2010年03月05日
完結! チーム国光NSX 3車

エブロの1/43モデルレイブリックNSX'97を購入した事で、チーム国光NSXの思い入れのある3台を入手。自分の中で完結した。
どのマシンも国さんが現役ドライバーとしてステアリングを握っている。
チーム国光は現在もNSXを走らせているも今一つのめり込めないのは、ドライバー・国さんの存在が大きいのかもしれない。

TAKATAのグリーンのシートベルトも再現
1/64モデルばかり見ていると、1/43モデルは“車内に色があって”目が覚めるようだ。外装だけでなく車内の作り込みや塗装が細かいのだ。
同じNSX勢の童夢のスポンサーであるTAKATAの綺麗なグリーンのシートベルトも再現されている。

ブルーのホイールが綺麗だ
スリットが入ったサイド・ウインドウやエンジンルームも造形。エンジン・レイアウトはセミワークス車時代と異なっている。
ブルーメタリックのホイール&ホイールナットがカッコイイ。
GTのテストやレースを一番見に行った時のマシン&カラーリングだけに、モデルを見ていると楽しかった思い出が蘇る。

飯田章選手にサインを入れて頂いたレイブリックNSXの写真
HSV-010のモデル(ビーズコレクションくらい)が出たら買ってしまうだろうな…。
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2010年03月04日
格安購入 レイブリックNSX JGTC1997DEBUT

ホンダNSXでGT選手権にワークスとして参戦した'97年からホンダ全チームがブリヂストン・タイヤを使用する事になった。
長年ヨコハマ・タイヤを使用していた高橋国光選手とチーム国光も体制を一新した。
鈴鹿1000キロ等でスポット・スポンサーだったレイブリックがメインになり、青の地に赤ラインでRAYBRIGと描かれた車体になった(当初、赤ラインが幾何学模様に見えた)。
チーム国光結成時からコンビを組んできた土屋圭市選手が離脱。ル・マンや鈴鹿1000キロでサード・ドライバーだった飯田章選手が加入した。
上の写真はGTレース時に配られた飯田章選手の似顔絵ステッカーと一緒に。

飯田章選手(左)と高橋国光選手(右)。ピットウォークで
GTのテスト走行を本格的に観に行くようになったのが'97年から(平日休みだったため)。
スポンサーカラーに塗装前のカーボン地むき出しの時から新NSXを見てきただけに、大好きなチーム国光・AYBRUG NSXのモデルは欲しかった。
とうの昔に完売状態になっていたこのマシンのモデルを、エブロが「JGTC1997DEBUT」と銘打ち新規発売してくれたのは嬉しい限り。
何年か待っていれば人気車種は再発売されるものなのだな。

レイブリックのステッカーと
ところが、高単価設定の京商1/64「R32GT-Rレーシング」「マクラーレンF1 GTRレーシング」の連続発売もあって予算が組めずにいた。
「このままではズルズルといってしまう」と、思い切って購入に踏み切った。
ネットで最安値店を探し(送料&振込手数料も考慮)通販で貯まったポイントを利用して格安で購入できたのは幸いだった。

飯田章選手にサインを入れて頂いたレイブリックNSXの写真
ワークス・マシンとなり空力面が大幅に変更されたとは言え、近年のマシンに比べれば市販車の面影が多分に残ったNSX GT仕様。GTマシンっぽくてカッコイイ-。
-今季ホンダのマシンは市販車が無いHSV-010になる。どんなマシンなのか、土曜日のファン感謝デー兼GTテストを観に行くのが楽しみだ。
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2010年02月17日
待望の全日本参戦 チー国アドバンBP NSX

R32GT-RによるGr.Aが終了した後、チーム国光は土屋圭市選手がホンダ・シビック・フェリオで新・全日本ツーリングカー選手権に参戦したり、ポルシェで全日本GT選手権(JGTC)に参戦していた。
だが、そのどちらもマシンの戦闘力が乏しくGT-Rほどのインパクトは無かった。
ホンダNSX GT仕様で2回のル・マン挑戦とクラス優勝を経て、ついにJGTC参戦となった。
ワークス体制のGT-Rやスープラと対等に戦うほどではないにしろ、和製スーパーカーであるNSXでの参戦は「待望」という言葉が合っていた。
レース観戦のメインは“チーム国光のNSX”見たさだったのだ。
コーナーで果敢に攻めたてる国さんや土屋さんのドライビングは心に響くものがあった。

Gr.Aでチー国を結成した当時のステッカーと
エブロ1/43モデルのNSXル・マン仕様が出てからしばらくして“待望”のアドバンBP NSX JGTC1996がリリースされた。
しかし「1車種1台のポリシー」を貫いていたミニカー集めの初期でもあったので、購入を本当に迷った。馴染みがあるのはアドバンNSXの方なのだから…。
迷った挙句、近隣のミニカーショップを巡って一番安値の店で購入したのだった。
車体はル・マン仕様と全く同じ金型。コクピットが左ハンドルから右ハンドルに変更された。
樹脂製の車内はどのような成形加工されているのか分からないが、ダッシュボードは左右対称になっているのだが、センターの塗装されたボタン類の配置は変化が無い。
シートや助手席スペースの小火器は入れ替えるだけで済むはずだ。シート位置が変わっているのに、ウィンドウの“開き”部分は左のままだ。
車載カメラのレンズはそのまま残っている。
意図的かどうか不明だが、エンジンカバーのガンメタ塗装がアドバンでは明るい色になっている。

土屋圭市選手(左)と高橋国光選手(右)にサインを入れて頂いた
現在、1977年のレイブリックNSXが発売されている。チー国ファンとしてはこのマシンまでは欲しいところだ。
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2010年02月16日
栄光の源 チーム国光ル・マン優勝NSX

'95年ル・マン24時間レースで関谷正徳選手が日本人として初めて総合優勝した。
同レースのGT2クラスでは日本人トリオが優勝していた。チーム国光HONDA NSXだ。
出場の経緯は覚えていないが、真紅のボディに大きく「TEAM Kunimitsu」と描かれただけでメインスポンサーは無い。完全ワークス体制でもないのにクラス優勝したのだから素晴らしい。

ツインリンクもてぎのコレクションホールにあるNSX
エブロ製1/43モデルは、このル・マン優勝モデルが最初にリリースされた。
NSXという車も好きだが、それ以上にチーム国光が好きだった。高橋国光選手、土屋圭市選手、飯田章選手が好きだ。
JGTCに参戦したアドバン・カラーのマシンのモデルが欲しかったのだが、この時はまだ発売されていなかった。
1/43スケールになると細部の仕上がりが違う。ルーフの車検ステッカーの再現性。コクピットのメーター類の塗装、車載カメラで写り込むダシュボードのホンダやKANEKOのロゴ。シート横には車載カメラのレンズまで取り付けられている。
ディフューザー横にはエアジャッキまで造形されえいるのだから凝っている。

GT2クラス優勝記念テレカとエブロモデル
ボディサイドに描かれた「TEAM Kunimitsu」のチームロゴ(最上段写真バックのステッカー参照)がゼッケンで隠れてしまっているのがもったいないほどだ。
昨年を持って退役したNSXのGT仕様。栄光の源はここにある。

高橋国光選手、土屋圭市選手、飯田章選手のサイン
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2010年02月08日
大人気スーパーシルエット ニチラIMPULシルビア・ターボ

富士グランチャンレースの“サポートイベント”として観客を魅了したスーパーシルエット・レース。
ヨーロッパのGr.5レースを模して展開された。プライベーターやトムス・カローラやニッサン・ガゼールが参戦したが、ド派手なエアロパーツに身を包んだ「ニッサン・ターボ軍団」の登場によって爆発的にヒットした。
空力的に洗練されたボディである現在のGTマシンと違って、シルエットはほとんどデザインだけ。しかし、見た目の衝撃度は遥かに大きく、魅力にハマッた者は少なくない。

トミカのRSターボとエブロのシルビア・ターボ
ミニカーを集め始めた頃、静岡にあるエブロのショールームで大好きなRSターボ・シルエット前期&後期型の1/43モデルを見た。
「欲しい」と思ったが、大人気車だけあってトミカリミテッド同様に完売・絶版状態だった。
エブロから1/43モデルで星野一義選手のニッサン・ニチラIMPULシルビア・ターボがリリースされる際には“即完売”を恐れて予約購入したのだった。-が、あれから4年。現在でも入手可能とは…。

内装見塗装の1/64モデルばかり見ていると、細かく作り込まれ丹念に塗装された1/43モデルは目の覚める思いだ。
ホイールは当時の青少年が憧れたインパルのクロスを履く。
シルビアも市販車のマイナーチェンジに伴い、シルビアFISCOの顔になった。現存する実車も後期型だ。それでもやはり好きなのは前期型なのである。

メンテ担当の東名モータースのステッカーと
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2010年02月07日
四輪の「出島」WEC JAPANとスカイラインターボC

'77年にF1GPが日本を去ってから四輪レースの「世界選手権」は'82年のWEC JAPANまで開催されなかった。
数えてみれば“たった”5年ではあるが、いつ来るとも分からぬものを待つ身としては非常に長く感じた。
'87年F1日本GP開催にとって代わられるまで、世界耐久選手権WEC JAPANは、日本と世界をつなぐ「出島」だったのだ。

2年目の'83年WEC JAPANが初観戦であり、初めて泊りがけで出かけたレースでもある。
決勝日午前零時のサーキット・ゲートオープンとともに友人の車で乗り入れた。
深夜だというのにマツダのブースは見学でき、開いている売店もあった。暗いメインスタンドに座りながら“味の薄い”焼きそばを食べながら“ようやく観戦できる”決勝に思いを馳せたのを今でも鮮明に覚えている。

'83WEC JAPAN告知ステッカーとスカイラインターボC
決勝では「もう1周してきたの!?」とポルシェ956の速さに驚かされた。Gr.Cカーの―ポルシェの速さに世界選手権の凄さを感じずにはいられなかった。
このレースで走ったWINNING RUNポルシェ956の1/43モデルが発売になる。これは欲しい!-ところだがググッと堪えて○スマンズ・ポルシェ956 '83FUJI仕様が出るのを待つことにする。

スーパーシルエット・レースで活躍していたニッサン・スカイラインRSターボのGr.C仕様の参戦は、このレースで楽しみの一つだった。
市販車のフォルムを残した武骨なマシンは、到底ポルシェの敵ではなかった。しかし、スカイラインが走りアフターファイヤーを上げる姿を見られる事に喜びを感じた。
―そんな数々の思い出がギッチリと詰まったエブロの1/43スカイラインターボC富士仕様。同じ型のマシンでも鈴鹿仕様ではダメなのだ。

ポルシェのワークスドライバー、マス、イクス、ベル、ベロフ(左から)
みんな超憧れのドライバー達
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2009年02月25日
チャンピオンナンバーのGT-R

ザナヴィNISMO GT-Rの'08年GT500チャンピオン獲得記念モデルを買ってしまった。
ニスモフェスティバルでデモランしたチャンピオンナンバー「1」を付けたものだ。
Kサンクの京商「GT-Rレーシング」で'08年型は持っているので「やめておこう」と決意したのだが、気が付けばネット通販の「注文」アイコンをクリックしていた…。
1/46スケールとなるとかなり細かく作りこまれている。ハンデ・ウェイトが50Kgと30kgのステッカーまで貼られている。
ブレーキローターの溝やダクトの抜け。そして京商モデルで不満だった23号車と22号車を識別する車体前後の蛍光イエローもしっかり再現。
メッキのルーフには「2008 CHAMPIONS SUPER GT SERIES」の記念ロゴまで入っている(実車ではどうだったのだろう?)。

ルーフに入るチャンピオン記念ロゴ
モデルが入るケースにはドライバーの本山哲選手とB・トレルイエ選手のサインがプリントされ、さらに背景台紙にも記念ロゴが入っている。
これはもう「箱ごと飾る」しかない~!

2008年12月25日
スカイラインとWEC JAPAN

スカイライン・ターボCが走った'83年WEC JAPANは初めて“泊まり”で観戦に行った思い出のレースだ。
友人の車に3人乗って、決勝前夜から富士スピードウェイの駐車場で車中泊をした。F1や8耐の鈴鹿の夜とは比べ物にならないが、スタンド裏では夜でも入れるブースがいくつかあった。ル・マンの夜に憧れていたので、その何万分の一かの雰囲気でも興奮状態だった。
F1が去り6年ぶりの4輪世界選手権。ワークス・ポルシェの速さに驚いた。ポルシェ956とスカイライン・ターボCの雄姿が見られるだけでも大満足。しかも5時間近くも観ていられるのだから。
レース終了後には友人と「ル・マンみたいに“フェンスを乗り越えて”表彰台の下に行こう」と決めていた(←良い子はマネしないでね)。フェンスからコースまで意外に高かく着地の際は足に響いた。
表彰台の下で友人とともに拍手を贈っている姿はTVにもしっかりと映っていた。
表彰式後、ジャッキー・イクスには無視されたが、ヨッヘン・マスやステファン・ベロフにサインをもらえて有頂天のうちに大会は終了したのだった。
ターボCのモデルを見ていると、あの時の興奮が蘇ってくる。

スカイラインRSレーシングモデル
奥:ミニッツレーサー・シルエット前期
中:エブロ・ターボC
手前左:コンビニトミカ・シルエット前期
手前右:トミカリミテッド・シルエット後期
2008年12月24日
武骨なCカー スカイライン・ターボC

日産初のグループCカー、スカイライン・ターボCがついにエブロから発売となった。しかもWECinJAPAN仕様車。
'77年F1日本GPから久しくやってきた世界耐久選手権/WEC。'83年は大会としては2年目だが、ドルフィンは初めて観に行ったWEC。
しかも大好きなスカイラインRSのレーシングモデル最終形態。好きなマシンであるとともに思い出深いレースシングカーでもある。
ミニカーを集めはじめた時から欲しかった1台なのだ。

Gr.Cカーと言えど、見た感じはほとんどシルエット・フォーミュラ。Cカー製作に不慣れで試行錯誤した“ぎこちない姿”でもあり、それがまた洗練された王車・ポルシェ956と異なり武骨さがあって良いのだ。
エブロのモデルカーはそんな車を巧に表現している。レース走行以外では間近で見たことが無いので、改めて凹凸の多い車体だったのだと感じる。
ボンネットのゼッケン前に空いたインテークからはエンジンが見える!
現代のGTマシンと比べ物にならない、取って付けたような雑な感じのコックピットも雰囲気をかもし出している。ここを見るだけでも「ドライブし辛かっただろうな」と感じられるほどだ。
ゴールド・メッシュのホイールも美しい。カッコイイなぁ~。

'83WEC JAPANで疾走するスカイライン・ターボC

アフターバーナーがサイコーッ!
hpi製アルファ155に続いての予約品。あ゛ぁ゛~ッ貯金切り崩しだぁ~ッ!
2008年08月25日
GT-Rにメロメロ

カルソニック・インパルGT-Rの優勝で幕を閉じた鈴鹿1000㌔レース。
GT300クラスは星野一樹選手のレオパレスZが優勝し、星野一義監督にとっては二重の喜びとなったことだろう。
ドルフィンはGT500がインパル、GT300は紫電が優勝と予想し、サーキットの優勝者当てに応募していたのだった。残念。

ショーケースに並ぶ'07年GTマシン。壮観
鈴鹿のモデルカーショップやブースでは、発売されたばかりのエブロ1/46スケールのザナヴィNISMO GT-Rが早速販売されていた。
実車を見た後で、これほど精巧に作られているモデルを見るとほしくなってしまう。いくら予算があっても足りない。怖い怖い。
やはりGT仕様のGT-Rはカッコイイ。イベント広場では市販GT-Rのチューニングカーが並べられていたが、レーシングカーの機能美にはかなわない。
NISMOカラーだけではなく、カルソニックの青、イエロハットの黄もなかなか似合っていた。

ザナヴィNISMO GT-R/S字コーナー/予選1回目
2008年07月05日
GC紫電が来た

『model cars』誌のプレゼントが当たった。
1/46スケール、エブロの富士グラチャン(GC)マシン・紫電だ。
まさか当選するとは、それも半年経って送られてくるとは思わなかったので、購入してしまいそうになっていた。危ない、危ない。
それでも嬉しい。配達された荷物を開けてみて飛び上がって喜んでしまった。

当時の富士GCマシンは人気カテゴリーであったが、使用されていたのは外国製の型落ちマシンばかりだったように思う。
その中でムーンクラフトの由良拓也氏が製作した国産マシンが登場した。しかも2座席オープンカーの外国製マシンに対し、クローズド・シングルシートだったので、まるで未来から来た車を見ているように驚いた。
後方から見るとスリットが多いボディ。車体から伸びた翼端板に支えられたリアウイング。白地に紫をあしらったデザインを考慮されたカラーリング。全てが美しかった。

エブロのモデルではスリットは巧みに表現されているものの“段差”であって隙間はあいていない。
モデルを回しながら見ていると、雑誌の写真では伺い知ることができなかったボディ形状が良く分かる。改めてカッコイイマシンであったと感じた。


'78年富士1000㌔レースでの紫電・改
2008年05月20日
禁断のNSX

アントキのビギナ~⑨ エブロ
最初の頃“フォーミュラ系を作っているのがミニチャンプス” “ハコ系がエブロ”―かと思っていた。F1ショップで見た印象からだろうか。
その店でル・マン24時間レース、クラス優勝を果たしたチーム国光のホンダNSXを見つけた。
カラーリングはもとより、ル・マンの車検シールまで再現されている細かさに驚かされた。車内のインパネまで造形&着色されている。これは高い値だけの事はある。
チー国ファンだったので手に入れたいマシンではあったが、できればJGTCに出場していたタイサン・アドバンNSXの方が欲しかった。
しかし、当時はまだリリースされていなかった。
発売される予定が不透明なモデルを待つか? 出なかった場合、ル・マン車が品切れになりはしないか? 様々な思いが交錯する。
決断した。「次にこの店に来た時にまだ残っていたら“縁”があったと思い購入しよう」と。
そして“縁”があった。
1年を経たずしてタイサン・アドバンNSXがリリースされた。「1車種1台の原則」を守って我慢していた。が、ついに禁を冒して手を出してしまった。
右ハンドルか左ハンドルかの違い意外は全く同じ型なのに…。でも嬉しい。

高橋国光選手、土屋圭市選手、飯田章選手のサイン
今や3人とも現役を退いてしまっている~ッ!

ツインリンクもてぎのコレクションホールにあるNSX
2008年04月16日
黒船襲来を思い出す チー国NSX

またも日産GT-Rが優勝したGT選手権。マクラーレンF1 GTRが参戦した'96年を思い出す。
圧倒的な強さのマクラーレン。日本車勢の中で果敢に追撃していたのは、JGTCに参戦した元F1ドライバー、エリック・コマス選手のトヨタ・スープラだった。
その年に我らがチーム国光はタイサン・アドバンNSXで参戦。ワークス態勢ではないものの、逆に不利なマシンながらコーナーで攻め立てているのが分かって迫力があった。
あの時とは比べ物にならないほど進化した'08年型ホンダNSX。昨年はシリーズをリードしたマシンながらも、GT-Rに太刀打ちできないのは辛い。
エブロのモデルと合わせたのはアドバンとBPのステッカー(大)。

2008年01月06日
クラス優勝 チー国NSX

現在のスーパーGTのようにメーカーが本腰を入れるワークス体勢では無かったのにもかかわらず、'95年のル・マン24時間レースでクラス優勝を成し遂げたチーム国光のホンダNSX。
スタイルも市販NSXにかなり近く親しみある。
以前住んでいた町にある教習所の駐車場に、このマシンに似せてウイングやエアロを纏ったNSXが停まっていた。いつもあったので、教官か職員の愛車なのだろうと推測する。
優勝ドライバーは高橋国光選手、土屋圭市選手、飯田章選手。
トークショー等でドリキン・土屋選手が「国サンは30分走ってその後、俺と章が2時間も走るんだからなぁ」と“口が過ぎた”ようなコメントを発していたが、他の部分で国サンを敬愛する話をしているので嫌味にならなかった。
チーム国光と言えばこの3人のドライバーが一番印象深いし大好きだ。
エブロのモデルと合わせたのはチーム国光エンブレムステッカー。

ツインリンクもてぎのコレクションホールにあるNSX
2007年07月18日
ニッサン・ターボ軍団 シルビアターボ・シルエット

スカイラインRSターボ・シルエットよりも先にデビューしていたのが星野一義選手のニッサン・シルビアターボ・シルエット。
日本製Gr.5初期にトムス・カローラGr.5とニッサン・ガゼールターボが登場した。シルビアと兄弟車であるガゼールは写真でしか見たことが無いが、チンスポイラーも小さく、リアもスポイラーのみ。オーバーフェンダーも小さかった。こちらは後にブルーバードターボをドライブする柳田春人選手が乗っていた。
その後に同型のシルビアターボが生まれ、ウイングやオーバーフェンダー等をスケールアップしてバランスの取れたカッコイイマシンになった。

エブロのRSターボシルエットが早々に入手困難になったので、シルビアターボ発売の時は予約までして購入した。
―が、意外や未だに販売されている状態。そこまで人気が無かったとは思えないのになぁ?
内装まで作りこまれた緻密さ。ホイールは当時の青少年が憧れたインパルのクロス。どの角度から見てもカッコイイ。
シルビアも市販車もマイナーチェンジに伴い前期型・後期型とあるが、やはり前期型の方が好きだ。
ニッサンターボ軍団最後の1台、ブルーバードターボのモデルが出ないのは、シルビア不振のせいなのか? そうではなかったら、早くリリースして欲しい。

スーパーシルエットレース
BMW・M1が抜けた後はニッサンターボ軍団以外はほとんどがプライベートRX-7
2007年01月02日
ドリフトコンビのチー国NSX

新旧ドリフト・キングが組んで人気を集めたチーム国光。Gr.AのSTPタイサンGTRから始まった高橋国光選手と土屋圭市選手のコンビは、Gr.A終了後もGTレースに引き継がれ、ポルシェからホンダNSXへと引き継がれた。ワークス体制ではないにしろ、チー国がNSXという国産スーパーカーを得た事は「待ってました!」とばかりに嬉しかった。
チーム国光のマシンと言えばアドバンBP NSXのイメージが強い。GTレースでワークスのスカイラインGTRやスープラ相手に、パワーで劣るマシンを駆ってコーナーで攻め込むシーンは正にレースの王道。見ていてシビレた。
エブロから発売されたチー国のNSXはル・マン24時間クラス優勝マシンが先だった(5/7 初めてのエブロはチー国 ル・マン優勝NSX)。カラーリングが違うだけで同じNSX。2台もいらないだろうと思いつつも、ファンとしてチー国のメインカラーのマシンを入手せずにはいられなかった。
ボディはル・マン車と同じだが、コクピットは右ハンドル仕様になっている。後はカラーが違うだけでパーツは何一つ変わっていない。実車の右ハンドル車はライト部にNACAダクトが付くのだが…。
ここまでチー国NSXをそろえてしまうと、この後に発売された'94年仕様(ル・マン優勝の前年車)まで欲しくなってしまう。いや、いや、そこまで予算は無いから我慢ガマン。 でも飯田選手と組んだレイブリックNSXが出たら欲しいな…。
、

引き伸ばした写真に高橋選手と土屋選手のサインを入れて頂いた
土屋選手のサインは現在の“漢字仕様”になる前の“ドリキン仕様”
余談だが―
四駆のGTRに乗った後、実践レースでドリフトを使う機会が無くなった土屋選手だが、それ以前のJSSレースではパワーで勝るスカイラインGTS-R相手にRX-7(FC3S)を駆り、コーナーでドリフトを使ってスカイラインを押さえ込みながら走るシーンをよく見せていてくれた。カッコ良かったなァ。
2006年05月07日
初めてのエブロはチー国 ル・マン優勝NSX

'95年にル・マン24時間レースでGT2クラス優勝したチーム国光HONDA NSXが初めて購入したエブロだ。「国さん、圭ちゃん」のチー国NSXはアドバンカラーのイメージだったのだが、ル・マン優勝車が先に発売された。
実際にル・マンを観には行っていないが、F1日本GPの際、当時は鈴鹿にあったコレクションホールで実車を目にした(写真撮っていないのが残念!)。
真紅のボディサイドに大きく「TEAM Kunimitsu」と書かれたマシン。エブロのモデルはル・マンのゼッケンや貼られた車検証まで忠実に再現している。そのためボディのチー国ロゴがゼッケン等に隠されているのだ。コレクションホールで見た時はロゴがちゃんと見えていたような気がしたが、雑誌等の発表会写真の記憶と混ざっているのかもしれない。
マシンはイギリスで製作されたので左ハンドル車。コックピット内までも精密な作りはエブロならでは。車内に取り付けられたTVカメラで前方を撮る際に写り込むダッシュボード上のスポンサーステッカーまでもちゃんと有るから凄い。
ル・マン優勝NSXは初めて手にしたエブロ製品だ。ミニカーを集め始めた当初は「置き場も無いのでトミカサイズまでにしよう」と思っていたのだが。エブロは精巧だが値段もいいし、大きさもある。一旦モデル屋さんを後にし頭を冷やした。数日経って購入決意したのだった。
もし売り切れて無ければそれまでの縁とあきらめようと。モデルカー購入の際は今でもこの縁を大切にしている。縁があれば手元に来てくれる。
ル・マンではレギュラードライバーの高橋国光選手と土屋圭市選手の新旧ドリフトコンビに、若手成長めざましい飯田章選手が加わった。参戦したものの、ほとんどダークホース的存在で、まさかクラス優勝するとは思わなかった(失礼!)。それだけに優勝の吉報を受けた時には飛び上がるほど嬉しかった。
モデルを見ているとあの時の興奮が甦る。

2006年04月05日
熱き血潮が甦る・星野シルビアターボシルエット

'80年代初頭、日本のレースにも「Gr.5」通称シルエットフォーミュラが登場した。セリカ、RX-7、ガゼールと車種は様々。オーバーフェンダーと巨大なダクトが取り付けられ、最初の頃は武骨さのあるフォルムだった。
ムーンクラフトの由良拓也氏がボディデザインした「シルビアターボ」の登場はセンセーショナルだった。白いボディにイエローの稲妻ライン。突き出たフロントスポイラー。後にリアウイングが装着されることで洗練されるスタイル。ニッサンのエースナンバー「23」が印されている。
なんといってもスタードライバー・星野一義選手がステアリングを握るのだ。ホールはもちろん星野選手の会社・インパルだ。
後にニッサンシルエットの1号車・ガゼールに代ったブルーバード・ターボを柳田春人選手がドライブ。サーキットに帰ってきた“スカイライン”RSターボを長谷見昌弘選手がドライブし、ニッサン・ターボ軍団を編成した。
迫力あるボディを得た人気車種のガチンコ勝負にレースファンが興奮しない訳はない。グラチャンレースのサポートイベントでありながら、人気は絶大なものだった。
あの興奮を甦らせてくれるエブロのモデル。コックピットまで精密に作り上げられている。まるで傍らに星野選手が立って、こちらに手を振ってくれているようだ。あの日のスタート前のように。


ニッサンターボ軍団の中のシルビアターボと星野選手のサイン('78年頃のもの)
