ミニカーのビギナ~ おまけ付き ミニカー集めのビギナー「ドルフィン」のコラムです。スーパーカー世代で、'76年F1inJAPANから'99年までレースを見てきました。パッタリとレースに興味を持たなくなった反動でしょうか、急にスーパーカーやレースカーのモデルカー集めが好きになりました。モデルを入手の“思い入れ”や経緯などを徒然なるままに書いています。モデルカーと実車の写真があれば一緒に掲載しています。 ★日々見つけた“小ネタ”の「おまけ」がたまに付きます。 ★データ等は記憶によるものが多いので、間違っていたら“優しく”ご指摘・訂正してくださいネ。

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波乱のレースを乗り切った名車 ベネトンB189日本GP優勝仕様

ベネトンB189-4
 アレッサンドロ・ナニーニ選手、F1唯一の優勝が1989年の日本GPだ。マシンはベネトンB189/フォード
 昨年末にようやく発売されたミニチャンプスの1/43モデルは日本GP仕様になっているのが嬉しい。台座の“背”には「ベネトン・フォーミュラ1」のロゴが入っていて更に嬉しい
 これが先に他のGP仕様が発売されていたら同じマシンを2台購入せねばならないところだった。

 近年の凝ったカラーリングのF1マシンに見慣れていると、原色をキッチリ区切りを付けて色分けしたベネトンのカラーは“少々古臭く”感じていた。だが、改めてミニカーを見ているとやっぱり綺麗で格好良いと感じる。
ベネトンB189-5
自分で撮影したF1写真の中で一番のお気に入りカット
 上の実車写真は現在では撮影不可能になっている構図だ。シケイン進入を望遠レンズで金網1枚を“飛ばして”撮影したもの。
ベネトンB189-6
モデル造形も構図もビミョ~に違うか…

 キャ○ルのロゴは自主規制で描かれていないがラクダは残してくれていたのは良かった。ラクダくらいは無いと結構間が空いてしまうものだ。これが「良く見たらラクダではなく馬だった」―なんて事になったらバッタモンになってしまうのだが…。
 気になる点と言えばナニーニ選手のヘルメットだ。カラーがデカール処理されているのだが、曲面に貼りつけるための“切り込み”が“つながっていない”のだ。
 在庫全てを見たが同じだった。重なってしまうのは仕方ないが、つながっていないのはいただけない。
 フロントに立つピート管も2本あるところが1本だけになっている。
 ロールバーももっと鋭角にして欲しかったところだ。

セナがナニーニを抜いた瞬間
89-6
ナニーニのインに入るセナ ナニーニはセナの方を向いている
89-7
シケイン1つ目を先に抜けるセナ
89-8
歓声と拍手が沸き起こったのだが…

 日本GP決勝のラスト、強引にセナがインに飛び込んだ。共倒れすることなく空けたナニーニ。
 結局はシケイン不通過で失格なったセナ。繰り上がり優勝になったナニーニ。勝ちは勝ちである。
 波乱のレースを乗り切ったB189は名車だ。


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ミニチャンプス | 投稿者 ドルフィン 21:53 | コメント(2)| トラックバック(0)

待望のベネトンB189 日本GP優勝車

新年明けましておめでとうございます
ベネトンB189-1
 卯年のトップはウサギのマークでトップに立ったベネトンB189/ナニーニ車だ。

 ベネトンの中で一番好きなマシンだ。しかし、B188をはじめとする各車はミニチャンプスから1/43モデル化されていたのに、日本GPで優勝したマシンがなかなかリリースされなかった。
 20年経過して昨年末に待望の発売。しかも台座に「WINNER JAPAN GP 1989」の文字入りで!
 あの日、あの時、あの場所のマシンなのだ。これはもう入手するしかない。

 ネット通販の格安店では速攻完売。しまった…! 街のショップで残っているだろうか? 不安になる。
 大晦日は毎年恒例になった友人たちと鶴橋焼き肉ツアーに行く。早めに出て日本橋の大手家電量販店「J」のミニカー売り場を覗くと豊富な在庫が。新発売商品なのであまり安くなっていない
 「数か月したら1000円以上は安くなるんだろうな…」と思いつつも「これを逃したら日本GP仕様は入手できなくなるかも」と購入決定。
ベネトンB189-2
 1989年の日本GPはF1ブーム真っただ中。予備予選が行われるほど参加台数が増加。観客も多かった。
 友人2人とベネトンのブルゾンをそろえて観戦に出かけた。
 指定席が入手できなかったので、決勝日午前零時のゲートオープンとともに観戦場所確保に向かうしかなかった
 ゲート前には溢れる人々。寒いどころか「早く開けろ!」と金網は崩れる寸前にまでヒート。
 高校時代長距離ランナーだったドルフィンは走りまくって“シケイン侵入”のネット裏をGETしたのだった。そう、十数時間後には“あのアクシデント”が勃発するシケイン侵入だ。
ベネトンナニーニサインベネトンB189-7 
 予選日の夜、ボウリング場で遊戯するアレッサンドロ・ナニーニ選手を見つけた。自作のベネトン応援旗を見せるととても喜んでサインしてくれた
 そのナニーニ選手が優勝。歓喜に沸いたレースだった。

 レースもキャンプしたアフターレースも楽しかった週末。その思い出が凝縮したマシンなのだベネトンB189は。
 もちろんスタイルもカッコイイ。
 コクピット脇のエアインテークが薄く幅広くなり、スタイル・バランスが良くなった。このエアインテークはF3000のローラT90もパクるほどだ。 
ベネトンB189-3
 B189の入手によりベネトン・マシンのモデル収集は完結した。


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ミニチャンプス | 投稿者 ドルフィン 20:56 | コメント(6)| トラックバック(0)

ホンダ第二期F1挑戦で初優勝を飾ったウイリアムズFW09

ウイリアムズFW09-1
 ホンダの第Ⅱ期F1参戦で初優勝を飾った記念マシン、ウイリアムズFW09/ホンダ
 ラルトやスピリットへのエンジン・サプライヤーとしてヨーロッパF2から復帰したホンダ。第Ⅰ期F1参戦時代をリアルタイムで知らない世代のため“日本製エンジン”のF1挑戦は過大なを期待をせずにはいられなかった。
 2年目にトップチームに君臨するウイリアムズと契約したことで「優勝」への期待も一層大きくなった。

 FW09はシーズン前に鈴鹿テストを見てきただけに思い入れのあるマシンだ。
 いや、展示ではなく“生きている”F1のテストを見られた事の方が初優勝よりも深い印象がある
ウイリアムズFW09-2
ウイリアムズFW09-3
'92年“雨の”F1日本GPの時に展示されていたFW09
 '92年F1日本GPで、最終コーナー広場にはウイリアムズFW09はじめエンジンテストカーの白塗りタイレル020も展示。近年の日本GPは不況のためか車両展示で盛り上げることすら無く非常に寂しい。

 スピリットF2にホンダF1エンジンを乗せたテスト参戦マシン、スピリット201
 “直方体”の一辺にF2のシャープなノーズを取り付けたような不格好なスタイルだが、ドルフィンは好きなマシンの1台だ。
 スピリット201はまだモデル化されていないのではないだろうか? どこかのメーカーで早くモデル化してもらえないだろうか。
ウイリアムズFW09-4
第Ⅱ期参戦・初優勝記念に作られたステッカー
ネームはケケだがヘルメットはラフィーになっているのでは?


 鷲のくちばしのように黄色く切り立ったノーズ。ターボのパワーを大地に伝えるためのウイング―。今の“スマート”なF1に比べると“ズ太く”見えてしまうスタイル。
 常勝チームとなった頃のウイリアムズを支えたサウジアラビア航空のスポンサーロゴも入っている。
 1/43ミニチャンプスのモデルを見ていると、日本でGPが開催されていなかった頃の“飢えていた”時代を思い出す。


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ミニチャンプス | 投稿者 ドルフィン 16:34 | コメント(0)| トラックバック(0)

手持ちミニカーで'90年F1日本GP:5 亜久里選手の3位表彰台ラルースLC90

手持ちミニカーで'90年F1日本GP ⑤

3位:鈴木亜久里:ラルース・ローラLC90/ランボルギーニ
鈴鹿伝説ラルース
 優勝候補が続々と脱落したからと言って入賞の重みは変わらない。上位陣にアクシデントがあった際に、のし上がれるポジションに付けている事が大事なのだ。サッカーならばシュートを外した時にゴール前に詰めているか、バスケならばリバウンドを取れるか―ということだ。

 '90年の日本GPもフェラーリとマクラーレンが全滅。ウイリアムズ勢も今一つノッて来ないという状況で3番手まで浮上していたのが亜久里選手だった。
 しかも、それまでのGPなら途中でトラブルが発生してリタイアするのが常だったローラ/ランボルギーニのパッケージでだ。
 いつトラブルで日本人初表彰台をフイにするかもしれない期待へのハラハラ感
 その思いとは裏腹に「ここで3位。ベネトン勢までもがリタイアしたら優勝!?-そんなことになれば、今でさえも偉そうにしている亜久里がさらに偉そうになる?」というダークな不安感が織り混ざった状態で観戦していた。
ラルース
'90年日本GPでの鈴木亜久里選手/ローラLC90ランボルギーニ
 日本人初表彰台をGETした時には感無量の思いだった。
 最後まで亜久里選手と共に走りきってくれたマシン、ラルース・ローラLC90/ランボルギーニは、日本人にとって忘れられないマシンである。

 当時にONIXやミニチャンプスで1/43モデルが発売されていただろうが、今となっては人気マシンであるが故、入手は困難。
 そんな折、今年の鈴鹿ファン感謝デーにおいて「鈴鹿伝説」シリーズとしてドライバーフィギャ付きで発売してくれた事はありがたい。価格は高めであったが。
ラルース
日本モータースポーツ史に燦然と輝くローラLC90 3月の鈴鹿感謝デーにて

 販売時には袋に入れられて渡されるので、個体差チェックなどはできない。
 1日の最初に購入し、さらに天気も雨だったので壊れやしないかと心配はあった。
 袋から出してみると、それまでの「鈴鹿伝説」シリーズとは異なって台座の背に亜久里選手の表彰台写真が掲載されていた。これは嬉しかった。パッケージを変えて再リリースしただけの事はある。
 3位表彰台記念バージョンと言ってもいいだろう。

 来年のファン感謝デーには「鈴鹿伝説 片山右京タイレル022日本GPバージョン」を発売して欲しい。
 その際には整理券で1人が買える個数は絶対に「1」にもらわないと!!


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ミニチャンプス | 投稿者 ドルフィン 16:35 | コメント(0)| トラックバック(0)

翼端版のネジをもらった シェクターのウルフWR1

手持ちミニカーで'77年F1日本GP ④

10位ジョディ・シェクター:ウルフWR1/フォード
ウルフWR1
 スーパーカーの“ウルフ・カウンタック”で有名なカナダの石油王、ウォルター・ウルフが超弱小チームだったウイリアムズを買収して立ち上げた新チーム「ウォルター・ウルフ・レーシング」。
 '77年の開幕戦でデビューレース→初優勝。シーズン3勝の快挙を成した。

 イチョウの葉のように後部になるにつれて幅広になり、横から見ると直線的なウエッヂ状のスタイル。サイドポンツーン前方に突起する“カナード”。リアウイングの翼端板にパイプを取り付けてボディにマウント―。表面だけでも斬新なデザインをしている。

 ドライバーは後にワールドチャンピオンとなるJ・シェクター選手。前年のF1inJAPANで「(周回遅れになる時)抜かれて欲しい側の手を上げろ」と、星野一義選手を侮辱する暴言を吐いた事でも有名だ。奮起した星野選手はシェクター選手を抜いて一時3番手に浮上するのだった。
 '77年の日本GPではKE009を駆る星野選手の一つ前の10位フィニッシュ。

 ウルフWR1に関しては残念ながらマトモに撮れていた写真が1枚も残っていない
 しかしながらレース後のパドックで、マシン解体中のメカニックからリアウイング翼端板をとめるネジ&ナットをもらい感激した。
ウルフ・ネジ
ウルフWR1のウイング翼端板を止めるネジ&ナット

 媒体誌によって車名が「WR1」だったり「WR3」だったりする。未だに正式なところが分からない。単なるシャシーNoの差だろうか?

 初めて購入したミニチャンプスのミニカー。
 ミニカーを集め始めた頃で、当時は4,000円前後する価格はもの凄く高い買い物だった。しかし、購入の決め手は「日本GP仕様車」だった事。あの日のマシンがミニカーになっているのだから購入せずにはいられない。ましてやもらったネジ(跡)も再現されているのだから。

 日本GP仕様ではスポットスポンサーのタミヤ模型のマークが入っている事と優勝マークが3つ描かれている事だ。
 フロント・サスのスプリングが銀色に、リア・サスが金色に塗られている細かさ。ステアリングのスポークも色塗りされている。

 ミニカーはもちろんネジ達を一緒に飾っている。
 (上の写真はウォウルター・ウルフデザインのタオルと)


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ミニチャンプス | 投稿者 ドルフィン 16:14 | コメント(4)| トラックバック(0)

手持ちミニカーで'77F1日本GP 独走優勝ハントのマクラーレンM26

手持ちミニカーで'77年F1日本GP①

 二度目のF1観戦となった'77年日本GP。F1に夢中になっていた頃だけあって「この当時のミニカーは集めたい」とコレクションを始めた当初の目的のようなものであった―

ジェームス・ハント:マールボ○・マクラーレンM26/フォード 
M26-1
 強力マシンにニキ・ラウダという最強ドライバーのパッケージを誇っていたフェラーリ。長い低迷期に入る前で、当時の「優勝に最も近いチーム」だった。野球で例えるなら読売ジャイアンツである。
 アンチ・ジャイアンツがあるように、アンチ・フェラーリもある。その筆頭がマクラーレン野球なら阪神タイガース(文字変換したら「半身タイガーす」と怪しい言葉になった…)と言ったところだろう。
 ドライバーは超イケメンながらやんちゃなジェームス・ハントだ。

 強大な帝国に挑む側の方が好きである。加えて初めて観戦した'76年F1inJAPANで逆転チャンピオンを獲得した勇者である。ハントは当時から好きなドライバーだ。
ハント マクラーレン
'77年日本GP/ハントのマクラーレンM26

 日本GP決勝を観戦していたのは最終コーナーの入り口付近。富士スピードウェイのコース図で言うなら“一番下”になっている部分だろう。
 アクシデントで次々に強力なライバルが消えていったハントは独走状態だった。
 そんなレース中、ハントがこちらに向かって手を振っているように見えた。追いつくマシンもなく、余裕のファンサービスか? と思えた。
 ―当時のドライバーは、ヘルメットの開口部にスカートのような防火シートを取り付けていた。そのシートが“なびいて”手を振っているように見えていただけ―これが事実の全てだった。

 レース後、モーターホームなど無かったためテントの下で多くの人に見られながらも着替え始めたハント。
 世界チャンピオンがパンツ一丁になったのだ。しかも黄色いブリーフ。インパクトがあった。
 表彰式に出るのかと思いきや、いつの間にかいなくなってしまった。アノ事故に対する運営の仕方に抗議したらしいのだが、最終コーナーで観ていた小僧らは事故の事はまだ知らなかった。
ハント
表彰式と多重露光になってしまったがゴール直後のマクラーレンM26
 
 1/43ミニチャンプスのマクラーレンM26は、前年型M23の後、数年を経てから発売になった。
 有力マシンだったので最初は「既に発売されて在庫が無い状態なのか?」と思っていたほどだ。それだけに発売決定の際には予約して購入したほどだ。
 タバコ屋ロゴが無いとボディが寂しい。専用デカールを買ってあるのだが、デカール貼りをやった事が無いので怖くて手が出せないでいる。時間を見つけて挑戦してみようと思ってはいるものの「失敗したらミニカーが勿体ない」と臆病風に吹かれているのだ。

 挑戦した暁にはその顛末を書きたいと思っている。


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ミニチャンプス | 投稿者 ドルフィン 18:48 | コメント(0)| トラックバック(0)

ミニチャンプス/シューマッハのベネトン オリジナル台座製作

ケース・シュー1
 ミニチャンプス製、ミハエル・シューマッハのベネトンB195を持っている。かれこれ5年ほど前にネットオークションで落札したものだ。
 ミニカー集めもネットオークションも始めたばかりの頃に、ようやく好きなモデルをGETできて嬉しかった。
 しかし、落札したモデルは「ミニチャンプス・ジュニア」という派生ブランド。価格を抑えるためかクリアケースに入っていなかった。紙のケースにセロハンが貼られて中が見えるようになっている。
 これではあまりにも貧相だ。ケースだけ売っていないかと探したが見つからずに今日に至った。

 ―ならば安いケース入りモデルを購入して入れ替えよう! との結論に達した。
 だがこれは簡単なようで難しい事だ。なぜなら、入れ替えられたモデルがケース無しになってしまうからだ。
ケース・シュー2
 そんな折、まさに良いタイミングで友人がドンキで安いモデルを見つけ出して来てくれた。ブログ「夢の途中①&②」で書いたラルフのトヨタTF105バトンのBARホンダ007だ。
 F1を見ていなかった頃のマシンで思い入れは無いが、裸で置いておくには惜しい。
 ミニチャンプスのケース保護に使われるペラッペラの透明樹脂製カバーを買って来て、その中に入れる事にした(上写真)。

ケース・シュー3
 パソコンを使ってオリジナル台紙作成である。
 ベースの色は完全な「黒」ではミニカーが見難いので、やや紺気味の黒にした。単色ではベッタリするのでオリジナル同様、チェック柄を入れてみた。チェック柄はネットで探してきたフラッグの柄を流用。
 マシンとドライバー名を入れ、ドイツ国旗をあしらった。
 “背”の部分には大好きなベネトン・フォーミュラ1のロゴをステッカーから取り込んだ。
 写真はもちろん自分で撮影したものを使用。自分で撮影したものでなければオリジナル台紙を作る意味がない。
ケース・シュー4
ミニカー乗せたら結構様になってるんじゃない?

 オリジナル台紙を採寸して型を決める。
 一度普通紙にプリントして切って大きさを合わせてみる。
 ここで“背”の部分はカバーが取り付けやすいように、若干幅が狭く作られている事に気付いた。

 いよいよ本番プリント―になった時点で、あると思っていた写真光沢紙が無い事に気付いた。緊急事態である。
 そこでラベル用光沢紙を代用する策に出た。厚めの紙に貼って使用するのだ。
ケース・シュー5
 予想以上に時間のかかる作業だったが、納得がいく台紙&ケース作りができたと自負している。

 トヨタTF105とBARホンダ007の2台あったモデル。もう1台分こそ、今回のメインなのである―
  ― つづく(笑)。


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ミニチャンプス | 投稿者 ドルフィン 17:50 | コメント(0)| トラックバック(0)

夢の途中② パナソニック・トヨタTF105

トヨタTF105-1
 自動車界の巨人・トヨタがF1に参戦して4年目。毎年“優勝”を期待されながらも失望に変わっていたが2005年は違っていた。
 パナソニック・トヨタTF105を駆ったヤルノ・トゥルーリ選手が第2~3戦で2位表彰台を連続GETし“今年こそ優勝”の文字が大きく見えてきていた。
 第9戦でチーム史上初のポールポジションを獲得してファンの熱気は高まるも、成績は徐々に低迷。終盤の日本GPでも表彰台の夢はかなわなかった。
 それでもコンストラクターズ・ランキング4位はF1参戦全期をとおして最高位だった。
トヨタTF105-2
 トヨタF1のミニカーは、ファミマ限定の缶コーヒー付属モデル以外では初めてのコレクションになる。
 このモデルもB・A・Rホンダ007と同様、友人がドンキで買ってきてくれたものだ。
 モーターショーでしか実車を見た事が無い。チーム最高の成績を残したマシンである事も、ブログを書くために調べて解った。安かったとは言え、このモデルをGETしたのには別の理由がある―それはまたの機会に―。
トヨタTF105-3
 モデルはラルフ・シューマッハ選手のマシン。二度の3位表彰台を獲得している。
 フォーミュラ・ニッポン初代チャンピオンとして日本で馴染み深いドライバーなので大歓迎だ。

 付加パーツでゴテゴテ・マシン時代に突入当初で、湾曲したフロントウイング、ボディサイドのミドル・ウイング等や煙突のような側面排気筒が特徴的。ミニカーを製作するのも困難を要し始めた頃だ。
 ベースとなるボディカラーは単調な白ではなく、パール・ホワイトが使われている。
 ミシュランのロゴが入ったサスやウイングもカーボン調に作られている。
トヨタTF105-6
ミニチャンプスのモデルを初めて台座から外してみた
フラットボトムの“木の板”まで茶色に塗装されている


 目が行くのはラルフのヘルメットが緻密に表現されているところだ。頭頂部の網目や側面のグラデーションもできている。
 また、着色こそされていないが、ステアリングも液晶パネルや多くのボタン類も造形されている芸の細かさだ。
トヨタTF105-5
R・シューマッハ選手(左)とJ・トゥルーリ選手のサイン
トヨタTF105-4
モーターショーで展示されていたヘルメット

 夢半ばでF1を撤退したトヨタ。再びF1に戻ってくる事は皆無である事は素人目にも明白。
 ならは他のWRCなどの得意カテゴリーで活躍して欲しいものだ。

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ミニチャンプス | 投稿者 ドルフィン 23:17 | コメント(0)| トラックバック(0)

夢の途中① B・A・Rホンダ007

BARホンダ1
  B・A・Rのエンジンサプライヤーとして2000年からF1に復帰したホンダ。
 第一期、第二期F1参戦時代を知るモータースポーツファンが第三期も黄金時代を迎えるであろうと興奮するのは当然の事だった。
 だが、意外にも勝てぬ、入賞すらできぬレースが続いてフラストレーションは高まるばかり。
 そんな折、2004年にJ・バトン選手が2位、佐藤琢磨選手が3位に入るなど“優勝まであと僅か”と一気に期待が高まった。

 B・A・Rホンダ007で臨んだ'05年は再び低迷。
 タバコ広告規制が強くなり、タバコ資本チームであるB・A・Rはこの年を最後に姿を消した。
 チームはタイレル→B・A・R→ホンダ・ワークスへと移って行ったのだった。
BARホンダ2
東京モーターショーに展示されたゼッケンNo4佐藤琢磨車

 京商ブランドで発売されたミニチャンプス1/43モデル「Japan Power」シリーズ。
 友人が「ドンキで安く売っていたから」と買って来てくれた。その事でも“記憶が薄れた過去のマシン”を感じる。

 後年―'09年―にF1ワールド・チャンピオンになるジェンソン・バトン選手のマシンのモデルだ。
 自主規制もあってタバコ広告禁止国仕様になっている。それでもノーズ側面には葉っぱのマークと「British American Tobacco」の文字が見える(これはいいのか?)。
BARホンダ3
ヘルメットのデザインが細かく再現

 大きく窪んだフロントウイングた特徴的。全体を見るとノーズが長くて後部が大きくシャープな印象。
 白いボディにラッキ○ストライクの赤丸が日の丸国旗を連想させてくれるマシンカラーだ。
 アンダーパネルやハイノーズ下部の整流板に至るまで、車体の黒部分の大半は樹脂製でカーボン調に造形されている。
 コクピットはちゃんとサイドプロテクターの内側にドライバーの腕が収まるように作られている。
 綺麗にデザインを再現しているヘルメットにばかり目が行ってしまうが、ドライバーの“腿”にあるスポンサーロゴまで描かれているのだからスゴイ
BARホンダ4
リアウイング翼端板・内側にある細かい白線は何?
RA107のように名前が書かれていたのだろうか?


 豊富な資金でスタートしたB・A・Rは志半ばでチーム売却となった。
 後を継いだホンダ・ワークスもたなぼた優勝1回ポッキリで撤退。夢はまだまだ途中だ。


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ミニチャンプス | 投稿者 ドルフィン 20:39 | コメント(0)| トラックバック(0)

羨望の眼差し レッドブル2人のサイン入りミニカー

 鈴鹿限定の小林可夢偉選手のミニカーが入手できなかった事は残念だが、決勝の活躍を見てしまったら今年の日本GP仕様のザウバーの方が断然欲しくなった
 G・ビルヌーヴ選手のフェラーリでノーズ折れ仕様があるくらいだから、可夢偉選手のミニカーも“サイド・パーツ取れ”仕様で出して欲しいものだ。その方がより決勝の活躍が蘇ることだろう。

ベッテル・ミニカー
ベッテル+レッドブルRB5

 F1日本GPに出展していた時計ショップで見つけたサイン入り'09年型レッドブルのミニカー(展示用)。
 これは凄くイイ!! 高価な時計よりも羨望の眼差しで眺めてしまった。
ウエバー・ミニカー
ウエバー+レッドブルRB5
ウエバー実車

 M・シューマッハの直筆サイン入り“レプリカ”ヘルメット。
シュー・ヘルメット

 マールボ○のブースで購入者の中から抽選で当たるアロンソとマッサのサイン入りグローブとレプリカ・ヘルメット。
フェラーリ2人ヘルメット


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ミニチャンプス | 投稿者 ドルフィン 21:29 | コメント(0)| トラックバック(0)

鈴鹿限定ミニカー 小林可夢偉のトヨタTF109

可夢偉1
 F1日本GPで発売される鈴鹿サーキット限定ミニカー。小林可夢偉選手が昨年の日本GP練習走行で乗ったトヨタTF109ミニチャンプスだ。

 上り調子の可夢偉選手が1日限り(鈴鹿で)で乗ったマシンであり、トヨタ最後のF1マシンというニ重の要素があるので是非とも欲しい―と、朝一の特急でサーキットに向かった。

 金曜日は整理券での販売になっていたので、もらいに行くとすでに完売状態。楽しみにしていただけにショックだった…。
 懇願しても販売員は「整理券がないとダメ」の一点張り。
 その横で、いかにも転売目的らしきオッサン2人が両手いっぱいに4種類のミニカーを抱えて買っていた。
 悔し~!!
 せめて購入台数は「一人一台のみ」に設定してくれよ!
可夢偉2
展示されていた小林可夢偉選手のサイン


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ミニチャンプス | 投稿者 ドルフィン 22:19 | コメント(0)| トラックバック(0)

容易ではない-佐藤琢磨スーパーアグリSA06

琢磨SA06-3
 歴史に残るオールジャパン体制のF1マシン、スーパーアグリSA06 佐藤琢磨車を、静岡ホビーショーのディスカウントで、1/43ミニチャンプスのモデルを入手した。
琢磨SA06-5
デジタルビデオ撮影からコマ抜きしたSA06琢磨車の写真

シャシーバランスが悪く戦績が振るわなかったマシンであるが、外見上は有力チームと引けを取らないほど付加パーツのオンパレードだ。
 量産モデルカー作りにおいて'06~07年のF1マシンは本当に大変だったと思う
 さらにスーパーアグリにおいてはメインスポンサーが無く、小口スポンサーのロゴがボディのあちらこちらに貼られているので、デカール貼りも容易ではなかったはず。

 佐藤選手のフィギヤは、ボディはシートベルトが蛇行していたり中央の止め具に接続されていなかったりと“手抜き”塗装の感が強いが、ヘルメットは細かく再現されている。
琢磨SA06-4
'06F1日本GPでもらったスーパーアグリ応援会員勧誘ステッカーと

 今後、日本がバブル期のような超好景気にならない限りオールジャパン体制のF1チームなど出現しないであろう。それだけにスーパーアグリのモデルカー1台は手元に置いておきたかったのだ。


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ミニチャンプス | 投稿者 ドルフィン 20:00 | コメント(0)| トラックバック(0)

オールジャパンF1チームの偉業 スーパーアグリSA06

琢磨SA06-1
 漫画でしか成しえなかったシャシー、エンジン、タイヤ、ドライバーが日本国籍のオールジャパンのF1チーム。それがスーパーアグリF1チームだ。
 「日本という小さい枠組みに捕らわれている」のか「一国の代表として」なのか、捉え方は自由だ。

 プライベート・チームとしては参戦資金に乏しく参戦期間は短かったが、その困難に立ち向かった偉業は素晴らしい。
 F1という興行が“夢を売る”ものならば、スーパーアグリは日本人ファンに夢を見させてくれた
アグリ2
'06年日本GPでの佐藤琢磨選手/SA06

 今後、成し得る事が難しいオールジャパンF1チームのマシンのモデルカーを1台は手元に置いておきたいと思っていた。
 それはファースト・ドライバーである佐藤琢磨選手のモデルが好ましい。

 佐藤琢磨選手は1度も素顔を目にした事が無い=会ったことが無いのにも関わらず好きな選手である。
 ドライビングセンスのみならず、TVのインタビューでの応対の仕方、会った事がある友人の話等を聞いて魅かれるところがあったからだ。
琢磨SA06-2
 6年ぶりに観に行った(土曜日だけ)F1日本GPで見たスーパーアグリSA06 佐藤琢磨車ミニチャンプスを入手することができた。
 静岡ホビーショーのディスカウントで1,500円で販売されていたためだ。即決購入してしまった。

 決して好成績を残したマシンではないが、唯一、走行をこの目で見たスーパーアグリのF1マシンなのだ。


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ミニチャンプス | 投稿者 ドルフィン 20:04 | コメント(0)| トラックバック(0)

とことん「鈴鹿伝説」 エスポ・ラスース/ランボルギーニ

ラルース4
昨年のF1日本GPの際に発売された「SUZUKA LEGEND collection」ミニチャンプス。“復刻盤”を鈴鹿パッケージにしている。
 通常のミニチャンプスなら大手家電量販店で割引販売されポイントも付くのだが「鈴鹿伝説」はそうはいかない。
 鈴鹿サーキットのロゴが付けられ背景に写真も入った特別パッケージなので価格も割高の5,670円である。もちろん定価販売だ。

 F2マシン・マーチ792のフロントウイングが無い「1979 JAF 鈴鹿グランプリ仕様」までもが「鈴鹿伝説」パッケージとして販売されているのだ。
 どこまで“伝説”を作る気なのだろう?
ラルース3
透明ケースにもスズカサーキットのコース図シールが

 新たに発売されたエスポ・ラスース/ランボルギーニ ローラLC90
 割高感を感じながらも“3位表彰台”記念として「鈴鹿伝説」版を購入した。
 反面、欲しかった車なので、ネット・オークションでONIX製を高額で落札しなくて良かったと「ホッ」とした気持ちもある。
 1/43スケールだけあって、造形&着色が精密である。エンジンの一部やリアサスのコイルまでも着色されている。
 マシンだけでなくヘルメットやレーシングスーツの色彩が細かい点が嬉しい。
ラルース
 鈴鹿ファン感謝デーGTテスト日に発売だったので、ARTAの鈴木亜久里監督にサインを入れてもらえたらな~。などと考えていたが(皆そう?)、雨天で新品モデルが濡れるのが嫌なのに加え、ピット裏はシャッターが閉じられていたので早々に断念した。
 閉じられたシャッター→すぐ裏のモーターホームでは、ドライバーとファンとの接点が無い。
 最近はテスト日でもドライバーや監督にサインをもらう機会が無いのだろうか?


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ミニチャンプス | 投稿者 ドルフィン 21:14 | コメント(0)| トラックバック(0)

亜久里選手のエスポ・ラスース/ローラLC90 サーキットが湧いたアノ日

ラルース1
 あの日の鈴鹿サーキットは熱気に包まれていた。'90年F1日本GP-。

 2人の日本人ドライバーが"どこを走っているのか"が一目瞭然だった。観客席で日本国旗や応援気が激しく振られ、それに先導されるかのように2台のマシンが走っていたからだ。
 それもそのはず、鈴木亜久里選手のエスポ・ラスース/ランボルギーニ ローラLC90は3番手を走行し、中嶋悟選手のタイレル019/フォードは入賞圏内の6番手に付けていたのだから。

 馬鹿げたクラッシュ&自滅により優勝候補総崩れとなった展開ではあるが、そうなった時に上位に付けている事がレースでは大切なのだ。
ラルース
'90年日本GPでの鈴木亜久里選手/ローラLC90ランボルギーニ

 全日本F3000チャンピオンを獲りF1デビューを果たした鈴木亜久里選手。しかし、当時は“天狗になっている”としか受け取れない発言が多く、良いイメージは無かった
 当然、日本GPでも中嶋選手に向けられる応援フラッグの方が多かった。
 だが「母国GPで3番手走行」より実力で人々の心を引きつけたのだ。
 1―2番手を走るベネトンも総崩れなら一気に優勝の文字も見えてくる展開。逆に毎戦トラブルを抱えていたローラLC90なので、いつ壊れるか分からない不安-。これらの材料が観客を一層興奮させる事になった。
ラルース2
 日本人、いやアジア人で初のF1GP3位表彰台獲得の瞬間、サーキットは湧きに沸いた。歴史的瞬間を生で見られたのだから。

 「SUZUKA LEGEND collection」ミニチャンプス1/43の新モデルとして発売された鈴木亜久里選手のローラLC90。
 従来の「SUZUKA LEGEND」の背景にはレースマシンの写真がプリントされていたが、今回は表彰台に上がった亜久里選手が載せられているのが嬉しい。
 このモデルにはあの日の興奮が詰まっている。


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ミニチャンプス | 投稿者 ドルフィン 19:24 | コメント(4)| トラックバック(0)

鈴鹿伝説~エスポ・ラルース・ランボルギーニ

鈴鹿伝説ラルース
 今回の鈴鹿ファン感謝デーで発売された新たなミニチャンプス『鈴鹿伝説』シリーズのエスポ・ラルース/ランボルギーニ
 '90年のF1日本GPで日本人として初めて表彰台に上がった鈴木亜久里選手。その時の写真がパッケージにプリントされているのが嬉しい
 亜久里選手のフィギャも乗っている。

 「少し待てば安くなるかも」と定価購入には抵抗あったが、ファン感謝デーに来た記念と、3位表彰台をGETした現場にいた事もあり思い切って購入した。
表彰式
見られてヨカッタ!'90年日本GP表彰式

ラルース
 懐かしの実車も'10日本GPチケット告知ブースに展示。
 どこで保管していたのだろう?

売れ残り
 昨年発売された『鈴鹿伝説』シリーズの、売れ残りはDVDとカップリングで販売されているものも。
 こちらの方がお得のような気がする…。こうなってから購入しても良かったかも。


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ミニチャンプス | 投稿者 ドルフィン 16:50 | コメント(0)| トラックバック(0)

F2初のウイングカー マーチ792

マーチ792-2
 F1でロータス79の成功により、他カテゴリーでもウイングカーが続々誕生した。
 F2でも'79年用マシン・マーチ792がウイングカーとなった。
 市販フォーミュラなのでコスト面からか、急ごしらえの設計だったのかサイドポンツーンは幅広く使用されていない。フロントにラジエーターを置いているのでシャープさにも欠ける
 翌年のマーチ802も丸く太いノーズが重そうで、他メーカーであるラルトやスピリットの方がカッコ良かった
マーチ792-1
PENTAX HEROES RACHINGのステッカーと。ステッカーに描かれたマシンはNOVA532

 マーチ792は珍しくF2でミニチャンプス・モデル化されたマシン。国内外仕様の多くのカラーバリエーションがある。さらにはフロントウイングを外した高速仕様車もある。
 星野一義選手のPENTAXマーチ792もウイング無し仕様があるが「ウイングが無いのに同じ価格は損した気持ち」になるのと、他チームながら792のフロント・ウイングの実物を持っているので、ウイング有りモデルを選んだ。

 星野選手のドライバー・フィギアやBMWエンジンも細かく作り込まれているところが良い。ドルフィンが持っている唯一の星野選手フィギャ車なのだ。
マーチ792-3
底面は単調なウイング形状になっている

 F2からF3000にレギュレーションが変更した時のマシンも鈍重でカッコ悪かった
 '90年代に入るとF3000マシンであるローラレイナードは「これが市販マシンか!?」と思わせるほど空力的に進化し、スタイルもカッコ良くなっていた。
 この時代のF3000マシンもモデル化して欲しいものだ。

マーチ792の実車は見たことが無いので、各パーツの写真を
マーチ792-3
'80年末に大御神レース村で発見した792星野車のサイドプレート
 アルミ製で現在のカーボンと違いかなり重い。2枚のプレートの間にスカートが仕込まれる。バネの固定が無くなっているため、手で抑えていないとズリ落ちてくる。
マーチ792ウイング
ウォルターウルフ・レーシング・ジャパン792のフロントウイング
 '80年末レース村ガレージのジャンクの山から探し出し許可を得て頂いた。ウイング底面が擦れている。


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ミニチャンプス | 投稿者 ドルフィン 19:11 | コメント(0)| トラックバック(0)

一番お気に入りのミニカーは? オペル・チームロズベルグ

チーロズ4

 もし、たった1台だけ残しておくならどのミニカーだろうか?
 ―例えば、火事に遭って1台だけ持ち出せるとしたら―
 一番値段が高かったモノ? 一番苦労して入手したモノ? 貴重なシークレット? 自問してみる。

 高価でも現在販売されているものなら再度入手する事もできるだろう。貴重なモノでも思い入れが薄ければ持ち出す意味が無い。
 ミニカーラックを見渡し、思い入れがあり現在では正規販売されていないミニカーを1台選ぶ。
チーロズ
 ミニチャンプス1/43 オペル・カリブラV6だ。
 '96年ITC鈴鹿に元F1ドライバー、J.J.レートのドライブで出走したマシンだ。

 とうの昔に完売しているモデルだったので、ネット・オークションで鈴鹿と同じ仕様のモデルを探し落札した。
 値も張ったが、ミニカーを集め始めた頃だったので“現在よりも”予算の線引きに厳しかった頃でもある。
 DTM時代から「見たい」と思っていたシリーズで、果たして最高に面白いレース内容だった。
 友人と彼女(現・嫁はん)と観戦し、アフター・レースも楽しかった。
オペル2
 日程的にF1日本GPと接近していたためか観客が割に少なく、ピットウォークやショップも苦労しなかった。
 ITCが消滅する最後のレースだったため、チーム・スタッフがシャツを売りに来ていた。
 売店で売っている新品よりも安かったし、「チームと一緒に世界を回ってきた」のが購買意欲を掻き立てた。
 さらには売っていたスタッフに、購入特典としてステッカーやJ.J.のサインも要求
 上写真のようにJ.J.とハンス・スタックの直筆サイン入りカードとチームロズベルグ・ステッカーをもらう事が出来た
チーロズ1
 さらに、レース終了後にJ.J.本人からシャツにサインを入れて頂けたのだった。
 本当に思い入れのあるレース、思い入れのあるマシン。-そのモデルカーなのである。
 ドルフィンの「ミニカー集めの意義」が詰まった1台だ。
チーロズ3
シャツの背中に入れて頂いたJ.J.レート直筆サイン


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ミニチャンプス | 投稿者 ドルフィン 19:12 | コメント(0)| トラックバック(0)

タイガー・アロンソ ルノーR26

ルノーR26-1
 ドルフィン「今年の重大ニュース」の一つに「F1ピットウォークに参加&アロンソにサインもらう」がある。
 日頃は無い運がまとめて来たような日だった。
 
 その記念に購入(特売で)したのがミニチャンプスルノーR26イギリスGP優勝車だ。
 史上最年少F1チャンピオンを獲ったゼッケン「1」を付け、引退するマイケル・シューとの激戦を制して連続チャンプになった'06年のマシンだ。
ルノー2
 直筆サインが入ったルノーのカード

 チームの前身であるベネトン時代から日本のタバコ屋がスポンサードしていた。
 タバコ広告禁止国ではカラーデザインを変えての出走だった。
 イギリスGPは早い時期からタバコ広告を禁止していた。そのためタバコロゴ部分にはタイガー(?)がデザインされている。
 常に激しくプッシュする走りのドライバーを「タイガー」と呼ぶらしいが、この時のアロンソは間違いなく「タイガー」であった。
 来季、フェラーリに移籍したら、またあの冴えた走りが蘇るだろうか。

アロンソ 
サイン会に登場したアロンソ。髭面は似合わない
 

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ミニチャンプス | 投稿者 ドルフィン 18:42 | コメント(0)| トラックバック(0)

快進撃の始まり ウイリアムズFW09/ホンダ

ウイリアムズFW09-3
 葉巻型F1時代、ホンダがGP挑戦をしていた頃はリアルタイムでは知らなかった。
 第二期F1参戦時代こそドルフィンが夢中になっていたリアルな時間だった。
 F2を制したホンダがF1にエンジン供給する―しかもウイリアムズに。これはもう好成績を期待せずにはいられなかった。
 ファン待望の結果が届いた。'84年のダラス(アメリカ)GP、'82年チャンピオン、ケケ・ロズベルグのドライブで初優勝を遂げたのだ。
 雑誌でそのニュースを知り、歓喜の声を上げたほど嬉しかった。
 そのマシンこそウイリアムズFW09/ホンダである。

 FW09の優勝からホンダ・ターボエンジンの快進撃が始まるのである。
ウイリアムズFW09-4
 ミニチャンプスからこの記念車がリリースされるのでミニカー通販ショップが予約を開始したのが今年の初め頃
 4~5月頃の発売予定だったが全く音沙汰無し。
 ここに来て急に商品発売&発送の通知で慌ててしまった。京商1/64ミニカーシリーズの狭間で予算的に助かった

 現在のF1に比べたらシャープさに欠け、無骨な感すら受ける形状だが“この世代真っただ中”だった者にとってFW09の方がカッコ良いマシンなのだ。
 鷹の口先のようなノーズ。後方広がりで安定感(見た目)のあるポンツーン。ターボエンジンを包むため「ボコッ」と突き出たリアカウル。ミドル・ウイングと一体化したリアウイング。そのウイングを支えるパイプ状のステー…それらが再現されたミニカーだ。
 ボディに貼られたスポンサーロゴを見て「Kappaのシューズを買ったな」とか「モービル1は後にベネトンに付くな」とか色々思い出される。

 ケケのドライバー・フィギャを見ると、サポートを受けていたマールボ○のマークや、アライヘルメットのロゴまで描かれている。
 コクピットのメーター周りはシルバーで塗装され芸が細かい。

 後にケケはDTM/ITCでチーム・ロズベルグを結成。ITC鈴鹿ではスタッフからチームシャツを買い(『アイテム』項'06.6.4「一緒に世界を回ったチーロズシャツ」参照)ステッカーをもらった経緯がある。
 息子がイケメンであろうと、来季はメルセデスのドライバーになろうが、現時点ではパパ・ロズベルグの方がグレートで憧れのF1ドライバーである。


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ミニチャンプス | 投稿者 ドルフィン 22:43 | コメント(0)| トラックバック(0)

到着! 第2期ホンダ優勝車 ウイリアムズFW09 

ウイリアムズFW09-1
 ホンダの第二期F1参戦で初優勝を飾ったマシン、ウイリアムズFW09
 スピリットからウイリアムズにエンジン供給チームを変更した'83年の暮れか年明けだっただろうか、鈴鹿で公開マシンテストが行われた。
 日本で6年ぶりの“現役”F1マシンの走行。しかもドライバーもレギュラーのK・ロズベルグとJ・ラフィーが来るというのだから、いてもたってもいられず四日市の友人宅に泊めてもらって2日間見に行った。
 '77年F1日本GP以後、遠ざかっていたF1。当時のファンはどれだけ飢えていたことだろう。

FW09
ウイリアムズFW09-2
 両日ともテストを担当したのはJ・ラフィー。'77年F1日本GPも走り『赤いペガサス』劇中にも登場する。'79年は開幕2連勝でチャンピオン候補にもなったグレーテッド・ドライバーだ。
 テストの合間の昼食は鈴鹿のドラサロでとっていた。
 当時のドラサロは古~い施設。学食のような木の椅子で、石油ストーブが焚かれていたと記憶する。
 そんなストーブの近くにマネージャー(?)とともに座っていたラフィー。恐る恐るサインをもらいに行くと、快くサインをし握手してくれた
 『私はあなたのファンです』と伝えたくて「あいあむ、ゆあ、ふぁん」―と言うと「Oh! you ara my Friend!」と聞き間違えてしまっていた。
 憧れのF1ドライバーとのやりとりにもう興奮状態。FW09はそんな思い出があるマシンだ。

 ミニチャンプスではラフィー車は既にリリースされてしまったと思い、1年くらい前にケケが勝ち得た第二期初優勝車を注文したのだった。忘れたころに発売され、届けられるとは驚きである。
 今頃になってラフィー車発売のアナウンスがあるなんて…。
 京商1/64ミニカーで「ウイリアムズF1」シリーズが出た時は絶対にラフィー車を引き当てよう
ラフィー
コックピットに納まるラフィー
ラフィー2
ドラサロで買った色紙にサインして頂いた

 '99年の鈴鹿・日本GPでラフィーを発見。フランスTV局のリポーターとして来日していたのだろう。グランドスタンド裏にあった鈴鹿のコース看板前でリポートしていた。
 移動する合間を縫ってサインをもらいに行ったのだった。16年ぶり。嬉しかったなぁ。
 ―でも、周囲に大勢人が集まっていたがドルフィン以外にサインをもらいに行く人がいなかった。「コイツ、訳分からん外国人にサインもらってる」とでも思われていたのだろうか?
ラフィー1
リポーターとして日本GPに来たラフィー
ラフィーサイン
'99年F1日本GPの際に頂いたサイン


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ミニチャンプス | 投稿者 ドルフィン 20:58 | コメント(2)| トラックバック(0)

魁! RB4レッドブル

レッドブルRB4-5
 インダクションポッドの後方カウルを水平に伸ばした“シャークフィン”。'08年F1マシンのトレンドになった。
 その魁(さきがけ)となったのがレッドブルRB4だった。

 “久しぶり”にF1雑誌を立ち読むと、いつの間にか全チームがシャークフィン状態。「付加パーツも多くて、F1も変わったなぁ」と感じた。
 整流効果もあるだろうが、広告スペースとしてもかなり有効な広さを持っている。F1各チームのメインスポンサーのロゴがガツンと描かれていて見た目が華やいで良かった
 それはやはり「文字」よりは「意匠」の方がストレートに伝わる。レッドブルやホンダのように。
レッドブルRB4-4
'08年F1マシンはゴテゴテ付加パーツの塊。よく再現している

 長いF1の歴史で'08年が一番複雑なマシン形状になった('09年から規制がかかったため)。
 1/43ミニチャンプスは、RB4をはじめとして本当に小さいながらゴテゴテさを巧みに再現していると感心する。
 3次元湾曲のウイングや複雑なサス・アーム。取り付け部分が細い空力パーツ。カーボン素材の表現。そして細かいマシンカラー。
 “作り”が苦手なドルフィンにしてみたら、完成品にするまでの製造・組み立てが大変だろうなと切に思う。'09年のレギュレーションで規制がかかった事を一番喜んだのはモデル業界ではないだろうか。
 エスカレートした付加パーツ・マシン最後のモデルを持つのも一つの歴史の証かもしれない。

レッドブルRB4-6
大阪城を走ったRB4もシャークフィン


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ミニチャンプス | 投稿者 ドルフィン 21:04 | コメント(0)| トラックバック(0)

レッドブルRB4 大阪城を駆け抜けたマシン

レッドブルRB4-1
 「レッドブル ショウラン イン 大坂」で大阪城公園を爆走したデビッド・クルサードのマシン、レッドブルRB4ミニチャンプス1/43モデルを購入した。
 -とは言ってもデモラン仕様のマシンは未発売なので、ベースとなっている'08年シーズン本戦仕様のRB4だ。
 ミニチャンプスはたまにマニアックな仕様のモデルをリリースする事があるので、世界展開しているイベントなだけに「もしかしたらショウラン専用モデルが出るかも?」と期待はしている。
レッドブル2
 '08年本戦仕様車から“ゴテゴテとした付加パーツ”を外した状態がショウラン仕様車のようである。
 フロントウイングのブリッヂ部や翼端板外側の翼、フロントタイヤ後のギザギザ板、サイドポンツーンに付いた小さなウイング等が無い。
 タイヤは溝無しスリック。ボディカラーにも若干の違いが見られる。
 “近年F1”に馴染みが薄いドルフィンにとっては、こちらの方がスッキリとしていて好みではある。

 レッドブルのホームページでイベントの映像を見たが、車載カメラが3機くらい取り付けられていた。重量制限が無いだけに取り付け易いのかも。
レッドブルRB4-2
 実はD・クルサードのマシン・モデルは初めて持った
 京商1/64「マクラーレン」でもM・ハッキネン車をチョイスしていたのだ。
 しかし、RB4のモデルを入手するのならデモランしたクルサードの車でなくては意味がない

 いざ探し始めるとクルサードは人気があるのだろう、なかなか見つからない。チームメイトのM・ウェバー車は在庫があるのだが…。
 数件のモデル店を巡ってようやく発見したのだった。発売当時の定価よりは安くなっていたものの、交通費がかさんでしまったのだった。
レッドブルRB4-3
 市街地走行―しかも大阪城を走る姿を見た思い入れのあるマシン。ミニチャンプスのモデルを見ていると、あの日の迫力とクルサード選手(?)の笑顔が思い出される。



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ミニチャンプス | 投稿者 ドルフィン 21:04 | コメント(4)| トラックバック(0)

日本GP限定ミニカー

 「F1日本GP限定」ミニカーが“大量”に売られていた。
 土曜日からはミニチャンプスの歴代ホンダ系マシンを「レジェンド・パッケージ」として発売。
 セナのマシンが即座に売り切れるかと思いきや、中嶋のロータス99Tが先に完売した。
 ロータスもマクラーレンも京商1/64を持っているので魅力的には感じなかった。
 琢磨のスーパーアグリSA05は迷うが、パッケージを変えただけで5,670円は高い!

鈴鹿ミニカー1
'09年仕様トヨタTF109 日本GP限定パッケージ
 トゥルーリが優勝していたら友人に「買ってきて!」とメールしていたところだったが…。

鈴鹿ミニカー2
ウイリアムズ/トヨタFW31 中嶋一貴パッケージ
 鈴鹿で感動に値するパフォーマンスをしてくれていたら買っていただろう。
 「レジェンド」でロータス99Tが完売したのも“感動に値するパフォーマンス”を見せてくれたからだろう。

鈴鹿ミニカー3
ブラウンBR1 バトンパッケージ
 鈴鹿でチャンピオンを決めていたら…以下同文。

鈴鹿ミニカー4
サイン入り バトン ミニチュアヘルメット 展示品

鈴鹿ミニカー5
ブラウンBR1フロントノーズのミニチュア
 本物ならまだしも、ミニチュアのノーズだけって欲しいかな?

「トロロッソ」ピット
F1トロロッソ1

F1トロロッソ2

F1トロロッソ3
 セカンドチームだけあってレッドブルと似ていて見分けが難しい。“リアルな牛”なのがトロロッソか…。


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ミニチャンプス | 投稿者 ドルフィン 18:26 | コメント(2)| トラックバック(0)

セナでまだまだ引っ張る ロータス97T

 鈴鹿のグランプリ広場にセナショップが仮設されていた。
 ガラス張りで外からもマクラーレンMP4/5Bが展示されているのが分かったのでつい、足を向けてしまった。木曜日だったので楽々入店。
 まだまだセナ人気で引っ張っているんだなと感じた。
セナ1
 ミニチャンプス 1/12スケール ロータス97T
 さすがに1/12は精密でデカイ。
 ケースにも入れられず、棚の上に展示されていた。パクられないか?

セナ2
 チャンピオン獲得マシン マクラーレンMP4/5B/ホンダ

セナ4
 マシンの傍らにはサイン入りグッドイヤー・タイヤが。

セナ3
 圧倒的だったのはセナの歴代ヘルメット
 ○スマンズが付いたウイリアムズ時代は無かった。


「BMWザウバー」ピット
F1BMW1
F1BMW2
F1BMW3
BMWのマシンもこれが見納め。

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ミニチャンプス | 投稿者 ドルフィン 19:16 | コメント(0)| トラックバック(0)

アロンソ、イイヒト ルノーR26

ルノー1
 F1ドライバーサイン会で、F・アロンソ選手が着座するなり書きまくっていたサインカードをスタッフがランダムに配布した。
 急いでもらいにいったドルフィンだったが、全てハケてしまい入手できなかった。
 それを見ていたアロンソ選手はカードを書き足してドルフィンに投げてくれたのだ。そう、このカードは“私のためだけに書いてくれた” ものなのである。
 感激も一入。アロンソ選手、いい人だぁ~!
ルノー2
 それなのにドルフィンはアロンソ選手のミニカーを持っていなかった
 ―そこでチャンピオンナンバー「1」を付けたミニチャンプスルノーR26 イギリスGP優勝車を勢いで購入(実は特価で1,000円だった)。

 '06年は富士スピードウェイに日本GPが移る前“最後の鈴鹿”F1&シューマッハ引退とあって予選だけ観戦に行った。
 そこでシューマッハと争うアロンソのR26を見たので思い入れもあるマシンだ。
ルノー3
ルノーのアロンソとフェラーリのマッサ。 来年はチームメイト?

「ルノー」ピット
F1ルノー1
F1ルノー2
F1ルノー3
 昨年の日本GPのような活躍は無かったルノー。
 サーキットには多くの看板を立てた「ING」だが、ルノーからは文字が消えていた…。


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ミニチャンプス | 投稿者 ドルフィン 18:18 | コメント(0)| トラックバック(0)

アースドリーム RA107&108

アースドリーム1
 スポンサーロゴを廃し、地球環境をテーマにしたアースドリーム・カラーになった'07年と'08年のホンダF1。車体をキャンバスにした芸術作品のようでもあった。
 広告収益やレース成績に関係なく、ホンダRA107RA108はメッセージを発し、忘れえぬ車となった。
 歴史を作ってきた多くのF1マシンの中でも一際美しさを放っている。

 実車を所有することはできないので、リアルなミニチュアモデルを入手してずっと眺めていたい―そんな願いがかなった。

アースドリーム3ホンダF1

 今年もF1活動を続けていたらどのようなデザイン(カラーリング)のマシンに仕上がっていたのだろうか?
 活動資金を得るために文字だらけの車体に戻るのは見るに忍びない。
 F1も完全ハイブリッドまたはEV(電気自動車)化になったらエンジン開発もやりがいがあることだろう。
 そうなったらアースドリームとアワードリームを乗せたホンダF1が走るかもしれない。
アースドリーム2
実車でも2台のランデブーを見たいものだ
ミニチャンプス | 投稿者 ドルフィン 17:56 | コメント(2)| トラックバック(0)

ホンダ最後のF1 RA108

ホンダRA108-1
 '08年シーズンでF1から撤退したため、現時点では最後のF1マシンとなったホンダRA108
 宇宙の中の地球を模した'07年カラーがあまりに美しかったため、新アースドリームカラーのマシンが発表された時は地味な印象を受けた。
 しかし、見慣れてくると清々しい美しさに感じてきたから不思議だ。

 成績は最悪だったが、美しいカラーとホンダ最後のF1ということもあり“本戦仕様車”が出たら絶対に入手しようと心に誓っていた。
 RA107はR・バリチェロ車で持っていたので、RA108はJ・バトン車が欲しかった。
ホンダRA108-2
 今年からレギュレーション変更したため、F1マシンの複雑さも極まった'08年型マシン
 RA108も三次元湾曲のウイング、ノーズの蝶羽型パーツ、ホイールキャップ、階段状のボード、絞りこんだボディ…。よくこんな複雑な車をミニチュアモデルにできたものだと感心する。

 ボディはデカールというのは分かるのだが、リアウイングの白部分までデカールでの着色だった(ショップに剥がれている固体があったため判明)。着色よりデカール貼りの方が手間がかかりそうなのだが?

 見れば見るほど美しく複雑なマシーンである。
 「エコの時代に消費だけのレースはどうか」と思いつつも、いつの日かこのマシンから「最後の」―との形容が取れる事も望んでいる
ホンダRA108-3
アースドリームカラーのホンダF1
'07年型RA107をカラー変更しているみたいだ
ミニチャンプス | 投稿者 ドルフィン 17:56 | コメント(1)| トラックバック(0)

悪童達の日本GP

M26-4
 ハントマクラーレンM26がチェッカーを受けた瞬間、警備が手薄になったのを見計らって悪童達はフェンスの破れ目からピット裏に忍び込んだ―。
 '77年F1日本GPの事である。

 ウイニングランを終えてパドックに戻ってきた優勝マシンを間近で写真撮影。その時フィルムの残量は36枚を越えていた。
 当時はフィルムも現像&プリント代も高額だったため、子供の小遣いでは36枚撮り1本が精一杯だった。“パドック侵入”など考えていなかったのでレース中にフィルムを使いきってしまっていた。
 「あれ?まだ獲れる」と思って撮影していた結果が下↓の写真である。
ハント
 フィルムの端“37枚目”に多重露光されていたのだ。1位と2位がいない表彰式が2枚くらい重なっている。
 「あの時フィルムをもう1本持っていたら…」と今でも悔やまれる
 さらには数年後、撮影したネガフィルムの何本かを友人に貸したところ紛失されてしまったのだ。
 F1に熱狂し始めた'77年の日本GPは頭の中にしか残っていない。その記憶を鮮明に蘇らせてくれるのがミニカーであり、雑誌の写真でもあるのだ。
ブランビラ
モンツァ・ゴリラ=ビットリオ・ブランビラのサイン
 パドックをウロついていると、知らないおじさんが「あの人にサインもらっときな」とレポート用紙とペンを手渡してくれた。数人のドライバーの顔しか知らなかった頃だ。
 サインももらった外国人は『グランプリの鷹』のイタリアGPで鷹也と競い合う「モンツァ・ゴリラ」「雨の魔術師」のニックネームを持つエンサインのビットリオ・ブランビラだった。
 サインペンを渡した時に「キャップを取りな」とペン先をこちらに向けたのが印象的だった。以後、サインをもらう時にはキャップを外してペンを渡すようにしている。 
リベイロ
ブラジルの新星(当時)アレックス・リベイロのサイン
 もう一人、サインをもらえたのがマーチのアレックス・リベイロ。彼はその後どのようなレース活動を行ったのかは不明。
ミニチャンプス | 投稿者 ドルフィン 11:42 | コメント(0)| トラックバック(0)

ハント最後の優勝マシン M26

M26-1
 ジェームズ・ハント、生涯最後のF1優勝は'77年の日本GP。その時のマシン、マクラーレンM26がついにミニチャンプスからリリースされた。
 情報を知った時は既に「発売中」と寝耳に水。慌てて大手家電量販店おもちゃ館やネット通販を調べたが「売り切れ」状態。待っていた人の多さを感じると共に「入手できないのでは?」「後から日本GP仕様が出るのでは?」「再入荷するのでは?」との不安感に襲われた。
 ミニカーを集めはじめた時から欲しかったマシン。こればかりはゼッケンNo2のヨッヘン・マス車ではダメなのだ。
 ようやくネット注文できたが、実際に手元に届くまでは安心できなかった。

 旧年代のマシンなのでM23同様に“カウルが外れる”モデルになるのかと思っていたら一体型であった。
 日本GPではフロント・ラジエーターの前に“屑避けネット”みたいなモノが付いていたがモデルには無い。これは「日本GP仕様」が出る可能性もある。恐ろしや…。
 M23ほど成功を収めていないものの、スタイル的にはこのM26の方が好きだ。オイルクーラーへのエアが導入のため、サイドポンツーン後部が絞り込まれている様は現代F1に通じる。
 ラウダとの激戦を通して勝ち得たゼッケンNo「1」がカッコイイ。
ハント マクラーレン
'77年日本GP/ハントのマクラーレンM26

― 嫁、衝撃の一言 ―
 モデルを眺めながら感傷に浸っていると嫁はんも見に来た。そしてモデルを見て一言「この人、腕が長くない?」
 改めて見直してみるとヘルメット(頭部)が小さいのだ。同スケールのM23と比べたら遼に小さかった。
 当時のドライバーが付けていたヘルメット開口部に取り付ける“防火マント”も付けて欲しかった
M26-2
確かにヘルメットが小さい…
ミニチャンプス | 投稿者 ドルフィン 10:42 | コメント(6)| トラックバック(0)

溜息のロータス79

ロータス79
 ロータス79は見てみたいF1マシンの1台だ。日本でF1が開催されなくなった年のマシンなので、実車を目にした事がない。
 マリオ・アンドレッティロニー・ピーターソンが勝ちまくったウイングカーの先駆車。

 そして日本企業がこれほどまで大々的にスポンサードしたF1はこれが初めてではないだろうか。
 タバコ広告禁止国ではメインスポンサーであった。雑誌の写真を見て少し誇らしげな気持ちでもあった(しかし、オリンパスのカメラは使った事ありません、スミマセン)。

 JPSカラーの79のモデルは高価でなかなか入手できない。展示してあるモデルを見ては溜息が出てしまうのだった。
 京商コンビニ1/64シリーズでロータスF1シリーズをリリースしてくれないだろうか…。

ロータス78実車
’77日本GPでのマリオ・アンドレッティのロータス78
ミニチャンプス | 投稿者 ドルフィン 20:03 | コメント(6)| トラックバック(0)

ラウダ-そしてハント

ハント・マクラーレン
 フェラーリ312T2のN・ラウダとチャンピオン争いをしていたのがマクラーレンM23を駆るジェームズ・ハント
 '76年当時は逆転チャンピオンになったから覚えた名前だった。しかし、彼の容姿、発言、行動、そして王座への道のりを知るにつれ惹かれていった。一番好きなドライバーである。
 複数回チャンピオンを獲得する天才型ではなかったが、ガンガン行くレース運びは他を圧倒するものがある。後のケケ・ロズベルグナイジェル・マンセルっぽい。
 近年はマシン格差が広がりすぎてしまったため、どんな状況でも「いっちまえ!」的な走りをするドライバーが現われない気がする。それともドルフィンがF1をよく見ていないせいだろうか?

 ミニチャンプスのM23はコクピット周辺のカウルが脱着できるようになっている(写真は装着状態)。
 富士スポードウェイでハント最後のF1優勝を飾ったM26も早くリリースして欲しいものだ。
 勝ち星はM23に劣るものの、マシンフォルムがシャープになったM26の方が好きだ。
ハント マクラーレン
'77年ハントのマクラーレンM26

ミニチャンプス | 投稿者 ドルフィン 18:20 | コメント(0)| トラックバック(0)

初めての時は緊張

オークション
 アントキのビギナ~:21 オークション

 初めての時は誰だって緊張するものだろう。最初からスルッとうまくいくなど稀ではないだろうか。
 ネットオークションを初めて利用、初めて落札したのがミニチャンプスベネトンB186だ。
 ベネトンを好きになったキッカケのマシン。オークションでしか入手できないと判断し利用を決意した。
 入札した時は手頃価格なのにラスト10分で逆転されて失敗
 あるいはあまりに価格が高騰してくると、自分の中に引いた価格のラインを越えてよいものかと悩み、理性を失ってくる。-魔物だ。

 何度かトライした。ラスト10分になると“追って”が来ないかと緊張する。
 そして落札。うれしい! しかし、我にかえるとラインを超えてしまっていた…。-魔物だ。
ミニチャンプス | 投稿者 ドルフィン 19:35 | コメント(2)| トラックバック(0)

アントキ買っていれば!

ミニチャンプス
アントキのビギナ~⑤ ミニチャンプス

 以前、F1観戦に行った晩はサーキット前にあるF1ショップ『G』とかの店舗巡りをした。
 『G』は昔からモデルカーを置いてあり「うわー!ラウダノフェラーリがある!!」「アンドレッティのロータス、細かくてスゲ~ッ!」と、友人とともに騒いでいた記憶がある。恐らくミニチャンプスのモデルカーだったのだろう。
 今にして思えば“あの時買っていれば”-である。しかし、当時はミニカーに4~5千円も出す気にはなれなかった。まあ今でも高価な買物ではあるのだが…。

 時は流れ、モデルカーに興味を持つようになった頃、地元のモデルカー屋でミニチャンプス製・ウルフWR1日本GP仕様を発見した。
 シーズン3勝を示す“撃墜マーク”3つとスポット・スポンサーであるタミヤのマークが入っている。
 単に観戦した'77年日本GPのマシンというだけでなく、“ウイングを止めるネジをもらった思い出のマシン”なのである。
 他に欲しいマシンもあったのだが(※)真っ先にウルフを購入したのだった。

ウルフ・ネジ
ウルフWR1のウイング翼端板を止めるネジ

(※) ミニチャンプス製かエブロ製か不明ですが、星野一義選手のF2マシン・PENTAX NOVA532探しています!
 迷ったあの日以来、目にしていません。2台買える財力が無かったばかりに―と悔しい思いです。
ミニチャンプス | 投稿者 ドルフィン 19:28 | コメント(12)| トラックバック(0)

雨中の逆転チャンプ マクラーレンM23

マクラーレンM23-1
 J・ハントは一番好きなレーシングドライバーだ。初めて見た'76年F1inJAPANで逆転ワールドチャンピオンに輝き、子供の心に存在が強く刻み込まれた。
 最強だったN・ラウダ+フェラーリ312T2に対し、不在期も着実に勝利して最後まで諦めなかった姿勢が好きだ
 荒く泥臭いレース展開に反してルックスがモデル並にカッコイイところが好きだ(ナニーニもそうだがルックスが良いドライバー好みなのかも)。
 “紳士”と呼ばれえいた世界最高ドライバー集団にあって“奇行”を繰り返す奥ゆかしさが好きだ

 翌'77年F1日本GPで優勝しながらも表彰式をボイコットしたハント。インタビューを受けている時、ガキのドルフィンもその場にいた。
 今のようにモーターホームが無かった時代、テントの下、集まった人々の目を気にすることも無く着替え始めるハント黄色のブリーフを穿いていたのが目に焼きついている。
 この時のやりとりを録音したカセットテープは今でも持っている(あまりに古いため再生できるか不明)。

 ウルフ移籍→F1引退→スカッシュ界へ転身→F1解説者、そして突然の逝去。めまぐるしい半生だった。
 再び彼の姿を目にする事なく逝ってしまった。
マクラーレンM23-2

 通販でミニチャンプスマクラーレンM23を購入した。
 昔のF1マシンはデザインが単調のためか“付加価値”としてコクピットのカウルが外れるように出来ている。その反面、ドライバーの体が貧相な作りになっているのが残念だ。
 ヘルメットは細かい塗装だ。当時はヘルメットの周りに防炎用の“布”を付けていたのが再現されている。
 ロールバーのアルミ溶接っぽさやDFVエンジンは細かく表現されているところは流石。

 ハント最後の優勝マシン、マクラーレンM26も早くリリースして欲しい。
ハント マクラーレン
'77年ハントのマクラーレンM26
ヘルメット周りの“布”がはためいて、遠目からは“手を振っている”ように見えた
ミニチャンプス | 投稿者 ドルフィン 19:56 | コメント(6)| トラックバック(0)

大好き!チームロズベルグのオペル

チーロズ
 GT選手権が開幕したが、やはり'96ITC鈴鹿は強烈なインパクトがあった。
 欧州3メーカーのハイテクマシンが超接近戦を繰り広げたからだ。レースはコース上でのバトルが一番興奮する。
 「また観戦したい!」と思わせるが面白いレース展開だったが、この鈴鹿を最後に消滅してしまったカテゴリーだった。

 ドライバー、A・ナニーニ/マシン、アルファ155が一番好きだったが、その次に好きなのがJ.J.レート/オペル・カリブラV6だった。
 元F1チャンピオン、ケケ・ロズベルグ率いるチームロズベルグであることも大きな要因。もう1人のドライバーも元F1ドライバーのH・スタック。スター性のある魅力的なチームだ。

 DTM/ITC仕様のオペル・ベクトラのモデルにはカラーリングに多種あるが、やはり日本で走ったカラーが欲しかった。
 モデルカーを見ているとあの日の興奮が蘇ってくる。今年、WTCCが日本開催されるそうだが、DTMが来てくれないだろうか。

 ミニチャンプスのモデルと合わせたのは、ITCでチーロズのスタッフからシャツを買った際にもらったチームステッカー
オペル2
ミニチャンプス | 投稿者 ドルフィン 21:29 | コメント(4)| トラックバック(0)

日々進化する ホンダRA107

ホンダRA107
 '07年の締めは手持ちF1マシン最新型のホンダRA107
 「日々進化しているF1」と言われるが、同スケールで持っているモデルの中で次に“新しい”フェラコレフェラーリF2001と比較すると形状の複雑さ、付加パーツの多さが目立つ。
 ショーモデルでこの複雑さなのだから、シーズンが始まって改良されてゆくレース車はもっと凄い事になっているのだろう

 RA107は形状だけでなく、カラーリングも地球をモチーフにした複雑なものになっているのだから、市販モデル化は難しかったのではないかと思う。
 随所に現代F1マシンには欠かせないカーボンっぽさが随所に表現されている。
 見ていて飽きの来ない美しいデザイン。レース車のモデル化には、まさかボディ一面に記載されたネームの列まで表現されるのでは?

 ミニチャンプスのモデルと合わせたのは、第2期F1参戦時代(ウイリアムズ/ホンダ)のホンダF1ステッカー。
ホンダRA107実車
ホンダF1

 12月は手持ちF1マシンだけで毎日書こうと思っていましたが、忙しくてかけなかった日もあり、少々心残りです。
 稚拙なブログを読みに来てくださってありがとうございます。

 皆様良いお年をお迎えください
ミニチャンプス | 投稿者 ドルフィン 10:48 | コメント(6)| トラックバック(0)

アレジは日本で人気があるなぁ ベネトンB196

ベネトンB196
 グランプリで1勝しか挙げていないのに、日本で人気があるF1ドライバー、ジャン・アレジ。ドルフィンも好きである。
 優勝どころか、入賞すらできないドライバーが多い中で、GPで勝利を挙げる事自体素晴らしいのだが、彼の場合は「世界チャンピオン」を嘱望されていただけに、落胆する部分もある。
 しかし、何度も優勝した、あるいはチャンピオンになった訳でもないのに人気があるのは、人間的に魅力があるからかもしれない
 デビュー2年目(だったかな?)のタイレル時代に中嶋悟選手のチームメイトとして注目。
 性能がはるかに劣るマシンでマクラーレン/ホンダセナとバトルを繰り広げたアメリカGP(だったかな?)が印象的。これで人気が爆発した。
 嫁はんが日本の国民的アイドルなくらい日本人ウケするマスクでもあった。

 シューマイケルとチェンジする形でベネトンに移籍した時のマシンがベネトンB196
 持っているモデルはB195に’96年カラーを施したショーカー。
 綺麗で爽やかなカラーリングであり、何よりアレジのマシンということもあって入手した。マシン後部の4本のレインボーカラーが左右に分かれているのが特徴。


 ミニチャンプスのモデルと合わせたのは、日本GP時にサンプリングでもらったベネトンステッカー。
アレジ
ミニチャンプス | 投稿者 ドルフィン 20:21 | コメント(0)| トラックバック(0)

変身サイボーグの覇王伝説 ベネトンB195

ベネトンB195
 “サイボーグ”と呼ばれた青年が“皇帝”に変身する序章が'94~95年だ。
 マイケル・シューマッハ(※)が連覇を成したベネトンB195
 ラクダマークの黄色中心のマシンカラーは冴えなかったが、ホワイト&ブルー基調にレインボウカラーが加わったこのマシンは綺麗だった。王者には美しいマシンがよく似合う。
 と、同時にマシンもエンジンも全てのバランスが整ったようで、シューマイケルとJ・ハーバートのコンビは勝ちまくった。このコンビ、シューマイケルが全日本F3000を走ったサントリー・ラルトのコンビでもあるのだ。
 
 (※)全日本F3000参戦時、本人が「ミハエルは呼びにくいからマイケルでいいよ」と言っていた。

 王者の貫禄を身につけた青年は、F1ドライバーが誰もが目指すチームへと移籍していったのだった。

 ミニチャンプスのモデルと合わせたのは、日本GP時に購入したB194がデザインされたステッカー。これで連覇マシンが並んだ-というワケです。

ベネトンB195実車1
ベネトンB195実車2
ミニチャンプス | 投稿者 ドルフィン 17:48 | コメント(0)| トラックバック(0)

有言実行のミスター・ベネトン ベネトンB188

ベネトンB188ハーバート
 有言実行の新人としてF1デビューしたJ・ハーバート。華々しいカラーのベネトンドライバーとして相応しい男だった。
 この'88年はクラッシュで重傷を負ったため、わずか数戦しか走っていないが、何故か“ミスター・ベネトン”のイメージが彼にはある。
 
 ジョニーが戦ったベネトンB188は、A・ナニーニ車よりかなり遅れてリリースされた。
 スポンサーロゴとドライバーが異なるだけで同じ車体なので購入する必要は無かったのだが、やはりB188はジョニーのイメージが強いので、既に持っているナニーニ車と2台並べてみたくなった。

 ミニチャンプスのモデルと合わせたのは、ベネトンフォーミュラー1のミニステッカー。

ベネトンB188ウイング
モデルでは赤だが、ジョニーのフロントウイング翼端板

ベネトン・ヌイグルミ
津川哲夫氏サイン入りベネトンヌイグルミ。100センチくらいの大きさ
ミニチャンプス | 投稿者 ドルフィン 22:59 | コメント(0)| トラックバック(0)

イケメンF1ドライバー ベネトンB188

ベネトンB188ナニーニ
 優勝していないものの、ベネトンチームで一番メジャーなマシンがベネトンB188だろう。移籍したベネを上位チームに押し上げたのはイケメンF1ドライバー、A・ナニーニ

 幅広いフロントウイング。フロントサス辺りで絞られたノーズ。コクピットサイドにあるエンジン・エアインテーク。そして原色色分けで鮮やかなマシンカラー。特徴豊富なマシンだ。
 エアインテークは後のF3000マシン、ローラT90-91にも影響を与えたほど。このローラも格好良くて好きだ。是非ともモデル化して欲しい。

 ナニーニ・ファンとして、ミニカーをコレクションし始めた初期に入手したモデル。ナニーニ車に関しては、スポンサーロゴは何パターンか存在しているようだ。
 ドルフィン手持ちはラクダのマークが入っている仕様。

 ミニチャンプスのモデルと合わせたのは、ベネトンフォーミュラーのマークが左右対称が1セットになっているステッカー。
 何枚か購入してスキー板の左右区別にも貼っていた。

ベネトンB188実車
ミニチャンプス | 投稿者 ドルフィン 18:58 | コメント(0)| トラックバック(0)

堂々と勝負したチャンプ マクラーレンMP4/4

マクラーレンセナ
 F1GP全16戦中15勝と、マクラーレンMP4/4・ホンダの圧勝だった'88年。この年は“まだ”真っ向勝負でタイトルを決めていたセナとプロスト
 レース序盤リードしたA・プロストを、後半に追い上げたA・セナがストレートで抜いた。上空から撮影した映像はサーキットビジョンでも流され、観客を興奮させた。
 堂々の勝利で初のワールドチャンピオンに輝いたセナ。実に爽やかで心をアツくさせたレースだった。

 セナ好きでもないが、ホンダ初の地元優勝でもあり、見事なレースを展開したMP4/4は、モデルカーを手元に置いておきたくなるほど素晴らしいマシンだった。
 ミニチャンプスのセナ。コレクションモデルは、日本GP仕様なので尚更である。

 モデルと合わせたのは、当時ホンダが作った優勝記念とチャンプ獲得記念のステッカー。
 '87~’89年頃にかけてホンダはレース毎の優勝記念やチャンピオン獲得のステッカーを頻繁に作っていた。

セナ5
セナ3

ミニチャンプス | 投稿者 ドルフィン 19:48 | コメント(2)| トラックバック(0)

帰ってきたF1サーカス ベネトンB187

ベネトンB187
 車体を路面に擦って飛び散る火花
 ターボパワーでリアウイングからたなびかせる“飛行機雲”。
 10年ぶりに日本に帰ってきたF1サーカス(死語?)の迫力は凄まじいものだった。待ちに待ったF1日本GPは全てが新鮮で感動的だった。

 色とりどりのF1マシンにあって群を抜いて鮮やかなマシンがあった。ベネトンB187。「ベネトンカラー」として人気のある“原色色分け”ボディの初代にあたる。
 一目見て虜(とりこ)になってしまった。

 基本デザインは後に受け継がれるものの、ターボカーであるが故コクピットが異様に前にきている。
 1色につき(ほぼ)1スポンサーロゴの色分けも斬新。まだ当時はベネトングループのロゴが大半なのだが。

 本年になって待望のB187がリリース。残るは優勝マシン・B189の登場を待つばかり。

 ミニチャンプスのモデルと合わせたのは’87年日本GPで購入したステッカー。まだウサギがイメージキャラクターになっている。
ベネトンB187実車
ミニチャンプス | 投稿者 ドルフィン 18:47 | コメント(0)| トラックバック(0)

メキシコの情熱 ベネトンB186

ベネトンB186
 ベネトンB186G・ベルガーのドライブによって'86年のメキシコGPでドライバー&チーム共に初優勝を遂げた時のマシンだ。
 アツイ情熱の国で情熱を表すようなカラフルなマシンが駆け抜けた。

 B186のカラーリングの美しさに惹かれて「ベネトン」というチームやアパレルに興味を持った
 それまでタイレルやトールマンのマシンに描かれた単なるロゴの一つに過ぎなかった。自チームになり、マシンペイントのデザインが格段に良くなった気がする。
 ハケで塗ったような色とりどりのF1ボディの登場はは衝撃的だった。
 後にタイヤまで色を付けてしまったが、ベースが黒ゴムなので鮮やかさに欠けたドス黒い色は“やり過ぎ”だったと思う。

 '90年頃の香港で「ボッシーニ」というベネトンロゴにソックリなアパレル・ブランドをよく見かけた。ベネトンより“さらに安い”価格設定だったあ。今でも存在するのだろうか?

 ミニチャンプスのモデルと合わせたのは、アパレル・ベネトンのショップ装飾のためのステッカー。
ミニチャンプス | 投稿者 ドルフィン 18:43 | コメント(0)| トラックバック(0)

たった1勝チャンプ・ケケ ウイリアムズ6輪

ウイリアムズ6輪
 ウイングカー時代に6輪車が出現。ウイングカーとして十分成功していたFWシリーズで、前輪を縦に並べた“マーチ型”6輪F1マシン、ウイリアムズFW08B6輪を発表したウイリアムズ・チーム。
 “変わりF1”好きのドルフィンとしては「レースに出て欲しい!」と切に願っていた。
 しかし、実践投入されずに終わった。サウジアラビア航空からの豊富な資金を受けていたウイリアムズの“お遊び”だったのだろうか?
 マーチのそれに比べたらはるかにまとまっていてカッコイイ。

 ドライバー、ケケ・ロズベルグシーズンたったの1勝でF1チャンピオンになった男。
 当時は「1勝しかしていないのに、チャンプなんてアリ?」と“棚ボタ”的チャンプに不満を感じたものだった。
 しかし時間が経つにつれ、激戦のシーズンでそれだけ上位を安定して走っていたのだから凄いのだろうと思うようになった。
 今年のフォーミュラ・ニッポンでは未勝チャンピオンが生まれたのだから“安定性”は大切な要因なのだろう。
 ケケはどんなヘッポコマシンもそこそこ乗りこなしてしまう“ある種の才能”を持ったドライバーだった。
ミニチャンプス | 投稿者 ドルフィン 15:02 | コメント(0)| トラックバック(0)

異形F1の代表 アロウズA2

アロウズA2
 奇妙なF1マシンが続出したウイングカー全盛期。見る者を楽しませて(?)くれた。
 アロウズA2は“変わりF1”好きのドルフィンにとって“ストライクなマシン”の1台だ。

 グラウンドエフェクトを追求したかのように、アロウズとしては特許を申請するほどの自信作。当時は写真でしか見た事が無かったので 「ロータス79を凌ぐようなどんな凄いアイデアやシステムなんだろう?とワクワクしたものだ。
 フロントタイヤまで延長されたボディの“裏側”は、どうなっているのだろう? ウイングが無くロケットか0系新幹線のようなノーズ部分―その速さに期待に胸を膨らませていたのだが。不発に終わった…。

 後年、御殿場レーシングパレスで初めて実車を見た時は嬉しかった。できればもっと近くで見て“謎”のボディ底面も覗き込んで見たかったが、それは叶わなかった。
 アルミっぽさに時代を感じたが、あの当時のトキメキが戻ってきた

 ミニチャンプスのモデルと合わせるのに、ワルシュタイナー・ビール関係のグッズが一切無かったので、タイヤであるグッドイヤーのステッカーを合わせてみました。
アロウズ実車
ミニチャンプス | 投稿者 ドルフィン 19:32 | コメント(2)| トラックバック(0)

炎の宝物 ウルフWR1

ウルフWR1
 '77年のF1GP、新チームで開幕戦に優勝したウオルター・ウルフ・レーシング。後年にワールドチャンピオンになるジョディ・シェクターの力量があったとしても奇跡とも言える出来事だ。
 現在ではとても起こり得ないパフォーマンスである。

 カラーリングと相まってNACAダクトのような美しいデザインのマシン・ウルフWR1。日本GP仕様はエンジンカウルにタミヤのマークが入っている。

 日本GPレース終了後、マシンを解体していたメカニックからもらったウイング翼端板と支柱をつなぐネジは、今でも大事な宝物だ。見ているとあの頃の気持ちが炎のように燃え上がってくる。

 ミニチャンプスのモデルと合わせたのは、押入れから出てきた出所不明のウオルター・ウルフのタオル。

ウルフ・ネジ
ウルフWR1のウイング翼端板を止めるネジ
ミニチャンプス | 投稿者 ドルフィン 20:35 | コメント(0)| トラックバック(0)

6輪F1登場期 マーチ761

マーチ6輪

 テストだけで実践投入されていない6輪F1、マーチ761・6輪
 全て前輪サイズのタイヤにして空気抵抗を減らそうとした縦型6輪。後部が4輪駆動のため、全長が長く重そうな感じが否めない。
 後年のウイリアムズ6輪はコンパクトにまとめてあるところが流石。

 タイレルP34の成功(?)により、'76~77年はフェラーリも含めて6輪F1が多く登場した時期でもある。
 TVアニメ『アローエンブレム グランプリの鷹』では劇中のF1ショーで、タイレル、フェラーリ、マーチの6輪F1を見た主人公が“8輪F1”を考え出す。
 また星野一義氏、鈴鹿サーキットが監修したアニメ走れ! ルーベンカイザー』はマーチそのままの6輪F1である。

 後からマーチF1のスポンサーカラーをまとった同モデルがリリースされているが、それは“お遊び”だろう。本来は真っ白な車体だったはず。

 白車体で、スポンサーステッカーもGYとチャンピオンプラグしか見当たらないので、チャンピオンのステッカーと合わせてみました。

 
ミニチャンプス | 投稿者 ドルフィン 20:27 | コメント(0)| トラックバック(0)

アースが生んだホンダのRA107

ホンダRA107
 地球をモチーフにしたアースカラーが美しく、とても好きなF1マシン、ホンダRA107
 今年のF1“も”あまり見ていませんが、このマシンだけはミニチャンプスからリリースしたら入手しようと決めていました。
 ところが、他チームの'07年型は次々モデル化されていく中で、RA107だけはなかなか出ず、やきもきしていました。日本GPに発売を合わせていたのでしょうか?

 ようやく発売されたと思ったら即完売。みんな待っていたんですねー。
 バトンの方が人気で、バリチェロ車しか入手できませんでした(ルックスの差?)。それでもRA107がウチに来てくれればOKなのです。

 このマシンを見ると常々「マシン後部が黒塗りなのは何故?」と疑問に感じていました。
 ホンダ仕様のモデルパッケージを見て“ようやく”気付きました。黒い部分は“宇宙”だったと。宇宙の中の地球だったんですね。
 バブル期に流行ったバッグのように、マシン全体を地球にしていなかった理由が分かり、胸のつかえが取れた気分です。

 ミニチャンプスのRA107は、マシン全体をデカール処理しているらしいのですが、細かいスポンサーロゴを貼り付けるのと、全体を覆うのとではどちらが難しいのでしょう?
ホンダRA107実車
RA107日本GP仕様 朝一で撮ったので周囲に誰もいません
ミニチャンプス | 投稿者 ドルフィン 18:04 | コメント(0)| トラックバック(0)

センセーショナルなうさぎ B187

ベネトンB187-1
 初めて見たカラフルなマシーン。対照的に“かわいい”うさぎがマスコット。それだけで虜(とりこ)になった―。

 '87年のF1日本GPで10年ぶりにやってきたF1サーカス。色とりどりのマシン群の中にあって一際“美”を放っていたのはベネトンB187
 前年のハケで塗ったようなカラーであったB186からガラリとデザインを変え、原色を配置してサーキットに映えるマシンになった。

 当時のベネトンは跳ねるうさぎ+ファイヤーレインボーがエンブレムとして使われていた。
 販売ブースで見つけたステッカーとキーホルダーが気に入ってしまい、2セットも購入してしまったほど。
うさぎのステッカー
メタルチックな地にうさぎ+ファイヤーレインボーのステッカー

 待望のB187がミニチャンプスからリリースされた。
 エースナンバー「19」ではないが、テオ・ファビよりティエリー・ブーツェンの方が好きなので、ゼッケン「20」のマシンを購入した。
 当時はベネトン・グループのロゴが大半を占めていた。翌年からは消えてしまうピンクのラインも入っている。
 コックピットより後ろが長い車体。巨大ウイング。ターボ時代のマシンを象徴している。
 ブーツェンのスーツや、まだアナログな丸メーターまで再現されているのが嬉しい。

 さあ、ベネトンで残すところは'89年日本GP優勝マシンであり、一番好きなB189のリリースだ。忘れず早く発売して欲しい。
ベネトンB187実車
車体を擦って巻き上がる火花がカッコ良かった 
T・ブーツェンのB187/フォード
ミニチャンプス | 投稿者 ドルフィン 10:12 | コメント(0)| トラックバック(0)

フランスGP記念 アレジのベネトン

ベネトンアレジ1
 カリスマ性のあるシュー・マイケルJ・ハーバートが抜けたベネトンに、フェラーリからジャン・アレジG・ベルガーのコンビがソックリ移籍してきた。この2人もベネの華やかさに合った良いドライバーだと思った。

 前年のB195のカラーリングに比べると単調になってしまったが、'96年のマシンカラーも悪くはない。
 アレジのベネトンを捜していたら、オークションにミニチャンプスの出物があったので落札した。
 手元に届いて眺めていると「あれ?」と違和感を抱いた。このマシンはB196ではない!―と。前年のB195を'96カラーにしたものだった。シーズン序盤かテスト時のマシンなのだろう。オークションの写真でしっかり確認しておけばよかった。
 ―などと嘆いていても仕方ない。ドライバーがアレジで'96カラーのベネトンなのだからいいじゃないか

ベネトンアレジ3
 マシンに白色部分が多くなり、メインスポンサーである日本のタバコ色が強くなった。ベネトンを象徴するレインボーファイヤーはマシン後部に大きく描かれている。
 ビューティー・カラーのマシンとしてはこれがギリギリ最後だろう。

 ミニチャンプスは早くベネトンB189B187をリリースして欲しいものだ。

ベネトンアレジ2
取り込んだ写真もベルガーだった…
ミニチャンプス | 投稿者 ドルフィン 21:03 | コメント(0)| トラックバック(0)

F2初のウイングカー 星野マーチ792

マーチ792-1
 珍しくF2マシンでモデル化されているマーチ792。F1でのウイングカー時代に追従したF2初のウイングカーだ。
 ミニチャンプスから星野車、長谷見車、中嶋車がリリースされているが、やはりファンとしては星野車が欲しい。発売当時はまだミニカーを集め始めた頃だったので、5千円もするモデルは恐れ多い存在だった。
 最近になってネットオークションに出ているのを発見して落札したのだ。フロントウイング無しのJAF鈴鹿GP仕様よりも、基本的なウイング付きのマシンが欲しかった。


マーチ792-2
星野選手のフィギャや露出したエンジン部分の作り&塗装が細かい

 サイドポンツーンのウイング構造はもとより、スカートが路面(台座)にピッシリ付いているところが本物らしいこだわりがある。やはりウイングカーはこうでなくては。

 マーチ792と同時期(?)にリリースされていたF2マシン・NOVA532の星野車も欲しいのだが、出回っているところを見た事が無い。
 熱烈なファンが持っていて手放さないのだろう。それはそれで嬉しいのだが。


マーチ792-3
'80年末に大御神レース村で発見した792星野車のサイドプレート
アルミ製で、2枚のプレートの間にスカートが仕込まれている。バネの固定が無くなっているため、手で抑えていないとズリ落ちてくる。
現在のカーボンと違い、かなり重い。
ミニチャンプス | 投稿者 ドルフィン 17:42 | コメント(0)| トラックバック(0)

いらないなんて言わない― ベネトンB188ハーバート車

ベネトン・ジョニー
 「同じマシンを2台はいいだろう」―と書きつつも(5/18 カラーリング美/ナニーニ・ベネトンB188)、買ってしまった! ベネトンB188ハーバート車。B188は先に発売されていたナニーニ車を持っていたのに…。やはりB188はジョニー・ハーバートのイメージが強い。F1デビュー戦で4位入賞したセンセーショナルなイメージがあるからだろう。逆にナニーニは優勝したB189が似合う
ベネトンB188
並べるとマシンのカラーリングの違いが分かる

 ’06年のF1日本GP予選に行った(10/8 ありがとう鈴鹿 F1日本GP予選観戦)。シューマイケルのF1ラストランを観るのが目的だが、もう一つ、鈴鹿のミニカーショップも覗きたかったのだ。
 果たしてサーキット前のショップにはミニチャンプスF1の最新モノだけでなく、チョイ昔にリリースされた商品まで置かれている。残念なのは昔モノはプレミア価格になっているという事。
 新しい商品はバーゲン特価になっていたので、しばらく物色していた。B188ナニーニ車の新カラーがあったので「ハーバート車があればナぁ」と思っていると、赤いヘルメットのB188を持っている方が目に止まった。瞬間的に「このハーバートどこにありました!?」と聞いてしまった。「あの辺り」と教えてもらうやいなや踵(きびす)を返し、無くなっていない事を祈りつつ人の流れを逆流した。あまりに急いでいたため教えてもらったお礼を言ったのかどうか覚えていない。失礼な奴だったなと反省する。
 ―こうして巡り会えたハーバート車(しかも特価)。もう「同じマシンを2台はいいだろう」なんて言わない。カーNo「19」「20」並べて飾ろう。好きなマシン、好きなドライバー達だから

 2台は同じマシンだが、細部スポンサー・カラーが異なっているところが面白い。ミニチャンプスはドライバーのヘルメットやレーシングスーツまで細かく色付けがなされているので、ドライバー別にそろえた意味も大きい

 あとはブーツェンのB187とナニーニのB189のリリースを待つばかりだ!

ベネトン・ジョニー実車
ナニーニ車だが、カラーリングが同一のベネトンB188

ミニチャンプス | 投稿者 ドルフィン 22:37 | コメント(1)| トラックバック(0)

赤い彗星 セナ/マクラーレンMP4/4

セナ1
 F1では黒、黄、青―とスポンサーカラーに合わせた色のレーシングスーツを纏ったアイルトン・セナ。だがやはりイメージとして一番最初に頭に浮かぶのはマクラーレン当事のだ。チャンピオンを獲り、多くの名勝負を展開した時の色。
 日本でセナ人気が高まったのは'88年日本GPで初タイトルを獲得してからではないかと思う。それまでは単にF1トップドライバーの1人でしかなかったはず。ロータスの黄色のスーツを来てサーキットを歩いていてもあれほどの人だかりはできなかった

 「セナ様」と呼ぶ妙な人気からか、ドルフィンは年を追う毎にややアンチ・セナに傾いていった。
 それでも何年の日本GPだっただろうか…セナが予選で鈴鹿のコースレコードを出したスーパーラップは忘れられない―。
 約6㌔のコースでたった1秒詰めるだけなのだ。それなのに明らかに他車とコーナーリング速度が異常なほど違った。ダンロップ下で見ていたのだが「これは(レコードタイムが)出た!」と瞬時に分かるほど。

セナ5
’88年日本GP 鈴鹿の裏ストレートにて

 数々の名場面を脳裏に刻ませてくれたセナ。自分が彼の愛機を1台選ぶなら、シリーズを圧勝し初チャンプとなったマクラーレンMP4/4 ホンダになる。

 当初、マクラーレンやセナのモデルカーは急いで欲しいとは思っていなかった。今年のF1日本GPに行った際、サーキット前のモデルカー屋でミニチャンプスのセナコレクションがかなり安価で販売されていたので これが縁だと思って購入。観戦した’88年日本GP仕様になっているのが良い。
セナ2
スーツのワッペンまで細かい!

 マシンの精密再現はもちろん、セナコレと銘打ってあるだけあってドライバーのヘルメットやスーツまで緻密に塗装されているのが素晴らしい。
 こうしてじっくり眺めると、当事の最強マシンも現在のF1に比べたら単調な形状をしているなと感じてしまう。20年の歳月は大きいものだ。
 小雨の中、ガッツポーツでフィニッシュラインを通過したセナ。表彰式後の空には虹もかかっていた。貴賓席からスタンドを通って退出した本田総一郎氏の目にも涙があった。鈴鹿F1開催2年目の終幕は清々しいものだったとしみじみ思う(←もうオジサン?)。

セナ3
'95パシフィックGPにて この姿が最後になってしまった

 多年チャンプや様々な記録を樹立した最強コンビのセナとプロストだが“ぶつけてチャンピオンを獲る”という悪しき伝統を創ったのも彼ら。
 '91年鈴鹿で「先に1コーナーに入った者が優勝する」と事前取り決めしていたため、最期の最期に(相当悩んだのだろう)ベルガー優勝を譲った茶番劇を演じたのも彼。シラケた展開を無理やり「友情」に置き換えたメディア。この年は観にいかなくて良かったと今でも思っている。
 悪い事もあったが、セナは歴代F1ドライバーの中でもカリスマ性のある偉大なドライバーには違いない
セナ4
ミニチャンプス | 投稿者 ドルフィン 13:23 | コメント(2)| トラックバック(0)

ラスト・ロクリン ウィリアムズFW08B6輪

ウィリアムズ6輪1
 6輪F1はタイレルP34だけではない。マーチが後輪縦置き四駆型のマシン(4/11 本当に走らせたのか?F1マーチ6輪テストカー)を、フェラーリが312T2を後輪横並び型にしてテストしていた。ウィングカー登場直前の'76~77年はタイヤ数を増やして接地力を高める―との考えが強かったようだ。しかし、実践投入されたのはタイレルP34だけだった。マシンやタイヤ開発の費用がかかるだろうが、“車は4輪”という常識を打ち破る6輪車は目にカッコ良く映る。事実、注目を集め、商品人気も高かった。
 6輪車開発ブームも去り、ウィングカー時代全盛期になった'82年。いきなり6輪車を発表したのがウィリアムズだ。しかも、それまでの6輪車と決定的に違うのはウィングカーであるという事ウィリアムズFW08B・6輪は後輪縦並びのマーチ型。
 FW08B6輪の写真を雑誌で見た時にはブッ飛んだ。「実践投入されないだろうか」とワクワクした。だが残念ながらこのマシンもテストカーだけで終わってしまった。コンパクトウィングカーで大成功したウィリアムズ・チーム。BIGなスポンサーを得て金持ちチームの道楽だったのだろうか?
 その後、今日に至るまでF1レギュレーションで4輪車のみと義務付けられてしまい多車輪マシンの登場は無くなってしまった。ラスト・ロクリンがサーキットで他のマシンと競り合うシーンを見たかった。
ウィリアムズ6輪2
詳しく写真を撮りたかったがケースが台座にくっついて開かなかった…

 ミニチャンプスのカタログを見てウィリアムズFW08B・6輪が発売予定にラインナップされているのを知った。「なんとマニアックなマシンを…」と思いつつ、発売を待ち望んでいた。そて今月。遂に発売となり即効GET
 写真でしか見た事が無かったので、モデルカーとなって細部をマジマジと眺めることが出来た。リアタイヤの前までは当時の最強マシンFW08のまま。十分ダウンフォスを得ているのでフロントウイングは無い。しかし後部は前輪と同サイズのリアタイヤ4本。後ろまで延長されたアンダーウイング。ダウンフォースと空気抵抗、接地力を欲した当時の技術が伺える。
 長い事待っていただけのことはあるカッコイイマシンだ(ドルフィンは変わったF1マシンが大好き)。
 できればフェラーリ312T2・6輪もモデル化して欲しいものだ。
ウィリアムズ6輪3
パッケージも凝っている
ウィリアムズのロゴとFW07(?)のラインイラストが描かれていてカッコイイ



ミニチャンプス | 投稿者 ドルフィン 19:08 | コメント(0)| トラックバック(0)

初恋の味 ベネトンB186

ベネトン・ベルガー
 鮮やかで幾多の色がハケで塗られた ようなカラーリングを施したF1・ベネトンB186。このマシンの登場は衝撃的だった。それまで格好良くまとめられたデザインやド派手なカラーのレーシングカーはあっても、芸術的センスを持ったデザインカラーのマシンはこれが最初ではないだろうか。
 まだ鈴鹿でF1が開催される前なので専門雑誌の写真でしか見た事が無い。ハケカラーのB186の登場で、ベネトンが大好きになった
 写真でしか見られない好きなマシン。実物を、走っている姿を見てみたい―まるで初恋相手の写真を見つめて胸トキメかしている様でもある。
 ベネトンの色作戦はエスカレートし、4本あるレーシングタイヤの側面にまで色を付けてしまった。元が黒いゴムなので、そこにペイントしてもあまり綺麗ではなかったのだが…。

 ドライバーは若きゲルハルト・ベルガー(髪もまだある!)。このB186ので自身もベネトンチームとしても初優勝を遂げた。そのベルガーが今日から開幕したF1日本GPの決勝日、鈴鹿F1往年の名車走行イベントに来るらしい。現役当時のカッコ良さが失われていなければ良いのだが。

 ミニチャンプスから出ているB186.ベルガーのヘルメットはフェラーリ移籍後から現在に至るまでのものではなく、ベネトンを意識した当時のデザイン。知らない人は「エッ!? これベルガーじゃないんじゃないの?」と思うかもしれない。多彩ではあるが、デザイン的に地味だと感じる。
 マシン最大の特徴であるハケカラーが丁寧に再現されているのが嬉しい。近年F1マシンの複雑な曲面を使ったボディと配色よりは作りやすいかもしれないが。

 現在では新品を販売している事はなく、ネットオークションで見つけて落札した。同じモノなのだがその時によって落札価格が大きく違う商品だった。まだオークションを始めて間もない頃だったので、安めに入札し、上限を決めてそれ以上は深追いせずに次を待ったのだった。

 好きなベネトンのマシンは残すところナニーニのB189の発売を待つだけとなった。
ベネトンB195
B195
ベネトンB190
B190
ベネトンB188
B188


ミニチャンプス | 投稿者 ドルフィン 18:45 | コメント(0)| トラックバック(0)

ファイナル・ビューティー ベネトンB195/シューマイケル

ベネトンB195
 マシンボディに“ハケ”でペイントしたようなカラーリングのベネトンB186に心を奪われベネトン・ファンになった。その後、美しいマシンを発表し続けたベネトンだが、綺麗だ」と思えるカラーリングのマシンはB195で最後になった。キャメルイエロー中心の時もパッとしなかったけどね。
 ブルーのスポンサーカラー中心であるものの、リヤに大きく描かれたファイヤーマークと、サイドポンツーンのイエローがアクセントになっている。この部分がグリーンのベネトンロゴだと地味になってしまうから不思議だ。

 シューマイケルのB194~195は思い出のマシンでもある。
 '94年のシューマイケルはプロスト、セナという偉大な先人に習い“ぶつけて”チャンピオンを採った年。それでも雨の日本GPは激しいクラッシュ続出の中、ヒルと好勝負を演じ、記憶に残る見応えのあるレースだった。
 '95年はTI、鈴鹿の日本2連戦で、観戦に行ったドルフィンも9日間で7日もサーキットにいたというとんでもない生活を送った。よく会社をクビにならなかったものだと、寛大なる処置に感謝しなくてはならない年になった。 TIでチャンプを決めてスタンドからピットから「シューマッハ!」コールが湧いた時には鳥肌が立った。
ベネトンB195実車1
TIサーキットではマシンを近くに感じることができた

 ミニチャンプのナンバーであるベネトンB195は現在では在庫が無い貴重品。そのためオークションでの入手になった。このマシンを美しいと思うっている方が多いようで、シューマイケルのマシンの中でも人気車種になっている。スポンサーロゴがより精巧な綺麗なモノほど高額落札になっていて、なかなか落札できなかった。
 希望のカラーリングになっているB194/195を入手でき、これで好きなベネトン(モデルが出ている車種)が全てそろった。
 ドルフィンはタバコ嫌いなので、タバコ会社のロゴが入っていなくても一向に構わない。配色が大事なのだ。近年ルノーのようにゴチャゴチャする事無く、天の川のように流れる色(カラー)。ゼッケンNoの「1」はカラーバランスを崩さない最小の数字でしかない
 生粋のフェラーリ育ちかのように赤が似合っているシューマイケルだが、ドルフィンの中ではミスター・ベネトンの1人である。
ベネトンB195実車2
後姿も美し~いッ
ドルフィンの写真の中でもとても非常~に良く撮れた2枚
ミニチャンプス | 投稿者 ドルフィン 21:59 | コメント(0)| トラックバック(0)

超接近バトル オペルカリブラV6

オペル1
 マンガのように超接近バトルになるレースがあった。DTM・ドイツ・ツーリングカーレースを発端にしたITCだ。シリーズ終焉を飾る戦いが鈴鹿で行われた。DTMの頃から好きだったので、予選から観に行った。
 元F1ドライバーやF1を狙っているヤングタイガーが、F1を凌ぐハイテクマシンを駆る。3ワークスの対決でもある。重量ハンデ制で混戦を演出。これだけの要素があって見ていて興奮しないはずが無いッ!
オペル4オペル3 
 日本でも人気があるJ.J.レートがステアリングを握るのはチーム・ロズベルグ(チーロズ)のオペル・カリブラV6。チーロズは元F1チャンピオンのケケ・ロズベルグが組織したチームでスター性がある。相棒は元F1ドライバーでベテランのH・スタック。
オペル2
 ミニカーに興味を持った最近になって'96年鈴鹿ITCのモデルを入手するのは難しい。 「プレミア付きには手を出さない」主義だったがオークションで探した。同じマシンでも年式やカラーが違っては意味が無い。自分が見て興奮した鈴鹿参戦カラーのマシンでなくては。その執念が実ってかGETすることができて嬉しかった。
 モデルを作っているミニチャンプスはスポンサーにもなっている。イエローとレッドの美しいカラーリング。アルファとは対照的に丸みを帯びた柔らかなフォルム。ディティールの細かさは見ていて飽きない。あの日の興奮が甦ってくる。
ミニチャンプス | 投稿者 ドルフィン 23:46 | コメント(0)| トラックバック(0)

カラーリング美/ナニーニ・ベネトンB188

ベネトンB188
 近代F1の中で一番美しいカラーリングのマシンはベネトンB188189ではないかと思う。元々ベネトンがトールマンを買収した後から凝ったカラーリングになっている。原色を組み合わせ、1色に1スポンサーを割り振っている。
 ベネトンのドライバーで頭に浮かぶのはハーバート、ナニーニ、シューマッハだ。そしてB188はハーバートのイメージがある。鳴り物入りでF1にステップアップし、ベネトンのシートを得た。初戦4位も後にクラッシュでF1から去り、日本F3000へリハビリに参戦していた
 だが、ミニチャンプスのB188が発売された時はナニーニモデルだった。ナニーニは優勝したB189が似合うのに…。ナニーニは好きなドライバーだ。しかしB189のモデルは未発売。どうする?
 苦渋の決断でナニーニ車を購入した。後にハーバート車が出た時も購入を悩んだ。「同じマシンを2台はいいだろう」―こちらもも苦渋の決断だった。
ベネトンB188実車1ベネトンB188実車2

 幅広のフロントウイングが特徴のマシン。入手モデルは黄色部分にキャメルのラクダが描かれているものだ。小さくなっても原色組み合わせのカラーリングが綺麗だ。つい見とれてうっとりしてしまう。
 ナニーニ(元)選手がオーナーを務めるレストラン「ALESSANDORO NANNINI」ができた時に、ディナー予約者の中から抽選でミニチャンプスがプレゼントされたらしい。ディナーには行かなかったが、ナニーニファンとしてランチには行ってきた(余談)。

ベネトンナニーニ本人
'88年F1日本GPでのナニーニ選手
翌年、ボウリングをしているナニーニ選手にベネトンの手作り応援旗を見せると、喜んでくれてサインして頂いた。
ベネトンナニーニサイン

ミニチャンプス | 投稿者 ドルフィン 19:33 | コメント(2)| トラックバック(0)

ユニークなウイングカー・アロウズA2

アロウズA2
 F1ウイングカー全盛期、ロータスのコーリン・チャップマン監督が考えたグラウンドエフェクトをいかに改良するかが各チームの焦点だった。
 タイレルのようにアッサリ“ロータス79”をフルコピーしてしまうチームもあったが、アロウズは新たな手法に出た。A2はフロントサスペンション部分も翼断面のカウリングを施し、さらにサイドパネルをボディまで繋げている。本当にレギュレーションのサイズに合致しているのだろうか?
 当時の雑誌には「特許出願中」のステッカーが貼られていたとあったが、大きな効果が得られず“特許侵害”など皆無に終わった。色々なチームがユニークなマシンを登場させたが、結局一番早かったのはオーソドックスでコンパクト仕上げのウィリアムズFW07だった。

 フェラーリやマクラーレンといった一流チームのマシンはカッコイイが、私は当時のユニークなマシンの方が好きで、モデルカーがあれば集めたいくらいだ。
 よりグラウンドエフェクトを追求し過ぎたために失敗したロータス80とか、ダウンフォースの中心を後部に持ってくるためにサイドポンツーンを思いっきり後ろに取り付けたフィッティパルディF6、。マシン全体がウイング形状のカウーゼンWK1はカッコイイ。ミニチャンプスでは完売してしまっているブラバムBT46B(サカーカー)。どれも個性的で好きだ。是非モデル化してほしい。

 モデルのA2はJ・マス車。マスのヘルメットはシンプソン。口元にスリットが入った独特の形状は、ダースベイダーの面にも似ていた。当時シンプソンと契約しているドライバーが多く、憧れだった。自分がバイクに乗るようになってからは常に真紅のシンプソンのヘルメットを被っていたほどだ。
マスサイン
'84WECJAPANの時にもらったヨッヘン・マスのサイン。この時はロスマンズポルシェ956をドライブ。

 日本でF1が開催されていない時期のマシンのために、見られ無いと思っていたアロウズA2だが、御殿場のレーシングカー博物館「レーシングパレス」で展示されていた。
 登場から十数年を経て初めてA2を目にすることができて嬉しかったなァ。ミニチャンプモデルは発表当時のタイプだが、「―パレス」に収められているのはパトレーゼ車の後期型。リヤウイングがハイマウントになっている。
 アロウズA2実車
ミニチャンプス | 投稿者 ドルフィン 20:57 | コメント(0)| トラックバック(0)

本当に走らせたのか?F1マーチ6輪テストカー

マーチ6輪
 '76年、F1界はタイレルP34の成功により“6輪車ブーム”が沸き起こった。タイヤを小さくして空気抵抗を減らし、減った接地面積を多車輪で補おうとうい考えだ。まさにマンガ的
 F1にも参戦していたレーシングカーコンストラクターのマーチが発表した6輪は、前輪と同径のタイヤを後方縦列に配置。しかも四輪駆動なのだ。
 アイデアは面白いがいかんせん重い、重すぎるのだ。軽くしなくてはならないレーシングカーにとって、これだけのシステムをフォードコスワースV8で動かすのは無理がある。結局はテストカーだけで実戦には登場してこなかった。
 写真も止まっているものしか見たことが無い。実際に走行テストしたのか疑問。もしかしたら製作したのは“展示品”で、話題に誘われてスポンサーが食いついて来たら走行できる車を作ろうと考えていたのかもしれない。
 マシン自体は縦型6輪というユニークな形で面白いとはいえ、よくモデルカーの商品にしたものだと思う。ホワイトボディーだし。丁度、行きつけのモデルカー屋でセールになっていたから思わず飛びついてしまった。マニアには人気があるのか、ネットでは完売している店が多かった。
 できればフェラーリ6輪(後輪がフロント型タイヤを横置きダブル)やウィリアムズ6輪(マーチ型)もモデル化してもらいたいものだ。
ミニチャンプス | 投稿者 ドルフィン 19:41 | コメント(0)| トラックバック(0)

パドックでパーツをもらった思い出のウルフWR1

ウルフWR1
 '77年F1日本GPは富士スピードウェイで開催された。
 夢中になっていたせいだろう、この頃から'80年代までのF1が一番面白いと思うし大好きだ。ウイングガー元年。様々な空力アイデアを盛り込んだマシンが登場し、技術格差が広がった。
 それでも'90年代からの資金力によるチーム差ー同じマシンでしか勝負にならない。このチームだからこの順位は素晴らしいという"おかしな"観戦の仕方-ほど極端なものではなかったように思う。型落ちのマシンでも上位に食い込めたし、雨ともなれば普段は下位のドライバーも優勝争いを演じていた。
 日本GPはJ・ハントの独走という単調なもので終わったが、F1レースを見られるだけで嬉しかった。今ほど警備が厳しくなかったサーキット。悪ガキはレース終了間際に金網の隙間からピット裏に侵入。優勝者と2位のいない表彰式を真下で、ハントが着替えをしながらインタビューを受ける様子を間近で見ることができた。
 その後、パドックをウロついて解体されるマシンを眺めていた。クラッシュ・リタイアしたM・アンドレッティのロータス78が置いてあった。リアウイング左翼端版に“妙な浮き”を見つけた悪ガキはそこに手を伸ばした。ペリペリペリ…。サンドイッチ構造の翼端版が剥がれてしまった! そんなつもりは無かったのに。悪ガキは逃げた。もう時効だろうから白状します。
 マーチのV・ブランビラとA・リベイロにサインをもらった。
 ウォルターウルフチームのパドックでマシン解体を見ていると、メカの1人が外したネジを放ってくれた。「記念に持ってけ」と。憧れのF1マシンに今まで付いていたネジ。悪ガキの喜びは計り知れなかった。ウルフ・ネジ
 ウルフWR1/ジョディ・シェクターのモデルは日本GP仕様。
 ネジは左翼端版を止めていたもの。サビ防止のためにプラスチックコーティングして保存して現在に至る。
ミニチャンプス | 投稿者 ドルフィン 12:38 | コメント(0)| トラックバック(0)
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予約【スパークモデル】(1/43)小林 可夢偉 BMW ザウバー C29 20010年日本GP 7位 #23 (SJ001) SPARK『11年2月-3月予定』101029
予約【スパークモデル】(1/43)
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20010年日本GP 7位 #23
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