2007年01月26日
憧れのスーパーカーショウ
ミニカー収集にまつわるエピソードを語る時、度々出てくる言葉「スーパーカーショウ」。
マンガ「―狼」に影響を受け、高性能スポーツカーが大好きになった。"本物"を見ようと、子供同士で探しまくっていた。近所から親戚の家から果ては暴力団のガレージまで(12/6 バイオレンスなランボ ウラッコ)…。侮れない子供の情報収集能力を持ってしても、大都市ならまだしも地方では無いものは無いのだ。首都圏の外車ディーラーや「東京モーターショウ」等に行くしか欲求を満たせないが、そう簡単に行けやしない。
数年が経ち'77年頃から全国的に大小開催されたのが「スーパーカーショウ」だ。地方にいてもスーパーカーが数多く見られるので、子供にとっては嬉しい企画だった。
ドルフィンが住んでいた静岡県では大規模なショウから農協や大手企業の祭りまで、スーパーカーを集めれば人が集まった。一番クオリティが高かったのが「三保文化ランド」で開かれたものだと思う。2~3年連続で開かれた。イオタやカウンタックLP500Sもいち早く登場。「―狼」で主人公マシンになる以前からGr.5のランチアストラトス・ターボもやって来ていたのだ。
写真の現像・プリント代も高かった時代。小遣いの少ない子供にとって1つイベントで使えるフィルムは36枚撮り1本のみ。デジカメと違って興奮しての手ブレやシャッターを押す瞬間にカメラの前に飛び出してくるふとどき者がいたら貴重な1枚を棒に振ってしまうから慎重になる。
それでも数年間でかなりの枚数を撮ったのに、今日まで残っている写真は少ない。あれだけの写真はどこに行ってしまったのだろう?今では滅多に見られない"ヒストリックカー"になってしまった車が多い。またあの頃のマシン達を見てみたいものだ。
マンガ「―狼」に影響を受け、高性能スポーツカーが大好きになった。"本物"を見ようと、子供同士で探しまくっていた。近所から親戚の家から果ては暴力団のガレージまで(12/6 バイオレンスなランボ ウラッコ)…。侮れない子供の情報収集能力を持ってしても、大都市ならまだしも地方では無いものは無いのだ。首都圏の外車ディーラーや「東京モーターショウ」等に行くしか欲求を満たせないが、そう簡単に行けやしない。
数年が経ち'77年頃から全国的に大小開催されたのが「スーパーカーショウ」だ。地方にいてもスーパーカーが数多く見られるので、子供にとっては嬉しい企画だった。
ドルフィンが住んでいた静岡県では大規模なショウから農協や大手企業の祭りまで、スーパーカーを集めれば人が集まった。一番クオリティが高かったのが「三保文化ランド」で開かれたものだと思う。2~3年連続で開かれた。イオタやカウンタックLP500Sもいち早く登場。「―狼」で主人公マシンになる以前からGr.5のランチアストラトス・ターボもやって来ていたのだ。
写真の現像・プリント代も高かった時代。小遣いの少ない子供にとって1つイベントで使えるフィルムは36枚撮り1本のみ。デジカメと違って興奮しての手ブレやシャッターを押す瞬間にカメラの前に飛び出してくるふとどき者がいたら貴重な1枚を棒に振ってしまうから慎重になる。
それでも数年間でかなりの枚数を撮ったのに、今日まで残っている写真は少ない。あれだけの写真はどこに行ってしまったのだろう?今では滅多に見られない"ヒストリックカー"になってしまった車が多い。またあの頃のマシン達を見てみたいものだ。
