2007年09月27日
ホンダF1が走ったあの日 FW09パーツ


富士スピードウェイの’77年F1日本GPを最後にグランプリ・サーカス(現在では死語?)は日本から遠ざかった。
日本でF1が開催されぬままホンダがGPに復帰。ますます「観たい」という気持ちが募った。
’84年の初頭だっただろうか、名門ウイリアムズにエンジン供給を発表したホンダが鈴鹿でマシンテストを行った。
当時のウイリアムズのドライバー、ケケ・ロズベルグとジャック・ラフィーが交代で来日、ウイリアムズFW09をドライブした。
現役ドライバーが現役マシンを走らせる―夢のような話だった。
冬の寒い中、公開テストに2日連続で観に行った。7年ぶりに生きたF1を見られる喜び。たった1台でも充分満足できた。興奮した。それだけ飢えていたのだろう。
ピットでマシン調整中に出たサイドポンツーンの破片をもらった。まだカーボンではなく、グラスファイバー製の時代。

コックピットに納まるラフィー
当日のドライバーは世界チャンピオンではなく同僚のJ・ラフィー。'79年にはリジェでチャンピオンまであと一歩と迫った名ドライバー。
F1ドライバーが鈴鹿パドックの古びたドライバーズサロンで昼食をとるなど今では考えられない状態に遭遇。サインを頂き、握手してもらった。
憧れの大F1ドライバーにサインを求める時は緊張したが、笑顔で気さくにサインに応じてくれた姿に、喜びも一層大きくなった。

'99年F1日本GPの際に頂いたサイン
あれから時は流れ毎年F1GPが開催されるようになった。場所はあの時の鈴鹿サーキット。
ドルフィンとしてはF1観戦最後となった'99年に、再びラフィーと会うことができた。
恐らくフランスTV局のリポーターとしてやってきたのだろう。TVクルーとともにグランドスタンド裏のサーキット図看板の前を歩いていたのだ。
驚きの発見をしたとともに「ラフィーがいるのに誰一人としてサインをもらおうとしない!?」事にも驚いてしまった。
周囲にこれだけ観客がいるのに誰も知らないの? 少々寂しい気がした。
今年、富士にもラフィーはやってくるのだろうか?

今週末は富士で日本GPが開催されるので、ドルフィンも“おせんちF1回顧”特集しております。