ミニカーのビギナ~ おまけ付き ミニカー集めのビギナー「ドルフィン」のコラムです。スーパーカー世代で、'76年F1inJAPANから'99年までレースを見てきました。パッタリとレースに興味を持たなくなった反動でしょうか、急にスーパーカーやレースカーのモデルカー集めが好きになりました。モデルを入手の“思い入れ”や経緯などを徒然なるままに書いています。モデルカーと実車の写真があれば一緒に掲載しています。 ★日々見つけた“小ネタ”の「おまけ」がたまに付きます。 ★データ等は記憶によるものが多いので、間違っていたら“優しく”ご指摘・訂正してくださいネ。

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手持ちミニカーで'90年F1日本GP 最終回 笑顔の表彰台・ベネトンB190

手持ちミニカーで'90年F1日本GP 最終回

優勝:ネルソン・ピケット:ベネトンB190/フォード

ベネトンB190
 上位陣増崩れの中、着実に走ったベネトンが1‐2フィニッシュを飾った。
 優勝のピケットと2位のR・モレノ、そして3位に入った鈴木亜久里―どの選手も笑顔だ。隣にいるドライバーと目を合わせないぎこちない表彰台ではない。自分の順位を本当に喜んでいる姿は、見る側に新鮮な感動をもたらしてくれた。

 ウイング後部が魔女の鼻のように折れ曲がったマシンは、その点以外は前年までのベネトン比べてオーソドックスな感じがした。
 原色で構成されたボディカラーもグリーンが多くなった。
ベネトンB190実車
 ONIXのミニカーは頂き物で、手持ちの中ではトドロキスペシャルT3に次ぐ長い付き合いだ。
 まだミニカーをコレクションしようとは思わず、ベネトンの1アイテムとして飾っていた。
 バブルの栄華を誇っていたオートポリスのロゴが今となっては悲しげだ。

 ミニチャンプスから待望の―本当に待ちに待ったベネトンB189/ナニーニ車が発売になるらしい。
'89年日本GPで優勝したベネトンでは一番好きなマシンの登場だ。


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ONIX | 投稿者 ドルフィン 21:43 | コメント(0)| トラックバック(0)

間近で見てテンション高まったタイレル019 手持ちミニカーで'90年F1日本GP 番外

手持ちミニカーで'90年F1日本GP 番外

中嶋悟:タイレル019/フォード
 ミニカーはアレジ車で申し訳ないのだが…
梅田タイレル1
 '90年F1日本GPのプレイベントとして、大阪・梅田に4台のF1マシンが展示された。
 レイトンハウス、フットワーク・アロウズ、エスポ・ラルース、そしてタイレル。どのマシンも前年型だったがタイレルだけは最新マシンの019が置かれていた。
 ハイノーズ+アンヘドラルウイングの珍しさと日本人ドライバー中嶋悟選手のマシンということもあり注目の的となっていた。
 こんな無料イベントが行われるあたりに好景気さが感じられる
梅田タイレル2
展示されていたタイレル019 ローアングルから

 柵に仕切られて遠目に見るのではなく、すぐ間近で見られたのが良い。
 さらに台に乗せられていたので、タイレル019のハイノーズっぷりが良く分かった。
 本番前にF1マシンの数々を見せられてテンションが高まったものだった。
 あの当時はF1観戦前は楽しみで眠れないほどワクワクしたものだ。 
梅田タイレル3
多くの人が集まったイベント
ハイノーズが当時は驚愕的だった



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ONIX | 投稿者 ドルフィン 23:04 | コメント(0)| トラックバック(0)

爆発的ヒットしたアパレル レイトンハウスCG901 手持ちミニカーで'90年F1日本GP4

手持ちミニカーで'90年F1日本GP ④

リタイア:イバン・カペリ:レイトンハウス・マーチCG901/ジャッド
レイトンハウス・カペリ
 '80年代のバブル成長期に突如として日本のモータースポーツ界に名乗りを上げた企業・レイトンハウス
 母体は不動産会社であるが「スポンサー活動が先行して“売り込む商品”が無かった」という変わった経歴を持つ(学生時代に広告宣伝の論文で書いたなぁ…)。
 企業の“顔”として立ち上げたアパレル・ブランド「レイトンハウス」が爆発的大ヒット! サーキットばかりでなく街でもレイトン・ブルーの服が流行した。
 モータースポーツに衣料メーカーがスポンサーに付くなど珍しい事だった。サーキット・ウエアの先駆け的存在だ。

 あまりの過熱ぶりにドルフィンは敬遠気味逆にF1でチームを立ち上げ、日本ではまだマイナー(サーキットでは)だったベネトンに走ったのだった。
レイトン実車
'90年日本GPでのカペリ

 '88年のマクラーレン/ホンダ・ターボ全盛期にNAで奮闘したものの、'90年の活躍は瞬きほどでしかなかった。
 “日本のF1チーム”となり母国GPを迎えたが期待に応えらえなかった。
 レイトン・ブルーに加えてBPのグリーンが加わった事で“締まり”のある色合いになったCG901。色合い的にはこちらの方が良い。

 レイトンハウス同様に「F1ブーム」「バブル期」を象徴するようなミニカーブランドONIXの1/43モデル。大阪に引っ越す際にミニカーを集めていた友人から餞別に頂いたものだ。
 カペリ選手のヘルメットにはマールボ○の意匠が描かれている
 萩原光の魂を受け継ぐゼッケンNo16を付けるF1マシンなのだ。

 '90年仕様のレイトンハウスのブルゾン(ウエストで締まっている上着・当時の流行り)だけプレゼント当選品で持っていた。まだ押し入れの奥に眠っていたかも…。

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ONIX | 投稿者 ドルフィン 20:46 | コメント(0)| トラックバック(0)

手持ちミニカーで'90年F1日本GP アンヘドラル・ウイングのタイレル019

 経済が長期低迷へむかうあの日まであと僅かとなった1990年。そんな未来が来る事を考えもしなかった日本は好景気に浮かれていた。
 F1人気は凄まじいほどで、あまりの加熱ぶりに日本GPの観戦チケットはプラチナペーパーと化した
 '90年F1日本GPを思い出す時「チケットが取れなかった」事が真っ先に脳裏に浮かぶ。
 予選券だけ持って鈴鹿入り。モーター誌の「前夜祭」で知り合った方に良心的価格で観戦券を、応援大会の賞品で初めての指定席券を入手でき“執念と幸運”の観戦だった。

 気が付けばそんな'90年日本GPに出走したマシンのミニカーも集まってきた。'77年日本GP出走マシンのように意図して集めていた訳でもないのだが…。

手持ちミニカーで'90年F1日本GP ①

出走せず:ジャン・アレジ:タイレル019/フォード
タイレル019アレジ
 ロータスのウイングカー構造とともに現在まで付け継がれるスタイル、タイレルのハイ・ノーズ。高さのあるノーズに折れ曲がったアンヘドラル・ウイングの特異なスタイルで人気があるマシンだ。
 雑誌で発表会の写真を見た時は「やり過ぎで失敗したな」と思ったものだ。
 タイレルのチーム・カラーであるブルーにホワイトを加えたカラーリングは爽やかで、一層格好良さが引き立つ。

 タイレル019を駆ったJ・アレジ選手がモナコGPで2位に入り、俄然注目を浴びた。
 反面、マシントラブルによるリタイアも多かった。

 日本GPではアレジ選手が予選でクラッシュ。足を痛めて決勝は不出走。チームメイトの中嶋悟選手が6位入賞を果たした。 
 レース終盤には2人の日本人ドライバーが走るコース脇では旗等が揺れ動き“ウエーブ”のようになっていた。マシンの姿が見えなくとも“ウエーブでどこを走っているのか分かった”ほど。そんな光景に感動しちゃったりした
タイレル019実車
アレジ選手のタイレル019

 '90年当時に発売されていたONIXのミニカーをオークションでようやく入手。中嶋選手のマシンはさらに人気があり高価だった。
 さすがに最近のミニカーに比べると作りが粗いのは否めない。
 ドライバーは乗っているものの、着色はヘルメットのみでボディはベース色のまま。
 それでも特徴的なスタイルを捉えて雰囲気は伝わってくる。

 京商1/64ミニカーのF1シリーズで次は「ウイリアムズかタイレルかな?」と期待していたのだが、前者はアオシマに取られてしまったので、是非とも後者で展開して欲しいものだ。


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ONIX | 投稿者 ドルフィン 19:52 | コメント(0)| トラックバック(0)

日本GP記念 中嶋のラストマシン

タイレル020-1
 F1日本グランプリの長い歴史の中で、印象的なマシンのひとつに中嶋悟選手のタイレル020/ホンダがある。
 日本人初のレギュラーF1ドライバーが引退を発表し、表彰台をかけた最後のマシンだからだ。
 1人のドライバーのために当時最強エンジンメーカーが後押しをした。前年に大パフォーマンスを見せたマシン+最強エンジンのカップリングに日本が沸いた。
 しかし、シーズンが経過した日本GPの頃には、そのパッケージにバランスの悪さが露呈し「いくら地元でも表彰台は難しいだろう」―という雰囲気が漂っていた
 結果はS字でドン…。
タイレル-2
 ONIXタイレル020中嶋車を入手できた。やはりこのマシンは中嶋車でなけばならない。
 ONIXの019と並べてみると差が全く無い。色を塗り替えただけのようなモデルだ。しかし、ブルーよりもガンメタリックの方が締まってカッコイイ。
 ドライバーのヘルメットは再現されているものの、胴体は単色でちゃち。そこがONIXの痛いところだ。
 中嶋を応援する企業のロゴが多く付いているマシンだ。
タイレル020-2
タイレル020/ホンダRA101E
 今年の日本GP予選、息子の中嶋一貴選手はQ2で終わってしまった。
 決勝では今シーズン最高位の成績で終わってくれるようにTV前で応援観戦したい。

タイレル020-3
ONIX | 投稿者 ドルフィン 16:39 | コメント(0)| トラックバック(0)

餞別のF1マシン

オニキス
アントキのビギナ~⑫ ONIX

 今では発売されていないモデルブランドONIX
 ベネトンB190がONIXを手にした最初のマシンだ。

 まだONIXがF1モデルカーの頂点に君臨していた十数年前。会社を退職する際に先輩社員が持っていたモデルを下さったのだ。
 台座が斜めになっているのが特徴的。ドライバーの体が単色で貧相なのも特徴的だ。
 透明ケース付きということもあって、引っ越しをしても常に飾っていた。

 現在住んでいる地域に引っ越す前にも、F1好きの友人がレイトンハウス190のONIXモデルをくれた。
 偶然にも両車餞別であり'90年のマシンなのだ。

 ONIXを見ると別れの寂しさを思い出すドルフィンだった。

ベネトンB190実車
ONIX | 投稿者 ドルフィン 20:05 | コメント(0)| トラックバック(0)

善?悪?一世風靡のレイトンハウス 190

レイトン1
 国内レースに端を発したレイトンハウス。'80年代一時期は皆がこぞってレイトンハウス・グッズを身につけていた。街で着られるレーシング・ファッションは魅力的だった。
 -が、あまりにもブームになり過ぎていたのでドルフィンは敬遠し、まだマイナーだったベネトン派になったのだった。

 レイトンのA社長が逮捕される事件が起こったが、レース関係者の大半が「世話になった」と語っていたそうだ。
 しかし、その金の作り方は正しいものだったのだろうか?
 また、コンストラクターだったマーチを買収→バブル崩壊で解散に追い込んでしまった。これもまた金の使い方に疑問が残った。
 モーター誌も“恩恵”を受けていたので深く追求できなかったのだ…。

 金の問題を置いておけば、国内外のレースではレイトンハウスの活躍に心躍らされた
 F1では自然吸気エンジンながら大パワーのターボ車を喰ってしまう場面も見られた。小が大を投げるという日本人の感覚に合っていたのかもしれない
 
 レイトンハウス190は188のような大成功マシンとはいかなかったが、そこそこのパフォーマンスを見せてくれた。
 萩原光の魂を乗せたゼッケン「16」が世界を駆け抜けていたのだ。

 唯一持っているレイトンハウスのブルゾン(カペリ&グージェルミン)とONIXのモデルを合わせたかったが、行方不明。どこにしまったのだろう?
レイトン実車
ONIX | 投稿者 ドルフィン 18:47 | コメント(0)| トラックバック(0)

目の前で1-2フィニッシュ! ベネトンB190

ベネトンB190
 元世界チャンピオンのネルソン・ピケットが加入し、ラルト/ホンダF2にも乗っていたロベルト・モレノとコンビを組んだ'90年のベネトンチーム。マシンには日本系企業のロゴが多く見られたバブリーな頃
 日本GPで1-2フィニッシュを飾ったのがベネトンB190だった。

 前年のB189のデザインがとても好きなので、B190にチェンジして欲しくなかったくらいだ。
 “魔女の鼻”を連装してしまう“折れ”のあるフロント部。コクピットサイドから、ドライバー後部に移動したインダクションポッド。あまりにスッキリし過ぎて寂しい気すらする。原色色分けもバランスに欠く。
 それでも目の前で1-2フィニッシュを飾ってくれたマシンはカッコ良く見えてくるのだから人の気持ちは不思議だ。
 あの時は最終コーナースタンドに座り、シケインを2台で立ち上がる様を観戦していた-。

 この年もベネのアパレルと“タコマーク”が変更された。
 ONIXのモデルと合わせたのは「UNITED-」にロゴチェンジしたショップ内装飾用ステッカー。
ベネトンB190実車
ONIX | 投稿者 ドルフィン 18:03 | コメント(0)| トラックバック(0)

最後の変わりF1 タイレル019

タイレル019
 近年、奇抜なF1マシンは少なくなり“変わりF1”好きのドルフィンはつまらなく感じている。
 タイレル019最後の変わりF1ではないだろうか。
 せり上がったノーズコーンに、八の字に下がったウイング。「やっちゃった…」雑誌の写真を見た時に思わず叫んでしまった。カッコイイがやり過ぎたデザインだではないかと-。

 しかし、6輪車と同様、素晴らしいパフォーマンスを発揮し、今でもフォーミュラマシンに生かされている。ハイノーズの礎を作ったマシンだ。
 スポンサーロゴは少ないものの、ホワイト&ブルーのカラーリングは清々しくキレイなものだ。

 ONIXのモデルと合わせたのは、日本GP時にもらったエプソンのステッカー

タイレル019実車
アレジのタイレル019 
ONIX | 投稿者 ドルフィン 20:00 | コメント(0)| トラックバック(0)

悲しき水中翼船 タイレル019

タイレル019
 奇抜なF1マシンが好きだ。アイデアとテクノロジーを結集したレースカーの頂点らしさがあるからだ。F1のミニカーを集めるにあたり好きだったものはもちろん、変わったマシンもコレクションしたいと思っている。
 昔からそう呼んでいるのでそう呼んでしまう―タイレル019変わったマシンの1台に入るだろう。雑誌で写真を見た時「あ~あ、やちゃった~! これは失敗作だろう。中嶋、今年はダメだろうな」と思った。だってそうだろう。高く上げられたマシンノーズに取り付けられた“八の字”状になったウイング…。いくらディフューザーの効果を上げたいからといってそれはないだろう―と感じるのが普通だ。このハイノーズが後々ブームメントになるとは思いもよらず。
 予想に反してダウンフォースが増えた(?)タイレル019は軽量・コンパクトな車体を生かして好成績を挙げた。ゲンキンなもので「失敗作」と思っていたマシンも奇抜さが逆にカッコ良く見えてくるもの。
 マシンの特徴を文字って『悲しき水中翼船』というCDまで出した日本期待の中嶋悟選手より、若くてハンサムなジャン・アレジ選手の方が活躍し、彼をフェラーリ入りさせる原動力にもなった。
 チーム内で影が薄くなり、翌年のホンダエンジン搭載車020も不発に終わった中嶋選手にとっては正に『悲しき水中翼船』である。

 タイレル019が走っていた'90年当時、ONIXから出ていたモデルカーがオークションに出ていたのを発見。“オモチャ転がし”をする訳ではないので、箱ナシ、ケース傷アリで格安になっていたモノを落札した。その値段たるや、代金振込みの手数料の方が高かったくらいだ。
 モデルカーにはアレジが乗っている。ヘルメットは一応程度にデザインされているが、胴体は青一色という手の抜きよう。これがONIX製品共通の悪い点だ。最大の特徴であるハイノーズは、今見ると「この程度の高さだったかな?」くらいに感じる。でもカッコイイイんだな。

タイレル019実車
アレジのタイレル019 アレジは未だに日本では人気があるなァ
ONIX | 投稿者 ドルフィン 17:58 | コメント(0)| トラックバック(0)

カペリ、トップの真事実 レイトン901

レイトンハウス901
 マクラーレン/ホンダ圧勝のF1'88年シーズン。日本GPでセナプロストが同チーム同士で優勝争いをしている最中、I・カペリが駆る自然吸気エンジン搭載のレイトンハウス・マーチ881が一瞬(記録では1周)だけトップに立ち観客を沸かせた。
 TVや雑誌では語られていないが、あの首位奪取には隠れた理由がある
 レイトンのカペリがホームストレートでマクラーレンのプロストを抜く寸前の出来事。ラルースの鈴木亜久里シケインでスピンした。そこにトップを走るプロストが進入してきた。ブレーキを強くし追突を回避。そのためストレートの伸びが鈍くなり、加速してきたカペリに一瞬抜かれてしまったのだ。この出来事はシケイン視界に入る僅かな(全体から見れば)観客だけが目撃できた。
 スピンアクシデントをモノにできる位置にまで差を詰めていたカペリの好走あっての事なのだが。
 
 ONIXから出ているレイトンハウス901は、大活躍した'88年モデルではないが、老舗レーシングカー・コンストラクターのマーチが作り上げた名車の1台。ドルフィンが引越しの際に、レース好きの友人が餞別にくれた品である。
 再現されたレイトンブルーと呼ばれる独特のイメージカラーで覆われ、オイルメーカーのグリーンがアクセントに入る。ドライバーはエースのカペリ。ヘルメットは丁寧に塗装されているが、ドライバーの体がちゃちなのがONIXの弱点。'90年代初頭までのF1ブームを支えたモデルメーカーらしからぬ手抜きである。
 ゼッケンは故・萩原光にちなんだレイトンハウスのナンバー「16」。彼の思い出話はまた別の機会に。

レイトン実車
F1日本GPでのI・カペリとレイトンハウス901
ONIX | 投稿者 ドルフィン 18:04 | コメント(1)| トラックバック(0)

1-2フィニッシュ! ベネトンB190

ベネトンB190
`90年F1日本GPで1-2フィニッシュを遂げたベネトンB190。優勝はネルソン・ピケット。70年代後半から80年代にかけてのF1が一番好きなドルフィンにとって彼は“ピケ”ではなく“ピケット”なのだ。
当時活躍したドライバーで日本でF1が再開催された時に残っていたのはピケットとパトレーゼくらいだろうか。セナやマンセルよりも憧れ度が強いドライバー達だった。

ベネトンB190は一番有名な緑、赤、青、黄を配色したベネトンカラー最後のマシンでもある。翌年からは一番好きではない黄色中心のタバコ屋カラーになってしまった。
また、不慮なアクシデントに遭遇したナニーニに代わってモレノがゼッケン19を付け、自己最高の2位に入った。前年のナニーニ優勝に続いての快挙に、観戦していて興奮した事を思い出す

ONIXからリリースされたピケットのベネトンB190。これは頂き物。ある会社を退職するときにベネトン好きのドルフィンのために先輩が飾っていたものを下さったもの。
―ところで最近、ONIXって聞かないけど? ミニカーに関してはビギナ~なので業界については分からないのだが…。

ベネトンのロゴが「UNITED-」に、“タコマーク”がファイヤーカラーに変更されたマシンである。今は破産したオーポリもスポンサーに付いていた。
ヘルメットこそピケットのものだが、ドライバーのボディはちゃちな緑一色というところが廉価的。台座が斜めになっているのが他のモデルカーと異質なところ。

やっぱりベネトンはこのカラーリングが一番いいね。

ベネトンB190実車
F1日本GPでのピケ。カッコイイなぁ。
ONIX | 投稿者 ドルフィン 16:03 | コメント(4)| トラックバック(0)
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予約【スパークモデル】(1/43)小林 可夢偉 BMW ザウバー C29 20010年日本GP 7位 #23 (SJ001) SPARK『11年2月-3月予定』101029
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