2006年04月30日
崇高なイメージそのままのミウラ

「狼」にいち早く登場したスーパーカーがランボルギーニ・ミウラだ。コミックス1巻辺りを読むと、今でもあの当時の興奮―見たことが無いイタリアンマシンの崇高な雰囲気―を思い出す。
ミウラのトミカを入手しようとしたところ、トミカリミテッドとしてカウンタックとミウラがそれぞれ色違いで2台、計4台のセットになっていた。何故2台ずつ? 色違いとは言え同じ車を2台はいらない。このカップリングの意図が分からない!
単体リミテッドで出ていたカウンタックは先に入手。ミウラは「トミカ ミュージアム ギフト館」シリーズ6台がパッケージされた中の1台としてある。こちらも必要の無い車まで買わないといけない。もう無理かな―と観念していた。
ところがある日、通りがかりで見つけた町の小さなおもちゃ屋さんに入った。入り口には「ケン玉協会」とか書いてあったりしたが「一応見ておこう」とドアを開けたのだった。
店の一角にかなりの数のトミカがあったのには驚いた。そして「絶版品」と書かれた中にミウラがあったのだ! しかも通常価格で!! プレミア値が付加されているものなら購入は不可にするつもりだった。なんと良心的な店なのだろう。
トミカのミウラはレモンイエローでサイド下部がゴールドの塗装。確かにこの色の実車を写真で見たことがある。エンブレムに至ってはリミテッドのカウンタックよりもハッキリ描かれている。ホイールもゴールド。ドアの開閉ギミック…。ミウラの崇高な雰囲気そのままスケールダウンしたようだ。
子供の頃に胸に感じたスーパーカーの興奮を思い起こさせる1台。

2006年04月29日
フェラーリよりランボルギーニ/カウンタックLP500S

F1や市販車でも頂点に君臨するフェラーリ。確かにカッコイイし素晴らしいマシンだが、自分の中ではNo1にはなりきれない。その圧倒的なカリスマ性はドマラで言うなら敵役。主人公は挑戦者として這い上がらなくては面白くない。
そんな理屈が分からない子供の頃からフェラーリよりもランボルギーニが好きだった。ランボルギーニの旗艦・カウンタック。ガルイング式ドアが斬新だった。後継車のディアブロなど寄せ付けない迫力がある。ディアブロのモデルは欲しいと思わないけどなぁ。
昔、道を歩いていた時突然工事が始まったような音がすると思ったらカウンタックが走っていて驚いた事がある。街乗りするのは単に車を傷めているだけのような気がする…。
トミカリミテッドはカウンタックLP500S。ただでさえカッコイイのに大きなウイングを立て、オーバーフェンダーを取り付けたシビレるようなスタイリングが再現されている。
リミテッドだけあってエンブレム系はしっかり作りこまれている。―が、エンジンルームが開くギミック、ありゃなんだ? 開けてビックリ。12気筒のカウンタックに積まれていたのは6気筒エンジンだった。シルバーに塗られたトランペットの頭が6つしかない~ッ! ヒドイんじゃないの?
しかし、エンジンルームさえ開かなければカウンタックのシェイプなボディはそのままスケールダウンされて手の中に納まるのだ。

トミカと同じイタリアンレッドのカウンタックがその昔、スーパーカーショーに来ていた。 シートに座らせてもらった感激は今でも覚えている
2006年04月28日
高いのか安いのか?/コスモスポーツ

分冊百科「国産名車コレクション」がある。1/43スケールのモデルカーが付いてくる。前出の「チャンピオンバイク」同様、雑誌としては1,790円と高い。簡単に手が出せるものではない。しかし、メインであるモデルカーを見ると細部まで正確に再現されている精巧なモノ。コックピットまで塗装されている。標準的な1/43スケールのモデルカーが3,000台の価格であることを考えると安い、お買い得なのだ。
8号のモスモスポーツを購入した。置き場所の問題からモデルカーはできるだけ小さいモノを集めたいと考えている。レーシングカーでもない市販車を1/43で購入したのには訳がある。
コンパクトな車はトミカサイズ位になると小ぢんまりとして、他車と同じ価格ではとても買う気になれない。「材料費が安いのだから少し安くしてくれてもいいのに」―なんてセコい考えが脳裏をかすめるのだ。特に実車自体がオモチャっぽいダイハツコペンなどチャチに見えてしまう。

ところで「国産名車コレクション」だが、8号の「Z」まで発売されている。早く12号の「トヨタスポーツ800」が出ないかな~と待っているのだが、次の9号すらなかなか出ない。
2月頃大阪に行った時、本屋で「―新創刊!」として1~3号までが山積みになっていた。地元では7号まで出ている時期なのに。地元書店の方に聞いてみると、私が住んでいる場所は先行発売されている地域らしい。全国発売と帳尻を合わせるために発売スパンを長くしているそうだ。
そう言えば色々な分冊百科も発売されて半年位経つと同じモノが新創刊としてCMされている。本屋さんは置く場所に困っているらしい。
2006年04月27日
汽笛ピポピポ・SL機関車乗ってきました

かねてから念願していたSL・蒸気機関車に乗ってきました。よく当たるネットのスポット天気予報すら覆して天気は回復。新緑の茶畑と青い空、白い雲の中を、古い客車にゆられる1時間ちょっとの旅行です。
蒸気機関が煙を流して川沿いを走ります。乗りなれた電車よりもゆっくりとしたスピード。コトンコトンと心地良い振動と窓からの爽やかな風が眠気を誘いますが、ここで寝てしまってはSLに乗った意味が無いので我慢です。
駅でSL弁当を買いましたが、ゆっくりと食べていられません。トンネルに入ると煙が客室に入ってくるので慌てて窓を閉めます。幸いにして込み合うほどの乗客率ではなかったので、指定席ながら右側から左側へ、左側からまた右側へと移ったりして景色を楽しみました。
名物車掌さんが帽子を被せてくれて一緒に写真を撮ってくれました。
「帰りは普通車に乗って先回りして走る機関車を見ます」と言うと「帰りは機関車は後ろ向きになるよ」と車掌さん。そうか、単線なので帰りはバックの姿勢で客車を引っ張っていくのか! 鉄っちゃんでは常識(?)なのかな。でも初めて気付きました。と、同時に本やネットに掲載されているSLの写真はみんな“行き列車”のものだったんだ―と分かりました。
終着駅に着くと団体客はアプト列車に乗り継ぎのため、急いで後にしていましたが、私達はゆっくりと機関車を眺めます。すると機関士さんが「どうぞ」と機関室(運転席)に私達を入れてくれました。運転席まで乗せてもらえるなんて感激~! 釜の中にはオレンジに燃える石炭。運転席はかなり暑い。夏場は大変だな。床は潤滑オイルで滑りやすくなっている。滑って慌てて熱くなっている部分に手をついたりしたらとても危険。あまり人を入れられない理由が分かりました。
帰りは電車(元近鉄車?)で先回り。映画ロケに使えるようにと整備された古い無人駅駅舎で待機。散り始めの八重桜と茶畑。とても風情ある建物。
しばらく散策して待っていると、来て気を慣らしてSLがやって来ました。ライトは付けていますが、後ろ向きです。通過駅なので一瞬にして通って行きました。こんな間近をSLが走っていくなんて感激だな。
始発駅に戻り、在来線に乗っるとその速さに驚かされました。1日、ゆっくりとした列車の旅をしたので、在来線が速く感じたのでした。

2006年04月26日
ラリーと言えばストラトス―の世代?

ラリー車と言えば真っ先に思い浮かぶのがランチア・ストラトス。子供の頃、そう思い込むほどに圧倒するインパクトがあった。WRCを勝ちまくるショートホイールベースでコンパクトな車体。“スーパーカーの定義”からは外れるものの、ショーでは人気を博していた。
ツーリングカーやグループCでも活躍していたランチアだが、やっぱりラリーのイメージが強い。
写真で見るより実車はズングリとした印象。しかし、ラリー仕様車(これもショーに来ていた)になると、アリタリアのスポンサーカラーや取り付けられたライトや保護バーによって迫力を増していた。
大手家電量販店でシークレットBOXになっている「RALLY CAR COLLECTION」のランチア編を発見した。ストラトス2種、037ラリー1種、デルタ3種+シークレット。思わず全車種集めたくなる心難いラインナップ。しかし、630円は「リアルX」の倍近い価格。シークレットなだけに同じ車種が何台も出てしまっては破産してしまう(大人なのに大人買いできないの…)。
運を天に任せて2箱を購入。恐る恐る箱を開けてみると―ストラトスだ!! 一発でメインが来てくれて嬉しいなー。
それよりもこのモデルの精巧さに驚いた。ラリーのスポンサーロゴ再現はおろか、コックピット内のバケットシートやロールゲージまで作りこまれている。これなら630円も頷ける。納得価格。まあ、台座部分が大きいので飾るスペースをとってしまうのが難なのだが。
CM'Sという会社は他はフィギャ系を作っているらしいので、細かい造型が得意なのかもしれない。今後のラリーシリーズの発売が待ち遠しい。

スーパーカーショーでのストラトス・ラリー仕様車。市販モデルの方が人気だったが、私はこっちの方が好きだったな。
2006年04月25日
か、かわいい… フェアレディ1200

シークレットの箱に入った小さなミニカー「リアルX」シリーズ。ショッピングセンターでスカイライン・ヒストリーズ2ndを発見してからファンになってしまった。名前のとおり小さいがかなりリアルに作りこまれている。
最新シリーズがフェアレディ・ヒストリーズ2ndだ。ミニカーに興味を持って日が浅いのでファーストシリーズは知らなかったのが残念。
だが、現シリーズリリース前に、コンビニ・セブンイレブンでスカイラインとフェアレディがセットになっている商品があった。車種が分かっている事もあり、スカイラインで欲しかったモデルがあったので購入。フェアレディシリーズを集めるキッカケになった。
本日の1台:ダットサン フェアレディ1200はシークレットBOXで引き当てた。
「かわいい!!」箱から出てきたマシンを見て思わず声が出てしまった。オースチンヒーリー・スプライトにも似た愛嬌のある可愛いスタイル。アイボリー&コーラルの斬新な配色。一目見て気に入ってしまった。
古い車とはいえ、この実車を見た事が一度も無い。モデルをよくよく見ると左ハンドル。これってアメリカからの輸入車なのかな? 新車があったら欲しくなってしまうほど魅力的だ。そのように思わせるほどの造形力の高さも褒めなくてはならないが。

スカイライン・シリーズに比べ、フェアレディ・シリーズは色が明るくカラフル。並べるとイイ感じなのだ。
2006年04月24日
昔の面影を残すフェアレディ300ZX・FISCO仕様

特別に新しいスピードウェイのメインゲートとトミカを合成
レースカーやスーパーカーの事をブログで書くようになったせいか、なんとなく富士スピードウェイに行ってみたくなった。レースを見に行かなくなった後に新しい会社となって大改装されたので、どのようなサーキットになったのか楽しみだった。
6年ぶりのサーキット。雑誌やフジテレビのドラマで使われていたのを見て「綺麗になっているんだろうな」とは思っていたが、東ゲートから入ると、全く新しい景色が目に飛び込んできた。パドックも広い。コース幅も広い。スタンドやトイレもキレイだ。お昼にドライバーズサロンのマズイカレーでも食べようと思っていたら、妙にお洒落なレストランになって値段も高くなっていた。ドラサロで食べるようなドライバーはお金持ちなんだ。
さすがはF1開催決定サーキット。―なのだが、新しい富士スピードウェイはレースをする側のためのサーキットだと感じた。広いパドックエリアやコースのセーフティーゾーンのために、見る一般客側からはコースが遠くなった。観戦エリアも狭まった。背の高いピットの建物のせいで、スタンドからヘアピンが見られない。レース開催時、一番視界の良い場所はお金持ちや招待客しか入れないピット上エリアなのだ。
やっぱり昔の―FISCOと呼ばれていた頃の方が好きだったな。甘い警備体制でレース終了間際になるとパドックに侵入できていた頃の方が…。

ほとんど新造サーキットと化した富士スピードウェイ。富士山が綺麗だった
トミカのフェアレディ300ZX(Z31)ペースカー仕様はFISCOのロゴマークが入っている。今のサーキットはほとんどトヨタ車だが、ニッサン車もある。だが現行Zだし新しいマークになっている。
このトミカは現在発売されていながらも、かつての富士スピードウェイの姿を残している貴重な1台だ。
2006年04月23日
日本育ちのチャンピオン W・ガードナー/NSR500

モリワキレーシングに呼ばれて日本にやって来たオーストラリア人ライダーは、当時最高クラスの500㏄とTTF1を席巻した。500㏄チャンピオン、ヤマハの平忠彦と各サーキットでの激しいバトルは注目の的。日本の2輪レースファンはワイン・ガードナーの名を胸に刻む事なる。
負け続けた平が最終戦でようやくガードナーに勝利した時は、かなりの興奮を覚えた。それほど巨大な存在になっていた。
当然のように世界GPの500㏄クラスにフル参戦。鈴鹿8時間耐久レースにも出場した。
'85年に徳野選手とのコンビで鈴鹿8耐初制覇。以後、連覇を含めて4勝の8耐マイスターとなる。
GPは'87年にチャンピオンを奪取。これだけ日本に馴染みのあるライダーである。王座に着いた時はまるで日本人がチャンプになったように日本のファンは喜んだ(と、思っている)。

富士スーパースプリントで
ガードナーのホンダNSR500は4気筒でロスマンズカラーが印象的。市販バイクのNSRもロスマンズカラーが最人気だった。
「チャンピオンバイク」でガードナーが発売されると知って書店に行ったが、既に完売。結局取り寄せとなり入手に時間がかかった。しかし、未だにガードナーを好きでいるファンが多いという事実に嬉しく思ったのだった。

左:8耐参戦時 右:JGTC参戦時太って少し額も…
2輪引退後は母国で4輪レースに参戦。その後、日本のGT選手権にも参戦した。NSRからトヨタスープラに乗り替えてもガードナーファンは多かった。
'00年以降のMotoGPマシンばかりになってしまった最近の「チャンピオンバイク」だが、是非8耐マシンや'80~'90年代マシンをもっと出して欲しいものである。350㏄クラスチャンプ片山敬済のマシンもね。

JGTCの時にもらったサイン
2006年04月22日
まだ街乗り可? トヨタ2000GT

小さいのに精密な作りのコンビニ限定BOURBONのミニカー付き缶コーヒー。数車種あった中の1台、トヨタ2000GT。色違いでSCCAレース仕様車を入手。
正確ではないかもしれないが「SCCA」はアメリカの競技団体で、そこの主宰するツーリングカーレースみたいなものに出場していたマシンだと思う。

SCCA実車の写真が無いので国内レース仕様車を掲載。1台は御殿場のレーシングパレスで展示されている。カラーリングは同じだが、細部仕様が異なる。
トヨタ2000GTって最近では展示やイベントでの走行でしか見ていないが、もう普通に街乗りできる車は無いのだろうか?
―なんて書こうと思っていた矢先、近所の小さな自動車修理工場でメンテナンスを受けているトヨG、しかも前期型を見かけてしまった!! まだ走るつもりで整備されているんだ。と思うと嬉しくなってしまう。
整備台から下ろされたら写真を撮らせてもらいたいな、などと考えつつ修理工場をチラチラと見ているのだった。

2006年04月21日
少年達の憧れ“狼” ロータス・ヨーロッパ

'70年代スーパーカーをブームにしたのは「狼」。主人公マシンのロータス・ヨーロッパSP。レーシングカーに保安部品を取り付けただけのような洗練されたフォルムに低い車高。
初めて見たのは隣町の商店街。渋滞する車に挟まれていたので近くに来るまで全く気付かなかったオレンジのロータス・ヨーロッパ。漫画の中で「車高が低い」と書かれていたが、あまりの低さに驚いた。歩道を歩くミニスカートの中など丸見えではないかと思う。
漫画内ではリヤウイングが立てられていたが、実際はワイヤーで補強しなくてはならなかった。現在の進んだ造型技術は強度もあるのでこれくらいは難しくないのだろうが、子供心にワイヤー補強はショックだった。「こうしないとウイング付けられないんだ…」
価格、排気量等、スーパーカーの定義から外れるが、スーパーカーショーでは一躍人気車種だった。あの頃「俺、いつかロータス・ヨーロッパに乗るんだ」と言っていた少年は何百人、いや、何千人いたことだろうか。
今となっては実車が入手困難だし、何より街乗りに不向きな車である。当時憧れたマシンを手にするのはミニカーになった。
トミカリミテッドで発売されたロータス・ヨーロッパはブラック車体にゴールドのライン。ロータスF1のJPSカラーをイメージさせる。リアのトランクが少し開くという意味の無いギミックがある。どうせならJPSカラーにしてもらいたかたったが、F1等のモデルカー同様、商標関連の問題も障壁になったのだろう。
排気量が倍もあるスーパーカーを車体の軽さと足回りの良さ、そして主人公のテクニックで抜き去るロータスの融資よもう一度―。

十数年前、街中で見かけたロータス・ヨーロッパ。トミカと同じカラーリングだ。
2006年04月19日
スカイラインと言えば長谷見・ユニシアジェックスGTR

ハコスカやケンメリGTRの活躍をライヴで見ていない私にとって「スカイラン」=長谷見昌弘選手というイメージがある。
ニッサンワークス育ちでスーパーシルエットのRSターボに始まりGr.AのGTS-R、R32GTRで勝利を重ねてきたドライバー。2輪出身でその時も速かったが4輪転向後も速い。特定カテゴリーのエキスパートではなく、何に乗っても勝利する走る天才。'80年には全日本F2、鈴鹿F2、GC、FPの日本最高タイトル4冠に輝いた。F1にも乗った。
このようなドライバーが現在では全く現れないのは残念だ。育成環境の違いなのだろうか?
長谷見選手の現役を見られなかった若いレースファンは残念だけど不幸だとさえ思うほどだ。

ユニシアジェックス・スカイラインは長谷見昌弘/福山英朗組で'92年のJTCタイトルを獲り、ゼッケンは「1」。最終年も第4戦で優勝している。
'92年から現在のGTでもお馴染みのオレンジ「ユニシアジェックス」カラーになった。
「スカイライン伝説」の1台、栄光のゼッケン「1」を付けたユニシアジェックスGTRトミカを見ていると燻し銀コンビの熟練の技(テクニック)が目に浮かぶ。

長谷見選手&福山選手のサイン
2006年04月18日
小さくても細かいぞ・R32カルソニックGTR

'05年に発売されたコンビニ限定のミニカー付きコーヒー。数車種あった中のスカイラインGTR・R32型にはレース仕様車カラーが1台含まれていた。それがカルソニックGTR。当時、まだトミカの「スカイライン伝説」が入手できていなかったので、カルソニックカラーを発見した時には何の迷いもなく手にしてレジに向かった。
トミカよりも小さいサイズなのにスポンサーロゴがしっかり分かる見事な作り。ただ、市販車との色違いなだけに、トミカ同様シートは市販のまま。でもこれは細かなデカールに免じて目をつぶる事ができる。
トミカの「~伝説」を入手してしまうとカルソニック号が重複してしまう。だが、よく見比べてみると細部が異なる。「もしや」と思ってドライバー名を見ると星野一義/鈴木利男組だった。トミカのGr.A最終年仕様に対し、GTR初参戦仕様になっている。なんと凝った嬉しい事をしてくたのだろう。トミカよりも後から発売したのでバッティングしないようにしたのだろうか?
またこのシリーズを出して欲しいと願う。

写真も星野/鈴木組の'91年レース・ド・ニッポン
ツーリングカーでもF1のようにスタート直前までタイヤウォーマーを使っていた。この年は前年タイトルを獲ったためにゼッケンは「1」。
2006年04月17日
Gr.Aのスター☆カルソニックGTR

日本のツーリングカーレースに“復活”したスカイラインGTR。混沌としたツーリングカー参戦車種の中にあって、燦然と輝きを放った。
DR31・スカイラインGTS-Rに代って登場した2台のR33・GTR。1台はリーボック、そしてもう1台が星野一義選手のカルソニック。Gr.Aレースのために誕生したマシンは果たして圧倒的な強さを見せ付けた。伝説の「GTR」と実証された強さはファンを魅了し、ツーリングカーレースは人気カテゴリーとして成長していった。
市販車と同じ姿をしていながらその性能は段違い。音からして違う。ボフォォーウ…。太く心地良い排気音は、いくら金をかけて改造した街の改造車の比ではない。落とした車高。クイックなハンドリング。サイドのエグゾーストから吹き出る炎。

トミカリミテッド「スカイライン伝説」の優勝車6台セットは、Gr.A最終となった'93年のカラー&ドライバー仕様になっている。カルソニックスカイラインを駆ったのは星野/影山正彦組。その名のとおりスターチームだ。9戦中4勝を挙げてチャンピオンとなった。(確か星野選手が1戦欠場したため影山選手単独チャンプだったと思う)
リミテッドシリーズらしく、スポンサーロゴはおろかドライバー名までハッキリ分かる細かいデカールが嬉しい。ただ、ベースが市販車仕様なのでレーシングカーなのにシートがちゃんと残っているのが残念。バケットのシングルシートにしてもらいたかった。

星野選手&影山選手のサイン
2006年04月15日
もう1台のナイト2000 K.A.R.R.

「ナイト2000」のミニカーが欲しくてネット検索をかけると販売中のものが結構ある。だが、待てよ、よく見ると「K.I.T.T.」ではなく「K.A.R.R.」となって、車体の下半分がシルバー塗装だ。これはナイト2000試作車“カール”だった。カールの方が後から発売になったのでまだ在庫が残っていたらしい。
“カール”は『ナイトライダー』のTVスペシャルで悪の“心”を持ったマシンとして登場。マイケル&キットと対決する。―らしいのだが、私は全くストーリーの記憶が無い。番組は見ていたのだが…。そのせいか、カールに対する悪いイメージも持っていない。
“キット”が無い以上、同じ車体のカールだけでも手に入れたいと思った。が、キャラウィール1台をネット通販した場合、モデルカーよりも送料の方が高くついてしまう。心揺らいだ結果、自分でお店を巡って探す事にした。それでもダメなら…。
ふと思い出して、地元商店街の中にあるオモチャ屋さんに行ってみた。小学生の頃は毎日というほど寄り道して帰ったものだ。その頃よりも売り場面積を縮小してしまっているところが世相を反映している。
店に入ってみるとモデルカーの数が多い事に驚いた。モデルカー屋としては知る人ぞ知る店だったのだ。ショーケース最下段の奥にあるキャラウィールのカールを発見した時は嬉しかった~。即決で購入。
カールは動くオレンジライト部分がちゃんとオレンジに塗装されている。キットは黒だったので、こちらの方が細かな仕上げだ。車体下部がシルバー塗装、ウインドウがキットのダークブラウンに対し、完全ブラックになっているところが違う。
カールを手にして一層キットが欲しくなったのであった。
2006年04月14日
K.I.T.T.ジャンプだ! ハイ、マイケル

「K.I.T.T.ジャンプだ! ハイ、マイケル」のフレーズをよくマネていた。アメリカンTVドラマ『ナイトライダー』。'80年代にTVスペシャルで放送以来、人気が沸騰。TVシリーズも放映され夢中になって見ていた。
主人公マイケル・ナイトとともに警察では扱えぬ“悪”を討伐するのが、コンピュータ「K.I.T.T.」(キット)を搭載したハイテクマシン、ナイト2000だ。「K.I.T.T.」は人工知能で、自ら考えしゃべる事ができ、マイケルとのアメリカンジョークのやりとりも楽しかった。
スペシャル版ではレーザー光線も使ったが、シリーズ版では予算の都合で“合成モノ”は使わず、もっぱらターボジャンプを駆使していた。ターボジャンプで大きな谷もひとっ飛び。急加速によってマイケルがシートに押し付けられる演技もマネしていた。
漆黒のトランザムのボンネットに光りが流れるオレンジライトと「ヒューンヒューン」の効果音がカッコ良い。当時、販売されていたのか車に付けているのを目撃したがTVのように“残光”が無く、とってもチャチだった。もし、本物ソックリのオレンジライトがあれば、今でも欲しい! 自分の車に取り付けたい!!
マイケルを吹き替えていた佐々木功さんの太い声もバツグン。
このように元々好きな番組だったので、ミニカーも是非欲しいと思っていた。ネットで検索しても現在は品薄状態。オレンジライトが光り。「K.I.T.T.」の声も出るという高価なモデルもあり、入手しようかと悩んだが、ネックは大きさ。あまり大きなサイズでは飾れない。
そんなある日、友人に連れられて入ったモデル屋さんにトミカサイズのキャラウィール・ナイト2000を発見した。ラッキー! 価格も手頃なので早速入手。オレンジライトは光らずしゃべりもしないが、憧れのナイト2000は今手の中にある。
2006年04月13日
ユニークなウイングカー・アロウズA2

F1ウイングカー全盛期、ロータスのコーリン・チャップマン監督が考えたグラウンドエフェクトをいかに改良するかが各チームの焦点だった。
タイレルのようにアッサリ“ロータス79”をフルコピーしてしまうチームもあったが、アロウズは新たな手法に出た。A2はフロントサスペンション部分も翼断面のカウリングを施し、さらにサイドパネルをボディまで繋げている。本当にレギュレーションのサイズに合致しているのだろうか?
当時の雑誌には「特許出願中」のステッカーが貼られていたとあったが、大きな効果が得られず“特許侵害”など皆無に終わった。色々なチームがユニークなマシンを登場させたが、結局一番早かったのはオーソドックスでコンパクト仕上げのウィリアムズFW07だった。
フェラーリやマクラーレンといった一流チームのマシンはカッコイイが、私は当時のユニークなマシンの方が好きで、モデルカーがあれば集めたいくらいだ。
よりグラウンドエフェクトを追求し過ぎたために失敗したロータス80とか、ダウンフォースの中心を後部に持ってくるためにサイドポンツーンを思いっきり後ろに取り付けたフィッティパルディF6、。マシン全体がウイング形状のカウーゼンWK1はカッコイイ。ミニチャンプスでは完売してしまっているブラバムBT46B(サカーカー)。どれも個性的で好きだ。是非モデル化してほしい。
モデルのA2はJ・マス車。マスのヘルメットはシンプソン。口元にスリットが入った独特の形状は、ダースベイダーの面にも似ていた。当時シンプソンと契約しているドライバーが多く、憧れだった。自分がバイクに乗るようになってからは常に真紅のシンプソンのヘルメットを被っていたほどだ。

'84WECJAPANの時にもらったヨッヘン・マスのサイン。この時はロスマンズポルシェ956をドライブ。
日本でF1が開催されていない時期のマシンのために、見られ無いと思っていたアロウズA2だが、御殿場のレーシングカー博物館「レーシングパレス」で展示されていた。
登場から十数年を経て初めてA2を目にすることができて嬉しかったなァ。ミニチャンプモデルは発表当時のタイプだが、「―パレス」に収められているのはパトレーゼ車の後期型。リヤウイングがハイマウントになっている。

2006年04月12日
これぞ最強! F1トドロキスペシャル8輪車

前回、F1マーチ6輪車の事を書いたが、日本製F1、カトリ・トドロキスペシャルはそんなもんじゃない。なんと8輪車だ!! その中でも3番目の改良バージョン「T3」は後ろが4輪駆動。前4輪、後4輪オール縦並びでホイールベースが長い。この巨体を引っ張るエンジンはV型12気筒というのは当然か。さぞかし重たいだろうと思うが、ナント! 当時のF1規定重量ピッタリの軽量なのだから日本の技術は凄い。
―ま、これはアニメーション内での事なのだが。トドロキスペシャルT3は'77年頃放送されていたアニメ『アローエンブレム グランプリの鷹』の主人公マシンなのだ。さらには可変ウイングでもある。主人公マシンだから何でも取り入れてしまったというシロモノ。現在ではとても考えられない“柔軟”な発想のマシンだ。
詳しくは別コーナーhttp://www.geocities.jp/csnietn/gptaka.htmへ。
このポピニカは当時発売されていた「グランプリの鷹ガム」のポイントを集めてもらったミニカーだ。モノコック部分が共通でT1~T3へ前後がチェンジできるタイプ。学生~就職と度重なる引っ越しにも一緒に付いてきた“相棒”でもある。
商品はT1~T3換装セットで販売されていた。番組終了後にセットがかなり安く販売されていたのはショクだった。T3もらうために買ったガム代より安かったかもしれないからだ。それでも苦労してもらったT3が可愛いのでセット商品は購入しなかった。
きっとこれからも一緒にいるマシンだ。
2006年04月11日
本当に走らせたのか?F1マーチ6輪テストカー

'76年、F1界はタイレルP34の成功により“6輪車ブーム”が沸き起こった。タイヤを小さくして空気抵抗を減らし、減った接地面積を多車輪で補おうとうい考えだ。まさにマンガ的。
F1にも参戦していたレーシングカーコンストラクターのマーチが発表した6輪は、前輪と同径のタイヤを後方縦列に配置。しかも四輪駆動なのだ。
アイデアは面白いがいかんせん重い、重すぎるのだ。軽くしなくてはならないレーシングカーにとって、これだけのシステムをフォードコスワースV8で動かすのは無理がある。結局はテストカーだけで実戦には登場してこなかった。
写真も止まっているものしか見たことが無い。実際に走行テストしたのか疑問。もしかしたら製作したのは“展示品”で、話題に誘われてスポンサーが食いついて来たら走行できる車を作ろうと考えていたのかもしれない。
マシン自体は縦型6輪というユニークな形で面白いとはいえ、よくモデルカーの商品にしたものだと思う。ホワイトボディーだし。丁度、行きつけのモデルカー屋でセールになっていたから思わず飛びついてしまった。マニアには人気があるのか、ネットでは完売している店が多かった。
できればフェラーリ6輪(後輪がフロント型タイヤを横置きダブル)やウィリアムズ6輪(マーチ型)もモデル化してもらいたいものだ。
2006年04月10日
Mシリーズで購入したトヨタ2000GT速度記録車

郊外にある巨大オモチャ屋よりも町の大手スーパー内のオモチャコーナーの方が品揃えが良い時がある。近所のIYもその一つ。担当者のセンスなのだろうか、ここのトミカは昔のラインの復刻版「ミュージアム」シリーズをよく入れてくれている。
たまにコーナーをのぞくと「おおっ! こんな車種まで!!」と驚いてしまう時が多々ある。巨大オモチャ屋になると最新版の品数は多いが、こういった細かい配慮が無いのが残念。
トヨタ2000GTも「ミュージアム」シリーズの一員だ。「世界速度記録更新車」のイエローとつや消しグリーンのカラーリング。やはりレース系モデルを集めているからにはホワイトボディよりも記録車の方が好きだ。
お店巡りをしている時に緻密なボディカラーが特徴の「リミテッド」シリーズのトヨGを発見したが、ノーマルトミカの方を選んだ。理由は単純に“安い”から。ノーマルトミカ全般に言える事だが、ライト部分がギンギラシルバーに塗られているのがチト気になるのだが。

記録車は展示でしか見た事が無い。今でも走行可能なのだろうか?
2006年04月09日
ドリドリするゼ! トレノAE86

レビン・トレノAE86と言えば「D」で一躍見直された車種であるが“走り好き”にとっては発売当初から人気車種だった。富士フレッシュマンレースではAE86は出場台数も多かったし、ホモロゲーションが切れてもなお続けられていたほどだ。
私の友人には「D」以前から86に乗っていた者が3人もいる。
コンビニエンス・ミニストップ限定(?)で発売されていたBOURBONの“ミニカー付き缶コーヒー”。シークレットではなく、透明ケースに入っていて車種が選べる事ができたのが嬉しかった。“おまけ”ではなくコーヒー料金+ミニカー料金で販売されていた。
アドバンカラーの86は、若き日のドリキン・土屋圭一選手が駆っていたマシンだ。スポンサー名から「K/TSUTIYA」のメームまで細かいディティールが嬉しい。
「レース仕様」とプレートが付いているものの、車内は色違いの市販モデルをそのまま流用しているのでシートがノーマルのまま残っている。しかし、これはトミカも同様。ボディの細かい塗装に免じて目をつぶろう。1/64という置き場所困らないお手頃サイズでドリキンの愛車が手に入るのだから。
この86入手をキッカケとしてミニカー集めが加速していったのだった。

今は漢字になったが、昔はアルファベット名に「ドリキン」とサインしてくれた土屋圭一選手。もちろん好きなドライバ-の一人。
2006年04月08日
今も現役を貫く “日本製”童夢セリカターボGr.5
オモチャを転売目的で購入したり、やれ「箱が無いと“価値”が無い」とか「素手で触ったら“価値”が無い」とか言う連中を私は「土地転がし」ならぬ『オモチャ転がし』と呼んで嫌っている。オモチャを株と同じ感覚で扱っているからだ。オモチャは“使ってこそ価値がある”ものだと信念している。
先日、甥っ子が遊んでいるミニカーを目にして驚いた、童夢セリカターボ。トミカでは絶版モデルだ。遊び抜かれて塗装もハゲて一部サビも浮いている。
「ああ、綺麗だったら価値があったのにな」などと、ついオモチャ転がしと同じような見方をしてしまった。恥だ…。
その件は置いておいて、甥っ子が遊んでいる位なのだから最近まで発売されていたのだろうと、ふと裏面を見てさらに驚いた。このトミカは日本製だったのだ!!

現在生産主流の中国ではなく、まだ日本で作られている頃の商品だったのだ。一体何年前のものなのだおるか? 第一、そんな昔に甥っ子は生まれていない。―となると、このトミカは甥っ子の父=私の弟か、ミニカーが好きだった従兄弟が幼い頃に遊んでいたものかもしれない。セリカターボの実車が登場した時代と一致する。
'80年のル・マン24時間耐久レースをターゲットに開発されたGr.5マシン。良い結果は残せなかったものの、日本のレースファンの心を熱くさせてくれた。
25年以上も子供の遊び道具として働き、今もなお現役。塗装こそハゲているが壊れている部分は無い。まさにオモチャの鏡である。

スポンサー名の細かいタンポ印刷。バケットシートやシフトノブ、ドアの内側まで再現されている。製造技術の高さがうかがえる。
セリカターボは写真を撮った後、甥っ子に返却した。これから先も彼らの良き遊び相手としてオモチャの任を全うすることだろう。
2006年04月05日
熱き血潮が甦る・星野シルビアターボシルエット

'80年代初頭、日本のレースにも「Gr.5」通称シルエットフォーミュラが登場した。セリカ、RX-7、ガゼールと車種は様々。オーバーフェンダーと巨大なダクトが取り付けられ、最初の頃は武骨さのあるフォルムだった。
ムーンクラフトの由良拓也氏がボディデザインした「シルビアターボ」の登場はセンセーショナルだった。白いボディにイエローの稲妻ライン。突き出たフロントスポイラー。後にリアウイングが装着されることで洗練されるスタイル。ニッサンのエースナンバー「23」が印されている。
なんといってもスタードライバー・星野一義選手がステアリングを握るのだ。ホールはもちろん星野選手の会社・インパルだ。
後にニッサンシルエットの1号車・ガゼールに代ったブルーバード・ターボを柳田春人選手がドライブ。サーキットに帰ってきた“スカイライン”RSターボを長谷見昌弘選手がドライブし、ニッサン・ターボ軍団を編成した。
迫力あるボディを得た人気車種のガチンコ勝負にレースファンが興奮しない訳はない。グラチャンレースのサポートイベントでありながら、人気は絶大なものだった。
あの興奮を甦らせてくれるエブロのモデル。コックピットまで精密に作り上げられている。まるで傍らに星野選手が立って、こちらに手を振ってくれているようだ。あの日のスタート前のように。


ニッサンターボ軍団の中のシルビアターボと星野選手のサイン('78年頃のもの)
2006年04月04日
パドックでパーツをもらった思い出のウルフWR1

'77年F1日本GPは富士スピードウェイで開催された。
夢中になっていたせいだろう、この頃から'80年代までのF1が一番面白いと思うし大好きだ。ウイングガー元年。様々な空力アイデアを盛り込んだマシンが登場し、技術格差が広がった。
それでも'90年代からの資金力によるチーム差ー同じマシンでしか勝負にならない。このチームだからこの順位は素晴らしいという"おかしな"観戦の仕方-ほど極端なものではなかったように思う。型落ちのマシンでも上位に食い込めたし、雨ともなれば普段は下位のドライバーも優勝争いを演じていた。
日本GPはJ・ハントの独走という単調なもので終わったが、F1レースを見られるだけで嬉しかった。今ほど警備が厳しくなかったサーキット。悪ガキはレース終了間際に金網の隙間からピット裏に侵入。優勝者と2位のいない表彰式を真下で、ハントが着替えをしながらインタビューを受ける様子を間近で見ることができた。
その後、パドックをウロついて解体されるマシンを眺めていた。クラッシュ・リタイアしたM・アンドレッティのロータス78が置いてあった。リアウイング左翼端版に“妙な浮き”を見つけた悪ガキはそこに手を伸ばした。ペリペリペリ…。サンドイッチ構造の翼端版が剥がれてしまった! そんなつもりは無かったのに。悪ガキは逃げた。もう時効だろうから白状します。
マーチのV・ブランビラとA・リベイロにサインをもらった。
ウォルターウルフチームのパドックでマシン解体を見ていると、メカの1人が外したネジを放ってくれた。「記念に持ってけ」と。憧れのF1マシンに今まで付いていたネジ。悪ガキの喜びは計り知れなかった。

ウルフWR1/ジョディ・シェクターのモデルは日本GP仕様。
ネジは左翼端版を止めていたもの。サビ防止のためにプラスチックコーティングして保存して現在に至る。
2006年04月03日
見た事は無くとも夢を託したRC211V

コレクションしているバイクモデルのほとんどは「隔週刊チャンピオンバイク」のものです。全車種そろえるのではなく、自分が夢中になった'80年代のマシンだけを集める予定でした。
しかし、第2号付属の加藤大治郎選手/ホンダRC211Vだけは別です。加藤選手がMotoGPで活躍した頃には私はもうレースを見に行っていなかったので、普通なら手元に置くことの無いマシンです。
サーキットには行かずともTVや雑誌等で加藤選手が二輪最高クラスMotoGPでチャンピオンを狙えるライダーだと報じられていたので、楽しみにていました。
優勝が期待された'03年日本GPのTV放送を見ました。MotoGPクラスで加藤選手が転倒事故を起こし、心臓が止まる思いでした。入院しても、きっとシーズン中には復帰してくれるだろうと願っていました。
十数日後に帰らぬ人となった事を報じる新聞を読んだときには「えッ!?」という信じられぬ驚きでした。
かつて片山が、平が成し得なかった最高クラスでの日本人世界チャンピオン。加藤選手にその夢を託していました。
加藤選手のホンダRC211Vは実際に目にしていないのですが、手元に置いておきたい1台なのです。
2006年04月02日
はじめの1台-トミカシェブロン-

2005年元旦。初詣の帰りにふと古びたオモチャ屋さんに入ってみました。
そこにあった1台のトミカに目が止まりました。
「トミカシェブロン」。1978年頃に日本のF2レースで長谷見昌弘選手が乗っていたマシン。
当時、TVCMで「トミカシェブロン、ピットインのアナウンスでピットロードに入ってきたシェブロンが、止まっていた6輪タイレルP34を“ひっかけて”いく様子が面白くて、友人と笑っていたのを思い出しました。
懐かしい。今でも売っていたんだなーと買ってしまいました。
あ、ちなみにシェブロンはF2。タイレルはF1なので実際のレースでは混走しません。
このトミカを飾っているうちに「1台じゃ寂しい」「レースマシンを集めたい」という気持ちになり、ミニカー集めの泥沼に足を踏み入れてしまったのでした…。
実車の写真は'78JAFグランプリの時のもの。

