ミニカーのビギナ~ おまけ付き ミニカー集めのビギナー「ドルフィン」のコラムです。スーパーカー世代で、'76年F1inJAPANから'99年までレースを見てきました。パッタリとレースに興味を持たなくなった反動でしょうか、急にスーパーカーやレースカーのモデルカー集めが好きになりました。モデルを入手の“思い入れ”や経緯などを徒然なるままに書いています。モデルカーと実車の写真があれば一緒に掲載しています。 ★日々見つけた“小ネタ”の「おまけ」がたまに付きます。 ★データ等は記憶によるものが多いので、間違っていたら“優しく”ご指摘・訂正してくださいネ。

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F1日本GPの応援旗

応援旗
 F1日本GPが開幕した。'99年までは毎年応援旗を自作して観戦に行っていた。
 '87~'88年までは日本人初のフルタイムF1ドライバー中嶋悟選手の応援旗を。'89年からはベネトンチームの応援旗を持って行った。
 年を追う毎に大きくなり、技術的にも進歩したのではないだろうか。

 写真右のグリーンタイプは完全フリーハンドで下書きしたもので、絵としては上手ではない。しかし、予選終了後のボウリング場でナニーニ選手に見せたところ大変喜んでくれた。ナニーニ選手の方から「サインするよ」と言ってくれた。
 翌年、ベネトンB189カラーに合わせてマイナーチェンジ。セナとプロストが激突したシケイン外側に飾ってあったので、事故の瞬間写真の背景として幾多の雑誌写真に写っている。皮肉にもこの旗の前でナニーニはセナに抜かれてしまったのだった…。

 ブルータイプはマイルドセ○ンカラーに合わせて製作。イベントで渋谷のビル壁面に描かれたマシンのイラストを写真に撮り、会社のコピー旗で拡大を重ねて(←おいおい!)下書きとしたのでスケールは合っている。
 両者ともに光沢のあるサテン生地を下書きに沿ってカットし、木工ボンドで接着している。そのためかなり重量があるのが欠点。旗なのに“たなびかない”。強風のパシフィックGPでは飛ばされてしまいそうになる危機すら覚えた。

 近年はF1はおろか国内レースでも応援旗が販売され、スタンドや各コーナーにはサッカー試合のスタジアムで見るような選手名が書かれた横断幕が目立つ。サイズや素材、出来栄えから考えるとプロに発注して製作しているのではないだろうか? ファングループが作っているのか、チーム&スポンサーが作っているのか、えらくお金がかかる作業だ。
 しっかりしていて見栄えが良いが、応援の熱が伝わらない。画一的で個性を感じない

 手作り応援旗では「凄い!頑張って作ったなぁ」「このチームの熱烈ファンがいたか!?」(失礼)とか感じるものが多かった。

 巨大資本チームが優勝しチャンピオンを獲るF1GPと同じように、お金をかけて応援しなければならない時代になってしまったのかなぁ。
おまけネタ | 投稿者 ドルフィン 23:11 | コメント(2) | トラックバック(0)

真実はいつも一つ!

『安楽椅子探偵と忘却の岬』に忙殺されていて、今週末がF1日本GPである事などすっかり忘れてしまっていた
 起きていられたら今夜の回答編をリアルタイムで見たいものだ。

 “作者のこじつけ”かもしれないミステリーの真相を探し当てるのがこんなに難しいとは思わなかった。

 2007年なのか’08年なのかの引っかけにも苦労させられたが、卓也が読んでいた新聞に掲載されていた地震発生時間に、画面がゆっくりと揺れていたのに気付いた。
 ’08年開通のトンネルは工事中だがミキサー車が通れるように、工事関係者は行き来できる程度に“穴は開いている”。しかし、それがどうストーリーに絡んでいたのか…??
 画面の至る所に出てくるカップヌードルとコカコーラが笑えた。

 岬へ向かう道で卓也の足跡の上に車輪跡があった。この発見で推理が急展開。立石の死体は車椅子に乗せられて運ばれた
 車椅子がある場所に凶器があるはずだとTV画面を注視する。宗谷低勝手口にあったレンガが無くなっていた
 だが、死亡推定時刻にはほぼ全員にアリバイが(自分で何をしていたか言えればOKのいい加減なアリバイだが)。ならば隠していたに違いない。家政婦と運転手が納屋へTVを置きに行った再に押入れに椅子が置いてあった。だが、その上には衣装ケースを仕舞っていたはず。後の時間に卓也と真紀がストーブを探しに行った時に棚にかけられていた“布の位置が高くなっていた”。衣装ケースを布の下に置いて、空いた肘掛椅子に死体を座らせていたのだ。

 犯人は運転手・都井とした。あの図体と声で卓也のベッドの上に花を散らしてメッセージを残している姿を想像すると不気味なのだが…。

 劇中で存在を示されながらも名前や写真が全く出てこなかった人物がいる。卓也のおじである。都井こそ卓也の叔父だと推測した。さらには裕福な資産は宗谷に騙し取られ、運転手として身を落としてしまっているのだ。だからこそ15年前の事件について“なんらかの手がかり”を掴んで帰って来た卓也の記憶を呼び戻させたかったのだ~ッ!
 最後に卓也が記憶を蘇らせた時のTV音声「二束の草鞋」はそこを示している。

 都井の殺人はスクープ狙いの立石を制したための衝動的なものとし、15年前の事件にならうことで前犯人である宗谷に罪をなすりつけようとした。

 ―以上が、推理のプロセスである。真実はいかに? 
 
おまけネタ | 投稿者 ドルフィン 19:37 | コメント(2) | トラックバック(0)
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