2008年07月05日
GC紫電が来た

『model cars』誌のプレゼントが当たった。
1/46スケール、エブロの富士グラチャン(GC)マシン・紫電だ。
まさか当選するとは、それも半年経って送られてくるとは思わなかったので、購入してしまいそうになっていた。危ない、危ない。
それでも嬉しい。配達された荷物を開けてみて飛び上がって喜んでしまった。

当時の富士GCマシンは人気カテゴリーであったが、使用されていたのは外国製の型落ちマシンばかりだったように思う。
その中でムーンクラフトの由良拓也氏が製作した国産マシンが登場した。しかも2座席オープンカーの外国製マシンに対し、クローズド・シングルシートだったので、まるで未来から来た車を見ているように驚いた。
後方から見るとスリットが多いボディ。車体から伸びた翼端板に支えられたリアウイング。白地に紫をあしらったデザインを考慮されたカラーリング。全てが美しかった。

エブロのモデルではスリットは巧みに表現されているものの“段差”であって隙間はあいていない。
モデルを回しながら見ていると、雑誌の写真では伺い知ることができなかったボディ形状が良く分かる。改めてカッコイイマシンであったと感じた。


'78年富士1000㌔レースでの紫電・改
2008年05月20日
禁断のNSX

アントキのビギナ~⑨ エブロ
最初の頃“フォーミュラ系を作っているのがミニチャンプス” “ハコ系がエブロ”―かと思っていた。F1ショップで見た印象からだろうか。
その店でル・マン24時間レース、クラス優勝を果たしたチーム国光のホンダNSXを見つけた。
カラーリングはもとより、ル・マンの車検シールまで再現されている細かさに驚かされた。車内のインパネまで造形&着色されている。これは高い値だけの事はある。
チー国ファンだったので手に入れたいマシンではあったが、できればJGTCに出場していたタイサン・アドバンNSXの方が欲しかった。
しかし、当時はまだリリースされていなかった。
発売される予定が不透明なモデルを待つか? 出なかった場合、ル・マン車が品切れになりはしないか? 様々な思いが交錯する。
決断した。「次にこの店に来た時にまだ残っていたら“縁”があったと思い購入しよう」と。
そして“縁”があった。
1年を経たずしてタイサン・アドバンNSXがリリースされた。「1車種1台の原則」を守って我慢していた。が、ついに禁を冒して手を出してしまった。
右ハンドルか左ハンドルかの違い意外は全く同じ型なのに…。でも嬉しい。

高橋国光選手、土屋圭市選手、飯田章選手のサイン
今や3人とも現役を退いてしまっている~ッ!

ツインリンクもてぎのコレクションホールにあるNSX
2008年04月16日
黒船襲来を思い出す チー国NSX

またも日産GT-Rが優勝したGT選手権。マクラーレンF1 GTRが参戦した'96年を思い出す。
圧倒的な強さのマクラーレン。日本車勢の中で果敢に追撃していたのは、JGTCに参戦した元F1ドライバー、エリック・コマス選手のトヨタ・スープラだった。
その年に我らがチーム国光はタイサン・アドバンNSXで参戦。ワークス態勢ではないものの、逆に不利なマシンながらコーナーで攻め立てているのが分かって迫力があった。
あの時とは比べ物にならないほど進化した'08年型ホンダNSX。昨年はシリーズをリードしたマシンながらも、GT-Rに太刀打ちできないのは辛い。
エブロのモデルと合わせたのはアドバンとBPのステッカー(大)。

2008年01月06日
クラス優勝 チー国NSX

現在のスーパーGTのようにメーカーが本腰を入れるワークス体勢では無かったのにもかかわらず、'95年のル・マン24時間レースでクラス優勝を成し遂げたチーム国光のホンダNSX。
スタイルも市販NSXにかなり近く親しみある。
以前住んでいた町にある教習所の駐車場に、このマシンに似せてウイングやエアロを纏ったNSXが停まっていた。いつもあったので、教官か職員の愛車なのだろうと推測する。
優勝ドライバーは高橋国光選手、土屋圭市選手、飯田章選手。
トークショー等でドリキン・土屋選手が「国サンは30分走ってその後、俺と章が2時間も走るんだからなぁ」と“口が過ぎた”ようなコメントを発していたが、他の部分で国サンを敬愛する話をしているので嫌味にならなかった。
チーム国光と言えばこの3人のドライバーが一番印象深いし大好きだ。
エブロのモデルと合わせたのはチーム国光エンブレムステッカー。

ツインリンクもてぎのコレクションホールにあるNSX
2007年07月18日
ニッサン・ターボ軍団 シルビアターボ・シルエット

スカイラインRSターボ・シルエットよりも先にデビューしていたのが星野一義選手のニッサン・シルビアターボ・シルエット。
日本製Gr.5初期にトムス・カローラGr.5とニッサン・ガゼールターボが登場した。シルビアと兄弟車であるガゼールは写真でしか見たことが無いが、チンスポイラーも小さく、リアもスポイラーのみ。オーバーフェンダーも小さかった。こちらは後にブルーバードターボをドライブする柳田春人選手が乗っていた。
その後に同型のシルビアターボが生まれ、ウイングやオーバーフェンダー等をスケールアップしてバランスの取れたカッコイイマシンになった。

エブロのRSターボシルエットが早々に入手困難になったので、シルビアターボ発売の時は予約までして購入した。
―が、意外や未だに販売されている状態。そこまで人気が無かったとは思えないのになぁ?
内装まで作りこまれた緻密さ。ホイールは当時の青少年が憧れたインパルのクロス。どの角度から見てもカッコイイ。
シルビアも市販車もマイナーチェンジに伴い前期型・後期型とあるが、やはり前期型の方が好きだ。
ニッサンターボ軍団最後の1台、ブルーバードターボのモデルが出ないのは、シルビア不振のせいなのか? そうではなかったら、早くリリースして欲しい。

スーパーシルエットレース
BMW・M1が抜けた後はニッサンターボ軍団以外はほとんどがプライベートRX-7
2007年01月02日
ドリフトコンビのチー国NSX

新旧ドリフト・キングが組んで人気を集めたチーム国光。Gr.AのSTPタイサンGTRから始まった高橋国光選手と土屋圭市選手のコンビは、Gr.A終了後もGTレースに引き継がれ、ポルシェからホンダNSXへと引き継がれた。ワークス体制ではないにしろ、チー国がNSXという国産スーパーカーを得た事は「待ってました!」とばかりに嬉しかった。
チーム国光のマシンと言えばアドバンBP NSXのイメージが強い。GTレースでワークスのスカイラインGTRやスープラ相手に、パワーで劣るマシンを駆ってコーナーで攻め込むシーンは正にレースの王道。見ていてシビレた。
エブロから発売されたチー国のNSXはル・マン24時間クラス優勝マシンが先だった(5/7 初めてのエブロはチー国 ル・マン優勝NSX)。カラーリングが違うだけで同じNSX。2台もいらないだろうと思いつつも、ファンとしてチー国のメインカラーのマシンを入手せずにはいられなかった。
ボディはル・マン車と同じだが、コクピットは右ハンドル仕様になっている。後はカラーが違うだけでパーツは何一つ変わっていない。実車の右ハンドル車はライト部にNACAダクトが付くのだが…。
ここまでチー国NSXをそろえてしまうと、この後に発売された'94年仕様(ル・マン優勝の前年車)まで欲しくなってしまう。いや、いや、そこまで予算は無いから我慢ガマン。 でも飯田選手と組んだレイブリックNSXが出たら欲しいな…。
、

引き伸ばした写真に高橋選手と土屋選手のサインを入れて頂いた
土屋選手のサインは現在の“漢字仕様”になる前の“ドリキン仕様”
余談だが―
四駆のGTRに乗った後、実践レースでドリフトを使う機会が無くなった土屋選手だが、それ以前のJSSレースではパワーで勝るスカイラインGTS-R相手にRX-7(FC3S)を駆り、コーナーでドリフトを使ってスカイラインを押さえ込みながら走るシーンをよく見せていてくれた。カッコ良かったなァ。
2006年05月07日
初めてのエブロはチー国 ル・マン優勝NSX

'95年にル・マン24時間レースでGT2クラス優勝したチーム国光HONDA NSXが初めて購入したエブロだ。「国さん、圭ちゃん」のチー国NSXはアドバンカラーのイメージだったのだが、ル・マン優勝車が先に発売された。
実際にル・マンを観には行っていないが、F1日本GPの際、当時は鈴鹿にあったコレクションホールで実車を目にした(写真撮っていないのが残念!)。
真紅のボディサイドに大きく「TEAM Kunimitsu」と書かれたマシン。エブロのモデルはル・マンのゼッケンや貼られた車検証まで忠実に再現している。そのためボディのチー国ロゴがゼッケン等に隠されているのだ。コレクションホールで見た時はロゴがちゃんと見えていたような気がしたが、雑誌等の発表会写真の記憶と混ざっているのかもしれない。
マシンはイギリスで製作されたので左ハンドル車。コックピット内までも精密な作りはエブロならでは。車内に取り付けられたTVカメラで前方を撮る際に写り込むダッシュボード上のスポンサーステッカーまでもちゃんと有るから凄い。
ル・マン優勝NSXは初めて手にしたエブロ製品だ。ミニカーを集め始めた当初は「置き場も無いのでトミカサイズまでにしよう」と思っていたのだが。エブロは精巧だが値段もいいし、大きさもある。一旦モデル屋さんを後にし頭を冷やした。数日経って購入決意したのだった。
もし売り切れて無ければそれまでの縁とあきらめようと。モデルカー購入の際は今でもこの縁を大切にしている。縁があれば手元に来てくれる。
ル・マンではレギュラードライバーの高橋国光選手と土屋圭市選手の新旧ドリフトコンビに、若手成長めざましい飯田章選手が加わった。参戦したものの、ほとんどダークホース的存在で、まさかクラス優勝するとは思わなかった(失礼!)。それだけに優勝の吉報を受けた時には飛び上がるほど嬉しかった。
モデルを見ているとあの時の興奮が甦る。

2006年04月05日
熱き血潮が甦る・星野シルビアターボシルエット

'80年代初頭、日本のレースにも「Gr.5」通称シルエットフォーミュラが登場した。セリカ、RX-7、ガゼールと車種は様々。オーバーフェンダーと巨大なダクトが取り付けられ、最初の頃は武骨さのあるフォルムだった。
ムーンクラフトの由良拓也氏がボディデザインした「シルビアターボ」の登場はセンセーショナルだった。白いボディにイエローの稲妻ライン。突き出たフロントスポイラー。後にリアウイングが装着されることで洗練されるスタイル。ニッサンのエースナンバー「23」が印されている。
なんといってもスタードライバー・星野一義選手がステアリングを握るのだ。ホールはもちろん星野選手の会社・インパルだ。
後にニッサンシルエットの1号車・ガゼールに代ったブルーバード・ターボを柳田春人選手がドライブ。サーキットに帰ってきた“スカイライン”RSターボを長谷見昌弘選手がドライブし、ニッサン・ターボ軍団を編成した。
迫力あるボディを得た人気車種のガチンコ勝負にレースファンが興奮しない訳はない。グラチャンレースのサポートイベントでありながら、人気は絶大なものだった。
あの興奮を甦らせてくれるエブロのモデル。コックピットまで精密に作り上げられている。まるで傍らに星野選手が立って、こちらに手を振ってくれているようだ。あの日のスタート前のように。


ニッサンターボ軍団の中のシルビアターボと星野選手のサイン('78年頃のもの)
