2007年09月13日
夏が終わるのでTシャツ ファイナル
「Tシャツはもうらうもの」と思っていた。自分で購入しはじめたのはベネトンシャツくらいからだろうか。
レースイベントでもらったり、某編集部で頂いたり、懸賞で当たったり…と。
今回紹介のシャツも全てもらいものなのだ。

マツダ787B ル・マン優勝車
かなりヨレてますが、いまだ現役。

GEARBOX ムーンクラフトのF3000マシンMC-030
カウルを外して(恐らくメインスポンサーの宅配会社名を見せないように)シャシー状態。


レーシングプロジェクト・バンドウ紺、赤
今やSGTに参戦しているバンドウのTシャツ。
オナジデザインで色違い2枚。上が前で下が背。
織戸学選手が富士フレッシュマンに出ている頃のTシャツ。

アライヘルメット

トヨタ・スープラ JGTC
GTのイベントブースで貰ったもの。生地が薄かった!
スープラ使用4チームのロゴが入っている。
レースイベントでもらったり、某編集部で頂いたり、懸賞で当たったり…と。
今回紹介のシャツも全てもらいものなのだ。

マツダ787B ル・マン優勝車
かなりヨレてますが、いまだ現役。

GEARBOX ムーンクラフトのF3000マシンMC-030
カウルを外して(恐らくメインスポンサーの宅配会社名を見せないように)シャシー状態。


レーシングプロジェクト・バンドウ紺、赤
今やSGTに参戦しているバンドウのTシャツ。
オナジデザインで色違い2枚。上が前で下が背。
織戸学選手が富士フレッシュマンに出ている頃のTシャツ。

アライヘルメット

トヨタ・スープラ JGTC
GTのイベントブースで貰ったもの。生地が薄かった!
スープラ使用4チームのロゴが入っている。
2007年09月10日
夏はTシャツ⑥ F1関係編
Tシャツ⑤オイル編を除いたF1関係のTシャツ。どれも一時代前のもので、全て貰い物ばかり(苦笑)。

ロ●マンズ・ウイリアムズ
ヒル&ビルヌーヴ時代のウイリアムズマシンが描かれたウイリアムズオフィシャルもの。
F1ショップ主催の写真コンテスト入選の商品。

キ●メル
ラクダマークのタバコ屋。色合いが「24時間テレビ」のTシャツに似ていた。

ジ●ン
リジェをスポンサードしてたタバコ屋。色合いやデザインが良いので、よく着ていた。

7UPジョーダン
’91年にF1進出したジョーダンのTシャツ。

ブリヂストンF1
レース時のBSイベントブースで貰った。
F1挑戦決定記念のシャツ

ロ●マンズ・ウイリアムズ
ヒル&ビルヌーヴ時代のウイリアムズマシンが描かれたウイリアムズオフィシャルもの。
F1ショップ主催の写真コンテスト入選の商品。

キ●メル
ラクダマークのタバコ屋。色合いが「24時間テレビ」のTシャツに似ていた。

ジ●ン
リジェをスポンサードしてたタバコ屋。色合いやデザインが良いので、よく着ていた。

7UPジョーダン
’91年にF1進出したジョーダンのTシャツ。

ブリヂストンF1
レース時のBSイベントブースで貰った。
F1挑戦決定記念のシャツ
2007年08月30日
夏はTシャツ!⑤ オイルメーカー編

長谷見選手に頂いたCIBIE/elfのTシャツ(背の部分)
'78年の夏休みに富士ロングディスタンスシリーズ第2戦・富士1000㌔レースを観に行った。
友人のお父さんがコース役員をしていた事から、レース終了後にピットに招待され、表彰式を間近で見せて頂いた。
さらに優勝は逃したものの2位となったスタードライバー長谷見昌弘選手と星野一義選手に会わせて頂く計らいとなった。
星野選手からサインを頂き、長谷見選手からはチームのCIBIE/elfのTシャツ(新品)を頂いた。
サイズは大きかったもののお気に入りのシャツで、大切に10年くらいは着ていた。多少伸びたものの、ヨレヨレにはならなかったので素材は良い物だったのだろう。

表彰式で長谷見選手も同じTシャツを着ている
星野選手のレーシングスーツが時代を感じさせる

'96年鈴鹿1000キロで和田孝夫選手に頂いたバルボリンのTシャツ
'96年の鈴鹿1000キロレース終了後、和田孝夫選手が“レースで着ていた”バルボリンのTシャツにサインを入れて下さった。
真夏のレースを戦ったリアルなものだったが、帰宅後、洗濯して保存している。

チームのサインが入る


フェラーリ/アジップのTシャツ

BPのTシャツ
イラストが可愛いかったので、ふだん着にして着潰した。
2007年08月10日
夏はTシャツ④ 憧れのモナコGP
F1モナコGPは子どもの頃から憧れのレースだった。いつの日か出場はできなくても観戦に行きたいと思っていた。
学生時代に行きたかったが資金繰りができず、レース好きの友人と「残るチャンスは新婚旅行くらいだな」と話していた。
果たして彼は“先に”新婚旅行でモナコGP観戦に行った。
その時にお土産にTシャツとプログラムを買ってきてくれた。Tシャツは“もったいなくて”着られず、大切に保存している。

'94年F1モナコGP
いざ自分が新婚旅行に行く段階になると、F1はチーム別にサーキットをグルグル回るだけの走行会化していた。順位変動はピットで行われるつまらないイベントに高いお金は払えないと、モナコGP観戦は断念したのだった。

’97年鈴鹿1000キロ
鈴鹿1000キロレース終了後に、ピットで和田孝夫選手が着ていたTシャツにサインを入れてくれたもの。
レースの汗と臭いが付いていたので、それは丁重に洗濯させて頂いた。


’91年マカオGP
マカオGPでヨコハマタイヤ使用優勝者・'90年のシューマイケルまで
名前を連ねるTシャツ。'91年のレース前に作られたもの。
'91年の優勝者って誰だっけ?
学生時代に行きたかったが資金繰りができず、レース好きの友人と「残るチャンスは新婚旅行くらいだな」と話していた。
果たして彼は“先に”新婚旅行でモナコGP観戦に行った。
その時にお土産にTシャツとプログラムを買ってきてくれた。Tシャツは“もったいなくて”着られず、大切に保存している。

'94年F1モナコGP
いざ自分が新婚旅行に行く段階になると、F1はチーム別にサーキットをグルグル回るだけの走行会化していた。順位変動はピットで行われるつまらないイベントに高いお金は払えないと、モナコGP観戦は断念したのだった。

’97年鈴鹿1000キロ
鈴鹿1000キロレース終了後に、ピットで和田孝夫選手が着ていたTシャツにサインを入れてくれたもの。
レースの汗と臭いが付いていたので、それは丁重に洗濯させて頂いた。


’91年マカオGP
マカオGPでヨコハマタイヤ使用優勝者・'90年のシューマイケルまで
名前を連ねるTシャツ。'91年のレース前に作られたもの。
'91年の優勝者って誰だっけ?
2007年08月03日
夏はTシャツ!③ チーム国光
大好きなチーム国光のTシャツはGr.A時代に3枚購入した。


国サンとドリドリのヘルメットをデザインしたTシャツ。一番のお気に入り。


2人の似顔絵のTシャツ。オナジデザインのトレーナーも持っている。
甥っ子に「何故“お爺さん”と“お婆さん”の絵が入ってるの?」と言われて愕然としてしまった。


Gr.A最後のレース「INTER TEC」で購入したスカイラインGTRがデザインされたシブいシャツ。これもお気に入りだ。


国サンとドリドリのヘルメットをデザインしたTシャツ。一番のお気に入り。


2人の似顔絵のTシャツ。オナジデザインのトレーナーも持っている。
甥っ子に「何故“お爺さん”と“お婆さん”の絵が入ってるの?」と言われて愕然としてしまった。


Gr.A最後のレース「INTER TEC」で購入したスカイラインGTRがデザインされたシブいシャツ。これもお気に入りだ。
2007年07月29日
夏はTシャツ② 富士でロータスを走らせた中嶋悟

'83年の夏、富士スピードウエイでロータス91とタイレルP34が走るイベントがあった。
ゲストに呼ばれていた中嶋悟選手がロータス91を、高橋国光選手がタイレルP34をドライブした。
中嶋選手はF2での活躍が認められてロータスのテストドライブをし、国サンは'77年F1日本GPでタイレル007をドライブした縁からかもしれない。
主催の河口湖自動車博物館のTシャツを購入したら両選手がTシャツにサインを入れてくれる―という催しもあった。
両者のサインが1枚のTシャツに納まるなど、後々には考えられない事だった。

着つぶしていたので、サインも洗濯で薄くなってしまった
辛うじて中嶋氏のサインらしきものが残っている

Tシャツを買ったらサインをもらえた。2人とも若い!

中嶋選手(当時)が走らせたロータス91
ウイングカーでカッコ良かったなぁ
2007年07月16日
夏はTシャツ! ①最初はやっぱりベネかな
'87年、鈴鹿でF1が開催された当時、日本ではレーシング・アパレルのレイトンハウスが流行っていた。
サーキットでは年々レイトングッズを見に着けている人が増えていた。多すぎてレイトンを着る気になれなかった。そんな時にF1マシンのカラーリングがカッコ良かったベネトンのアパレルに出会った。それからベネトン一直線が始まったのだ。

一番最初に買ったベネのTシャツ。
まだ「ベネトン フォーミュラー1」ブランドは無く、男女兼用のシャツ。

初期のレーシングエンブレムに使われていたウサギ+レインボーカラーも好きだった。

「ベネトン」と分かるロゴがデザインされたものを好んで購入。


普通のアパレルのロゴは「UNITED COLORS OF BENETTON」に変更。

「ベネトン フォーミュラー1」ブランドが確立。

普通のアパレルのロゴは「UCOB」に。

鈴鹿で購入したベネトンレーシング10周年記念Tシャツ。
このシャツだけは着ずに保存してある。

年代にマシン名とゼッケン、ドライバー名が記載されている。
サーキットでは年々レイトングッズを見に着けている人が増えていた。多すぎてレイトンを着る気になれなかった。そんな時にF1マシンのカラーリングがカッコ良かったベネトンのアパレルに出会った。それからベネトン一直線が始まったのだ。

一番最初に買ったベネのTシャツ。
まだ「ベネトン フォーミュラー1」ブランドは無く、男女兼用のシャツ。

初期のレーシングエンブレムに使われていたウサギ+レインボーカラーも好きだった。

「ベネトン」と分かるロゴがデザインされたものを好んで購入。


普通のアパレルのロゴは「UNITED COLORS OF BENETTON」に変更。

「ベネトン フォーミュラー1」ブランドが確立。

普通のアパレルのロゴは「UCOB」に。

鈴鹿で購入したベネトンレーシング10周年記念Tシャツ。
このシャツだけは着ずに保存してある。

年代にマシン名とゼッケン、ドライバー名が記載されている。
