、シリーズを圧勝し初チャンプとなったマクラーレンMP4/4 ホンダになる。
当初、マクラーレンやセナのモデルカーは急いで欲しいとは思っていなかった。今年のF1日本GPに行った際、サーキット前のモデルカー屋でミニチャンプスのセナコレクションがかなり安価で販売されていたので これが縁だと思って購入。観戦した’88年日本GP仕様になっているのが良い。

スーツのワッペンまで細かい!
マシンの精密再現はもちろん、セナコレと銘打ってあるだけあってドライバーのヘルメットやスーツまで緻密に塗装されているのが素晴らしい。
こうしてじっくり眺めると、当事の最強マシンも現在のF1に比べたら単調な形状をしているなと感じてしまう。20年の歳月は大きいものだ。
小雨の中、ガッツポーツでフィニッシュラインを通過したセナ。表彰式後の空には虹もかかっていた。貴賓席からスタンドを通って退出した本田総一郎氏の目にも涙があった。鈴鹿F1開催2年目の終幕は清々しいものだったとしみじみ思う(←もうオジサン?)。

'95パシフィックGPにて この姿が最後になってしまった
多年チャンプや様々な記録を樹立した最強コンビのセナとプロストだが“ぶつけてチャンピオンを獲る”という悪しき伝統を創ったのも彼ら。
'91年鈴鹿で「先に1コーナーに入った者が優勝する」と事前取り決めしていたため、最期の最期に(相当悩んだのだろう)ベルガーに優勝を譲った茶番劇を演じたのも彼。シラケた展開を無理やり「友情」に置き換えたメディア。この年は観にいかなくて良かったと今でも思っている。
悪い事もあったが、セナは歴代F1ドライバーの中でもカリスマ性のある偉大なドライバーには違いない。


感性のまま走るパイロットだったと思います。。。
それが時として反感を買ったり あるいは感性をゆるがられたり・・・
いずれにしても 歴史の残るパイロットだったことには間違いありませんでしたね。。。
セナがフェラーリドライブするとこが見たかったです。。。
フェラーリをドライブしていても赤のレーシングスーツになっていたでしょうね。
ウィリアムズの次―「最期はフェラーリドライバーとして」と思っていたのかも。