2007年04月30日
イベント限定トミカ GWはトミカ博③

トミカ博限定のイベントモデルが販売されるというので楽しみにしていた。入場券と引き換えにもらえるTDM-007とは別に、今回の記念になるからだ。
いざ会場に入ると真っ先に目に飛び込むイベントモデル販売ブース。なんと十数種類もの多様なモデルが販売されているのだ。とても「全種類そろえる」なんて豪気な考えは起る気配すらない。
ハコスカGTR、R32GTR、240Z、トヨタ2000GT、サバンナ、RX8等スポーツカーの中からハコスカGTRをチョイスした。ハコスカGTRは「リミテッド日本GP」車を持っているのだが、やはり好きな車ではないと入手する意味がない。
ボンネットとドアサイドに「TOMICA EVENT MODEL」の文字が入る。
多くのトミカグッズを購入したお客さんでごったがえすレジ。たった1個購入するだけでも十数分も並ばなくてはならない。一度並んでしまうと「買いそびれたもの」を思い出しても、再度列に並ぶ気が失せるほどなので、レジに向かう列に並ぶ際はくれぐれも注意したい。

トミカエブロの長谷見コレクション
2007年04月29日
待望の光岡オロチ トミカ博②

光岡オロチのトミカが6月に発売!―なのでトミカ博で先行販売されていないかと期待していたが「4月の商品」までしか売られていなかった。残念ながら。
しかし、ケースの中に「新商品」としてオロチのトミカが展示。発売開始の期待を高めさせていた。
トミカのホームページ写真では黒っぽいボディカラーに見えるが、置かれていたものは濃紺。ライト部はお得意の銀塗装ながら複雑なボディ形状を再現している。
オロチ初(?)のミニカーとして是非とも欲しいと思う。
2007年04月28日
GWはトミカ博① TDM-007

トミカ博OSAKAが開催。前売りを購入してまで待っていた。以前に住んでいた地方でもトミカ博は行われていたが、開催日に休日が取れなかった。
会場は親子連れで賑わっていた。しかし、大人のドルフィンも歴代トミカの展示に大興奮。「今では入手できないけど、昔は普通に発売されていたんだよな~」と唾を飲むありさま。
入場時にトミカドリームモータースのTDM-007パトカーがもらえるので入場料は安いもの。駐車場代の方が高くついてしまった。

TDM-007の実車?

歴代トミカの展示には興奮!
2007年04月25日
ピンズ② ピケット&モレノのベネトン

ベネトンのピンズを付けていてゲンが良かったので、毎年マシンをあしらったピンズを探し入手するようになった。
ベネピン2つめは、'90年の鈴鹿で1-2フィニッシュを遂げた2人のドライバーN・ピケットとR・モレノのヘルメットとB191がデザインされたもの。ベネトンフォーミュラやタバコのロゴまで入っている(無許可使用?)。
小さいながらもヘルメットやマシンの描写が細かい。
鈴鹿最終コーナーを立ち上がるピケットのB191
イエロー基調のベネトンマシンのカラーはあまり好きではないのだが…。

F2ラルト/ホンダで鈴鹿に来た時にもらったR・モレノのサイン
何故か色紙の隅に書いていた
2007年04月24日
激走!5000キロ 365GTデイトナ

某おもちゃ誌で映画『キャノンボール』にコブラとともに登場した―と紹介されたフェラーリ365GTB4デイトナ。しかし、その作品は映画『激走!5000キロ』で、主人公がコブラでライバルがデイトナだったと記憶する。
デイトナも好きなスーパーカーの1台だ。フェラーリ車の中ではNo1かもしれない。サークルKサンクス限定、京商「フェラーリⅢ」でデイトナが箱から出た時は「やった!」と声を上げてしまった。しかも今回の仕様が「Ⅰ」のリトラクタブルではなくライト埋め込み式なのが一層嬉しい。こちらの方が“ガン付け”しているようで凄みがあり、車のイメージに合う気がする。エンジンを収める長いノーズがクラシカルながらシャープさを出している。
京商はフェラーリだけ組み立て式のミニカーになっている。完成形では分かりにくい運転席のパネルもじっくり見ることができ、車が生産された時代を感じさせられる。
“ライバル車”コブラもこのサイズで是非とも出して欲しい。2台並べ名画のシーンを再現してみたい。

2007年04月21日
やっぱり違いの分からぬランボ ムルシエラゴ

発売中のローソン限定のミニカー付きコーヒー「ランボルギーニ・最終章」。ランボファンとしてはこれが最後になるのは寂しい。まだモデル化されていない車やバージョンもあるのに…。
ランボルギーニ・ガヤルドだけは京商、CM'S、前回のコーヒー付きで入手していなかったので(3/31 違いの分からぬランボ ムルシエラゴR-GT)、最後となる今シリーズで確保しておこうと思った。
全7種の内ガヤルドを含めて4種まとめて購入。揃ったランボルギーニミニカーを車種別にミニカーラックへと仮置きしてみた(4/18 ミニカーラックへの道⑤)。
ランボ車がズラリと並ぶ。壮観である。―ところが「アレ?」と思った。京商のムルシエラゴR-GTと今回入手した車は同車種ではないか。ガヤルドだと思っていたらムルシエラゴだった! パッケージにも車名が書いてあるし、写真も載っている。自分でしっかり確認したのに、ムルシエラゴとガヤルドが混同してしまっていたのだ。やっぱり違いが分からぬままだった。
2007年04月18日
ミニカーラックへの道⑤ 仮置きしてみました

ミニカーラック用本棚に付属の中板だけを使用すると、ミニカーを置く分の枚数が足りなかったり、中板自体の厚みで重たく見える。そこで薄い板をカットして中板代わりにすることにした。
中板の幅にノコギリで板をカット。カット面がケバ立つので、荒目の紙ヤスリで整える。本棚と同じ白色の着色は後日に。
中板と中板の上下間隔をどのくらいにしたら良いかと試行錯誤。以前使っていた8ミニビデオテープ用ラックの幅ではトミカや1/64スケールでは広すぎた。5㌢幅にすると上板でミニカーが見えなくなってしまう。
中板用ビスで高さを調整してみると、京商のサークルKサンクス限定ミニカー付属の解説カードの高さが丁度良いと判明。おおよそ9.5㌢だった。この間隔で中板を置く事にする。
写真はとりあえず手持ちのランボルギーニ車で仮り置きした様子。
2007年04月17日
ホンダの本腰 Mobil1NSX

チーム国光がJGTCで半プライベーター状態でNSXを走らせていた。当然ながらトヨタ、ニッサンのワークス勢には太刀打ちできず、遂に複数チーム&ワークス体制となり本腰が入った。
セミワークス時代のシンプルなNSX(参照:1/2 ドリフトコンビのチー国NSX)もカッコイイが、よりGTマシンっぽくなった。スーパーカー的フォルムのNSXはレーシング仕様が良く似合う。
ホンダMobil1NSXは、コンビニ販売されたデルプラド「世界のレーシングカー」シリーズ20台で「欲しい」と思った1台。―なのだが、購入した中には含まれていなった。そこでオークションで入手した。チー国のレイブリックNSXがモデル化されていたら良かったのだが。
近代GTマシンらしく、フロントのカナードや複雑形状になったリアウイングも再現。着色はされず黒一色ながら、レース仕様にされた車内やエンジン部も作りこまれている。それなのにタイヤは市販車のままなのがデルプラドの可笑しさ。
7倍近い販売価格のエブロ製とは作りのレベルが違うものの、この値段でこの出来なら十分納得価格だろう。
’07年、NSX勢が久々のGTチャンプを獲って欲しいと願う。

問題:どこのサーキットでどのコーナーでしょうか?
サーキットらしくない風景で写真が撮りたかったので「のどかな田園風」ポイントを探しました。もう少し手前でシャッターを押せたなら、ゼブラゾーンも入らなかったけどなぁ
2007年04月14日
何台あってもOK ランボルギーニ・イオタ

好きな車のミニカーは何台あってもいい(色違いなら)。特にランボルギーニ・イオタは一番好きなスーパーカーなので、色違い、バージョン違いをズラリと並べたら壮観だろうな―と思う。
そこまで惹きつけられる魅力は神秘性とスタイリングなのだろう。スーパーカーショウでも“ミウラ改造版”と分かっていても見とれてしまうのだ。
ローソン限定コーヒー2缶に1台ミニカーが付く「ランボルギーニ・シリーズ」では一番メジャーな赤いイオタをモデル化している。最初に雑誌で紹介されたウイング付きでリア・オーバーフェンダーが小さいタイプだ。CM'S製イオタや京商製“J”を既に持っているものの、色やバージョンが違うので真っ先に購入してしまった。
このコーヒー付きシリーズは1/72スケールでありながら作りが細かいところが嬉しい。
少々値が張るが、京商のビーズコレクションで黒イオタが出たら是非欲しいと思っている。

2007年04月13日
ピンズ① ゲンの良いベネトン・ピン

ベネトンF1の綺麗なカラーリングが好きで“チーム”のファンになった。
'89年日本GPの予選日、鈴鹿サーキット遊園地の路上に多くのピンズを刺したボードを広げている外国人がいた。物珍しさに覗いてみるとベネトンF1をデザインしたピンがあったので購入してみた。
B187かB188のマシンを上から見たイラストがかなり細かく描かれていて気に入った。
この年の決勝でA・ナニーニ選手が自身初優勝、チームとしては2勝目を挙げた。ゲンの良いピンだったので、ベネトン・ブルゾン(9/23 行くべきか行かざるべきか… ベネトンジャケット)の胸にピンを付け、毎年、日本GP観戦に出かけるようになった。バッグのベルトが当たると胸が痛いのだが…。
翌’90年もベネトンのN・ピケットが優勝。ピンズの効果は絶大であった(←んな訳無い!)。
ピンズのブームが年々大きくなり、日本の模型店もピンズ販売ブースを出すようになったが、このピンは翌年以降は発見できなかった。もう1つ欲しいほどお気に入りなのだ。

ナニーニ駆るベネトンB188 色といい、流れるようなボディ・ラインといい、美しいなァ
2007年04月10日
日本の夏、8耐の夏 FCCホンダ

夏が来れば思い出す。遥かな鈴鹿。熱い風―。鈴鹿8時間耐久オートバイレース通のような口ぶりだが、実際は6回しか観戦に行っていない。'90年の平&ローソン組の優勝レースが最後だ。それでも夏の焼けたアスファルトの匂いを嗅ぐと8耐の熱気を思い出してしまう。それだけ熱狂するイベントなのだ。

重量感があるブルーのブレーキローター
サークルKサンクス限定、京商「'05鈴鹿8耐バイク」シリーズ紹介も最後の1台。F.C.C.T&R ZIP-FM RacingホンダCBR1100RR。'05年ポールポジション、'06年は優勝を飾ったチーム&レーサーだ。隅々までブルーで彩られたこのレーサーは「8耐バイク」シリーズ中、一番の美しさではないだろうか。
ブルーのブレーキローターは重量感がある。実際はペラペラなのだが、そう見えるのだからモデルカーとして優秀。マフラーのメッキっぽい処理も美しい。

マフラーまでもブルー処理 アップ写真に耐えうる作りは素晴らしいなぁ
今年の夏には是非とも「'068耐シリーズ」をリリースして欲しい。いや「8耐歴代優勝マシンシリーズ」なんて方が売れるかも。

'90年 N・マッケンジー
鈴鹿8耐ベストショット。PC処理ではなくスローシャッターでの流し撮り
2007年04月09日
細かい作りに思わず笑み ジャガーXJ220

思い入れが無い車だった。ところが手にとって良く眺めたら作りが細かいので「へぇ~、これは見事だ」と思わず笑みが表れてしまった。
ジャガーJX220。サークルKサンクス限定の京商「ブリティッシュカー」シリーズで、ロータス欲しさに3個購入した内の1台。ただでさえ高級車を作っているジャガーだが、XJ220はマクラーレンF1並の「超」が付く高級車だったと記憶する。
箱を開けてXJ220が出てきた時は正直「嬉しくなかった」。しかし、リアウインドウから透けて見えるエンジンブロックや、クリアーなルーフから覗ける車内、細いサイドミラーの支柱。何より滑らかなボディライン―と、あまりにも良い出来に最初は手放そうかと思っていた心を動かされてしまった。

ブラインドBOXのシリーズは、欲しい車が出ないジレンマもあるが、興味無い車も好きになる可能性を秘めているのかもしれない。

2007年04月07日
ホッチ、ラスト・スカイライン カルソニックR34

日本一速い男が現役最後に乗ったスカイラインがR34GTRだった―。
フォーミュラは既に引退し、JGTCにのみ参戦―そして引退。子供の頃から憧れていた何名かのドライバーが同時期に次々とこの道を歩んだ。長谷見さん、関谷さん、そして国サン…。それまで"若手"と言われていた選手が"中核"となり"ベテラン"と呼ばれるようになっても、自分の中で形成された"若手というイメージ"がなかなか消えない。現在はスター選手がいなくなり、若手だけのメインレースのように感じられる。
Gr.5~Gr.Cまで長年、シルビアの顔だった星野一義選手(*ホッチ)も、Gr.A時代から青いスカイラインにイメチェン。同一スポンサーで通せたため「カルソニックはレーシング・スカイラインGTRの代名詞」のような存在になっていると感じる。
F2でホンダ勢に果敢に挑んだホッチ。Gr.Cポルシェに喰らい付いたホッチ。Fニッポン開幕戦で優勝したホッチ。どのレースでも"勝ちにこだわる"レースをして観客を魅了してくれたドライバーの引退で、日本のレース・シーンが大きく変わってしまった。ドルフィンもサーキットから足を遠のけてしまった。
*ホッチ:アイドル全盛期の近藤真彦さんが「マッチのマーチ」のCM関係からマーチレースに参戦した際、彼の師匠となった星野選手。2人でTV出演した時にお互いを「マッチ」「ホッチ」と呼んだ事に由来
トミカ「星野一義ヒストリー」の紹介もカルソニックR34GT-Rで最後。
転用のベーストミカは長谷見選手のユニシアジェックス・スカイライン。元々がJGTCのスカイラインの型なので塗装を替えるだけでOK。レーシングカーとして、ボンネットのダクトやボディサイド出しのエキパイ、大きなウイングもしっかり再現されている。そこまでしておきながら"やっぱり"内装は市販車の4座席なのが滑稽。
「星野ヒストリー」の第二弾リリースを切に願う。

GT開幕前テストでのカルソニックR34
12号車はモデファイ中だった
2007年04月05日
雨の中を歩いた富士F1 ポルシェ911SC

大きなレースにはスーパーカーも集まるだろう―と安直な希望から'76年F1inJAPANに出かけた。入場料が「子供なら何人でも1,000円」と今では考えられない超破格だった事も一因だ。お陰で200円でF1観戦できた。
決勝当日は雨。国鉄・御殿場駅前まで渋滞が続いていた。バスもギュウギュウ詰めのまま動けない。タクシーも全車出払っている。富士スピードウエイまでの距離を知らない5人の子供たちは「行ける所まで歩いていこう」と決めた。
渋滞している車が道標(みちしるべ)。ハコ&ケンメリ・スカイラインGTR(エンブレムだけかも?)やトヨタ2000GTといった当時から貴重な国産スポーツカーも渋滞中では絶好の被写体。
一番多く見たスーパーカーがポルシェ911だった。色も多様。目的地に着くまでにフィルムの半分を使ってしまっていた(小遣いの都合で24枚撮り1本!)。
結局、最後まで歩きとおしてしまった。色々な車やバイクを見ながらだったので、雨の中の長距離も苦ではなかった。若さがあったのが一番大きいと思うのだが。
京商から出ているサークルKサンクス限定「ポルシェ・コレクション2」の1台、ポルシェ911SC。ポルシェのスタンダートな車体形状。
SCは時代的にはまだ後のモデルだが、伝統あるこのボディデザインを見ていると、楽しかった富士スピードウエイまでの道のりを思い出す。

SCより旧車の911
2007年04月03日
奇抜なF1・ファンカー ブラバムBT46/B

F1史上最も奇抜なマシンの1台、ブラバムBT46/B。「ファンカー」として有名だが、当時は「サカーカー」と呼ばれていた。「ラジエーター冷却用」とのミエミエの“言い訳”でマシン後部に巨大なファンを取り付け、車底の空気を輩出。負気圧を発生させてダウンフォースを得るシステムだったらしい。
「こんな車が速いのか?」と思うが、ニキ・ラウダのドライブでデビューウインを飾ってしまった。規定上の理由から、この1勝は認めらたものの次戦以降の出走が禁じられた。この1回だけの出走、そして“勝ち逃げ”が“ファンカー伝説”となって人気を博しているのではないだろうか。
'78年当時としては珍しくF1スウェーデンGPはスポットでTV放送された。“止まっている”雑誌の写真では分からないファンの動き―特にコースアウト(ワトソン?)した際にファンで巻き起こる砂ボコリが竜巻のようだったと印象深い。
最強ウイングカー・ロータス79を抑えての優勝は見事。ラウダの腕をもってしても走らなかった車があった事を考えると、BT46/B自体決して悪い出来ではなかったのだろう。

奇抜F1マシン大好きなドルフィンにとっては欲しいミニカーの1台。
街のミニカーショップのレンタルBOXでミニチャンプス製BT46/Bの出物を発見した。さすがに新品が3~4台買えるほどのプレミア価格には舌を巻いた。
それでも「出回るんだ」と分かってネットオークションを探ってみた。ラウダが乗っているミニチャンプスは同様の値が開始価格。しかし、RBA製は意外と安値(高値ばかり見てきたので金銭感覚がマヒしたか?)。憧れのマシンを入手する事が出来た。
サカーカーは後方からの眺めに限る。筒をハメ込んだ様なファンには迫力がある。車体と路面を隙間無くビッシリとスカートで囲まれた実車と違って、モデルカーは隙間だらけなのが残念だが(ミニチャンプスはまだマシ)。
ベースのBT46もカッコ良かったが、46/Bは一層シャープなフォルムになった。フェラーリで獲ったゼッケン「1」が誇らしい。
空力的に洗練され似たデザインの現代と違って、様々なアイデアのマシンが登場した時代に思いを馳せる。
