2007年12月11日
奇怪マシンの優勝 ブラバムBT46/B

これもまた“異形F1”の代表、ブラバムBT46/B。マシン後部に巨大ファンが付いている事で有名。
スポーツカーノーズに三角断面モノコックだったBT46も割りと好きな形だったが、/Bは一層格好良い。
ファン付きという特徴を除いても、ウイングノーズでスッキリとしたフロントから後方にゆくにつれて広がるシャープなくさび型ボディのラインが好きだ。
N・ラウダの腕が良いのか、この奇怪なマシンがデビュー戦で優勝してしまったのだから痛快。
TV放送で見た/Bは、エンジンとファンの動きが連動しているのか、低速時はゆっくりと回っていた。
マシン底部に流れる空気を利用したウイングカーと違って、ファンは見る者がダイレクトに動きを見られるところが面白かった。
中田ヒデのファンでもないので、パルマラートグッズは持ち合わせていなかったため、RBAのモデルにはエンジンのアルファロメオのステッカーを合わせました。
2007年12月08日
最強ウイングカー ロータス79

M・アンドレッティとR・ピーターソン、熟練した2人のドライバーが乗りこなしたウイングカー、ロータス79。
誰が勝っても、どのチームが上位にきてもおかしくなかったF1戦国時代を爆進した雄姿を今でも忘れない。
ワイドなボディ幅、鋭利なノーズ、それでいて後部まで続く滑らかさ。今見ても見劣りする事無い格好良いF1マシーンだ。
'78年Wタイトルを獲得したマシンも、翌年には他チームの新マシンに太刀打ちできない状態。F1の進化の速さを物語っていた。
ウイリアムズやフェラーリのウイングカーが時代を築こうとも、やはりウイングカーとして最強のイメージがあるのはロータス79だ。
マリオとロニーの1-2体勢、月桂樹を模った優勝マークが貼られたマシン。モーター誌を見てはシビレていた。
RBAの'79年カラーのモデルと合わせるマルティーニのステッカーが無かったので、マシンフロントにロゴが入るチソットの時計と組み合わせ。
エンサインやザウバー等F1チームをスポンサードし続けてきた時計メーカーなので、社会人になった祝いに叔父貴がプレゼントしてくれたもの。
2007年12月06日
JPSカラーと言えばロータス

富士には月見草、ロータスにはJPSカラーが良く似合う―(ちなみに、F2他のカテゴリーでもJPSカラー車は有る)。
前年(’76年)とは変わってワイドなボディになりカッコ良くなったロータス78。そのボディの下に“ヒミツ”があったとは…。
活躍した'77年シーズンには“ベンチュリー効果”について他チームに知られていなかった。プラモデルを作った時に「何で“底”が反っているんだろう?」と思ったほどだ。当時は「車体の下に空気を入れない」のがレーシングカーの定石だったからだ。理由は分からずとも忠実に再現していたタミヤは偉い!
結局'77年チャンピオンはフェラーリ312T2のN・ラウダが早々に決めたが、優勝回数ではマリオが上回っていた。翌年の大進撃のプレリュードといったところか。
漫画『赤いペガサス』で主人公ケン・アカバと最終戦までチャンピオン争いを繰り広げるM・アンドレティのロータス78。
劇中モナコGPでデビューするSV01改は「ロータス似」ではあるが、サイドポンツーン両外脇にラヂエーターがあるところからウイングカーではない。連載当時はまだ“ベンチュリー効果”が分かっていなかったのだ。
RBAのモデルと合わせたJPSステッカーは'83年全日本F2のJPSトロフィーレースで配られていたもの。上のロータス77のステッカーはF1inJAPAN時にJAFブースでもらったもの。

’77日本GPでのマリオ・アンドレッティのロータス78
2007年12月03日
6輪タイヤル タイレルP34

実践投入された唯一の6輪車、タイレルP34。'76年には優勝もしているから、単なる奇抜狙いじゃないから凄い。
当時はラジコン、プラモの3次元から、車関係の印刷物に至るまで様々なところで目にしていました。
’76年F1inJAPANの時も「本当に6輪ある!」と驚いたものです。左右にタイヤを見るための“窓”があるのも面白いデザインでした。
“変わりF1好き”のドルフィンにとっては6輪F1は欠かせない存在です。
F1マシンの名前など知らなかった当時「6つ“タイヤ”があるからタイ“ヤ”ル」だと覚えていました(苦笑)。
フジTVのF1中継が始まって「Tyrrell」を「ティレル」と呼ぶようになりましたが、どうにも“気取った”ような気がして抵抗があります。正式な発音のカタカナなのかもしれませんが。
しかし、昔からの癖もあって「タイレル」と未だに呼んでいます。
保存されている実車は時の流れを隠せず、随所に老化や色あせが見られます。しかし、そのスタイルは決して色あせる事はないでしょう。
RBAのモデルに'77年頃にもらったeilのステッカーを合わせてみました。


2007年04月03日
奇抜なF1・ファンカー ブラバムBT46/B

F1史上最も奇抜なマシンの1台、ブラバムBT46/B。「ファンカー」として有名だが、当時は「サカーカー」と呼ばれていた。「ラジエーター冷却用」とのミエミエの“言い訳”でマシン後部に巨大なファンを取り付け、車底の空気を輩出。負気圧を発生させてダウンフォースを得るシステムだったらしい。
「こんな車が速いのか?」と思うが、ニキ・ラウダのドライブでデビューウインを飾ってしまった。規定上の理由から、この1勝は認めらたものの次戦以降の出走が禁じられた。この1回だけの出走、そして“勝ち逃げ”が“ファンカー伝説”となって人気を博しているのではないだろうか。
'78年当時としては珍しくF1スウェーデンGPはスポットでTV放送された。“止まっている”雑誌の写真では分からないファンの動き―特にコースアウト(ワトソン?)した際にファンで巻き起こる砂ボコリが竜巻のようだったと印象深い。
最強ウイングカー・ロータス79を抑えての優勝は見事。ラウダの腕をもってしても走らなかった車があった事を考えると、BT46/B自体決して悪い出来ではなかったのだろう。

奇抜F1マシン大好きなドルフィンにとっては欲しいミニカーの1台。
街のミニカーショップのレンタルBOXでミニチャンプス製BT46/Bの出物を発見した。さすがに新品が3~4台買えるほどのプレミア価格には舌を巻いた。
それでも「出回るんだ」と分かってネットオークションを探ってみた。ラウダが乗っているミニチャンプスは同様の値が開始価格。しかし、RBA製は意外と安値(高値ばかり見てきたので金銭感覚がマヒしたか?)。憧れのマシンを入手する事が出来た。
サカーカーは後方からの眺めに限る。筒をハメ込んだ様なファンには迫力がある。車体と路面を隙間無くビッシリとスカートで囲まれた実車と違って、モデルカーは隙間だらけなのが残念だが(ミニチャンプスはまだマシ)。
ベースのBT46もカッコ良かったが、46/Bは一層シャープなフォルムになった。フェラーリで獲ったゼッケン「1」が誇らしい。
空力的に洗練され似たデザインの現代と違って、様々なアイデアのマシンが登場した時代に思いを馳せる。
2007年02月03日
スーパー・マリオ・ワールド ロータス78

C・チャップマンが発明した元祖ウイングカー・ロータス78。現代F1の要素が詰まっているマシンだ。フェラーリ312T2、マクラーレンM26と並ぶ当時の憧れのF1マシンだ。
漫画『赤い―』内では、ケン・アカバと最終戦・日本GPまでチャンピオン争いを展開したマリオ・アンドレッティの愛機。劇中のモナコGPでデビューしたSV01改は発表会の時に「ロータスのマネ」と言われてデザイナーのトムは激怒したが、正確にはSV01改はウイングカーではないので「マネ」ではないのだ。
実際は'77年にマリオのロータス78は他のドライバーより優勝を重ねたがチャンピオンにはなれなかった。しかし、翌年のスーパーなマリオ・アンドレッティのワールドチャンピオンに繋がる足がかりにはなっていた。
’77年F1日本GPを観戦に行った。ゴール間近になった時、ピット裏の敗れた金網の隙間から進入(あのころは警備が甘かったなぁ)。ハントの着替え&早退インタビューを聞き、3位しかいない表彰式を真下で見ていた。パドックを見学中にクラッシュ・リタイアしたマリオのロータスが置かれていた。ふと見ると、リアウイング翼端板のスミがピラっとしていた。好奇心溢れる悪ガキは「なんだろう?」と手を伸ばした。ペリペリ…。翼端板が裂けた! どうやらファイバー材をプレスして成形されていたようで、そこを剥がしてしまったらしい。初めて触ったF1を壊してしまうとは…!! もう時効だと思うので白状します。それにしても憧れのF1マシンやドライバーに会いながらも写真フィルムが残っていなかったのは今でも悔やまれる。
あまり出物が無いだろうと思っていた矢先、オークションで落札できたRBA製のロータス78はJPS仕様。タバコ屋のロゴが入るなんて珍しい。この目で見たマシンと同じカラーのモデルカーが競り合う事無く入手出来てラッキーだった。やはりこのカラーリングはシブイ。ミニチャンプスのようにマリオが乗っていないが、彼の魂はこのマシンに込められている。
フルカウリングではなくエンジンやミッションが露出しているので、プラスチック材ながらも精巧に作られている。もちろんマシン底部のウイング構造も。
先に購入していたロータス79(11/2 驚喜のロータス79)と並べて展示したい。

’77日本GPでのマリオ・アンドレッティのロータス78 スタイルと言い、ブラック&ゴールドのカラーリングと言い、カッコイイなぁ
2007年01月10日
ファースト6輪 タイレルP34

タイヤが6つあるレーシングカーとして一世を風靡したタイレルP34。'76年F1 in japanの時も客寄せの目玉のひとつだった。最終コーナーで観戦していた当時は、あっという間に目の前を通り過ぎてしまったので注意深く観察はできなかった。まじまじと見る事が出来たのは数年後の走行会の時。
翌'77年のF1日本GP時のP34はマイナーチェンジして洗練されたが、やはり初登場のインパクトは強い。フェラーリやロータスのような速そうなカッコ良さとは違うメカニクルなカッコ良さがある。

チームが「たいれる」とマシンに平仮名記名しているP34
街の有名ミニカー屋に立ち寄った際に、レンタルBOXに入っていたタイレルP34。ミニチャンプス製なら万を超える額で取り引きされているが、ここではかなり低価格に設定されている。多車輪F1マシンは是非とも欲しいところ。願っても無いチャンスなのだが、同時に大好きなF1マシンのロータス79も同程度の価格で置かれていた(11/2 驚喜のロータス79)。さらには京商のサークルKサンクス限定「フェラーリF1シリーズ」がオークションでは考えられないほど低価格でバラ売りされていたのだ。
これほど好みのミニカーが同時に売られているとは…。少ない小遣いからどのマシンを選ぶか迷いに迷った。もう“次”は無いだろう。いつかは欲しいと願っていたマシン達。超奥の手、超虎の子、ピンチの時にと財布に潜ませていた大枚を手にし、タイレルP34、ロータス79、京商のフェラーリ312T2(11/14 不死鳥が宿るマシン フェラ-リ312T2)とフェラーリ312T4を購入したッ!! 手が震えんばかりの興奮―憧れのマシン群が我が家に来る喜び、一気に大金投入した事実、そして嫁はんにバレたら?(苦笑)―と様々な思いが交錯した。

後に調べてRBA製と判明した'76年型タイレルP34シェクター車。ドライバーは乗っていないが、バケットシートやベルトは作り込まれている。スポンサーロゴや黄色のライン等は印刷とデカールで処理している様子。elfだけのスポンサーカラーがシンプルでカッコイイ。F1では珍しい“窓”(前輪の状態を見るため)はクリアパーツではなく銀塗装。確かミニチャンプスでも同様だと記憶する。エンジン部がモロ見えの当時のF1だけあって細部は細かい。
見れば見るほど惚れ惚れとする美しさがある。さすがは6輪F1唯一の実践車両。

'77年F1日本GPでタイレル007を駆って完走した国サンがP34をドライブ
これで6輪F1はマーチ761、タイレルP34、ウィリアムズFW08Bがそろった。後はフェラーリ312T2の6輪テストカーだけだ。
2006年11月02日
驚喜のロータス79

店頭に置かれたそのモデルを発見した時には心臓が爆発しそうになった。ロータス79。'78年F1チャンピオンマシン。新品はおろか中古品でも市場に出回るのは稀な人気モデルが、これまた貴重なタイレルP34とともにミニカー屋のレンタルケースに入っていたのだ。しかもリーズナブルな価格で。人気車2台を手放さなくなったオーナーの心情を察するを得ない。
ミニカーを本格的に集め始めた時、是非とも手元に置きたいモデルの1台がロータス79だった。雑誌やTVでしか見た事は無いが、初のウイングカー・ロータス78を進化させ、F1'78年シーズンをM・アンドレッティとR・ピーターソンで席巻した。「ウイングカー」「エアロダイナミックス」という言葉はこのマシンの活躍によって覚えた。洗練されたデザインは、もうカッコイイとしか表現のしようが無い!-ほど。
入手モデルはミニチャンプス製ではない。後にネットオークションで外国のRBA製と知るのだが、ロータス79が我が家に来るのだ、ブランド性などどうでも良い。
これはドライバー&メーカーのWタイトルを獲った'78年仕様ではない。「最高のウイングカー」と満を持して発表したロータス80が失敗に終わったため(これはこれで好きなマシンなのだが)、前年のマシンを持ち出して戦わなくてはならなくなった'79年仕様のブリテッィッシュ・グリーンにマルティーニのカラーになっている。ゼッケン「2」は"アルゼンチンの鷹"C・ロイテマン。
マルティーニやエセックス石油のプリント部にオフセット印刷の"網"が出てしまっている辺りにミニチャンプスに比べて荒さがあり、元値も安かったと推測される。だが、ボディの作りは精巧で、サイドポンツーン底部のウイング曲面も作り込まれている。
ロータス79を入手してから半月間は仕事中に思い出してはニヤニヤ・ドキドキしていた(おいおい!それはイカンだろ!!)。
