2008年08月07日
シュー、王者への序曲 ペトロナストヨタFN06

F1にスポンサードしていたペトロナスが日本のFN、GT、F3のトムス車のメインスポンサーとなり驚いた。爽やかなライトグリーンの車体はレイトンハウスを彷彿させる。
そもそも、トヨタ系チームのトムスがFニッポンに参戦している事自体知らなかった。
何故トムスが?―と思っていたらトヨタがFNにエンジンを供給していると知ってさらに驚いた。―無知である。
ペトロナスだからとローソン限定・ミニカー付きコーヒーでペトロナス・トムス・ローラFN06を選んだ。ゼッケン「36」のアンドレ・ロッテラー車。
「36」はトムスのエースナンバーであるし、ロッテラー選手はGTでチャンピオンにもなっているから。
2000年以降のFNについてはよく知らないので―
強引に F2~F3000~FNの思い出③ シュー、王者への序曲
'91年のF3000菅生に電撃参戦したマイケル・シューマッハ。
'90年マカオF3と富士F3リーグで連覇し、メルセデスのジュニアチームでCカーを走らせていた将来を嘱望されたドライバー。経験を積ませるためにメルセデスの後押しで初めてF3000をドライブしたらしい。
言葉も通じぬ国で初めてのマシン、初めてのチーム、初めてのサーキットでも速かった。
特に決勝レースで4番手を走行中、先行する2台が2番手争いに夢中になっているところをイッキに抜き去ったシーンを目撃した時「F1でチャンピオンになる者はこんなセンスの持ち主なんだろうな」と感心&感激した。
対照的だったのは右京選手。何度も走っていてデータも持ち、戦闘力の高いローラに乗っていても、マイケルとの直接対決はできずに終わった。
彼の全日本F3000参戦はもう1回予定されていた。どうやら乗っていたラルトのマシン能力が低かったため、戦歴に傷が付くのを恐れたメルセデスがキャンセルしたらしい。残念だ。

決勝スタート前のシュー・マイケル。目がもうF1ドライバー

「『ミヒャエル』は言いにくいから『マイケル』でOK」と英語で話してくれた

全てが初物づくし。しかもシャシはチームメイトのジョニーでさえ手を焼いていたラルト。
なのに、決勝結果は2位。
当時のF3000の特殊性を考えると、優勝以上の価値とインパクトが有りました。
現在、書店に並んでいる「日本のレース100選」がこのレースの特集記事でした。
因みに、マイケルがこのレースに参戦した理由は”ミドル・フォーミュラでQタイヤの使用方法をマスターする”との記述がありました。
…悲しい事に、この年はこのレース”だけ”録画に失敗しました。。。(TT)
「日本のレース100選」になっていましたか。早速書店に行ってみます。
メインスポンサーは「サントリー熱血飲料」。