2007年07月22日
F1欧州GP記念~1時間のための1日 ウイリアムズ

あの常勝チーム・ウイリアムズが勝ち星に恵まれていない現在が信じられない-。
メインスポンサーの移り変わりが激しく、マシンのカラーも短いスパンで変更されて「どれがウイリアムズだった?」とイメージがあやふやになった頃からだろうか、表彰台から遠ざかってしまったのは。
'06年F1日本GP予選を観に行った際もザウバーとウイリアムズの区別がつかなかった…。
ファミマ限定、ミニカー付きコーヒー「'07F1コレクション」の1台、ウイリアムズFW29/トヨタ。
主なスポンサーしかベイントされていないので、トヨタエンジンを使っているかどうかなど、モデルからは分からない。BSマークは付いているが。
サイドポンツーン上の青ラインが滲んでいる等、荒さは随所に見られる。

'06年F1日本GPでのウイリアムズFW29
現在のウイリアムズについてはあまり良く知らないので―
強引に F1日本GPの思い出③~1時間のための1日~'87F1日本GP
’77年を最後にF1GPは日本から遠ざかってしまった。何度か「F1開催」の話が浮上しては消え、ドルフィン少年の心はその都度消沈した。
だからこそ鈴鹿での開催が決定した時、どれほど嬉しかったことだろう。

ウイリアムズFW11B/ホンダを駆るN・ピケット
ターボカーのパワーはリアウイングから“飛行機雲”を出させた
当時、初めてのコースで開催される場合、木曜日に1時間の完熟走行が行われていた(現在は不明)。
たった1時間の完熟走行のために朝からヘアピンに陣取ってコースインを待ちわびた。それほどまでに世界最高の自動車レースを見るのを楽しみに10年の月日を過ごしていたのだ。

セナ/ロータス・ホンダVSプロスト/マクラーレン・TAG
'87年当時は名古屋市に住んでいたので、毎日バイクで往復していた。
決勝後も渋滞をスリ抜けて名古屋に戻り、’77年の日本GPを一緒に観に行った友人とTV放送を見て感慨にふけったのだった。
コメント
この記事へのコメントはありません。
