2007年09月30日
おせんちF1日本GPTV観戦

F1日本GPのTV放送を録画して観戦した。富士も雨だった。晴れていれば雪を頂に乗せた富士山が綺麗だったことだろう。特に外国人の方々にはウケが良かったかもしれない。
番組のオープニングで'76年富士F1の映像が流れた時には、感傷的になって不覚にも涙が出てしまった。
この涙は何なのだろう? 思い出に浸ったから? ようやく富士にF1がやってきたから? 30年の歳月を重ねた自分に?―
序盤のセーフティーカーによるF1カーのパレードには「金かえせ!」と怒った人も、ファイナルラップのコバライネンとライコネンの2位争いで充分満足できたのではないだろうか。
セーフティーゾーンが広くなったコースだったから良かったものの、鈴鹿や旧FISCOだったら2人ともドッカンいってたところだ。
しかし、主な見どころはそのくらいで、やはり例年どおり中盤は寝てしまった…。
優勝のハミルトンはルーキーイヤーなのに、何年もF1を走っていたような巧みさがあって感心した。
レースもさることながら、サーキットのイベントがどのように行われていたのか―とか、3日間行った時のシャトルバス利用の駐車場生活がどうだったのか―とか、周辺渋滞とかが気になってしまう。
それは後日、観戦に出かけた友人から聞くことにしよう。
つい忘れがちになってしまったが、日本勢の不振にはまいった。
2007年09月29日
'77年F1日本GPの公式プログラム

「雨が降ったらマシン性能差が縮まってドライバーの腕が勝負」―などと言われたのは一昔前の事。現在ではマシン差が広がりすぎて、良いマシンは雨でも性能を発揮するし、悪いマシンはなお乗りにくくなっているようだ。
'07年F1日本GP。地元GPも大撃沈された日本勢。冷たい雨も降って、観客は踏んだり蹴ったり状態ではないだろうか? 楽しめたのだろうか?
'77年F1日本GP当時は小遣いも少なくチケットこそ前売りを購入していたが、交通費と36枚撮り写真代をまかなうだけで精一杯(お昼はお弁当持参)。交通費すら往復“歩く”つもりだったのだから…。
元々'77年F1日本GP公式プログラムを購入する予算などない。しかも当時としては高額の1,000円!もしたのだから手が出せるはずもない。
それでも持っているのはラッキーな事に“拾った”のである。表紙は多少擦れている程度だが、背表紙の一部は敗れてしまっていた。
レース終了後にパドックに忍び込んでウロウロしていた際、知らないおじさんが「あの人ドライバーだからサインもらっておいた方がいいよ」と、教えてくれたお陰でV・ブランビラとA・リベイロからプログラムにサインを頂けた。
ビットリオ・ブランビラ―雨の魔術師と呼ばれたドライバー。
性能が極端に劣るサーティースで大雨の'76年F1inJAPANで一瞬トップに立ったり、同じく大雨の'75年オーストリアでは優勝を遂げていた。
そんな大暴れをしてくれるドライバーはもういないのだろうか?
30年前と同じ雨の富士スピードウェイ。時代が変わって格差も広がりすぎてしまった。

’77年日本GPチケットと本当の優勝者、J・ハント
アニメの日本GPで優勝したトドロキスペシャルT3
漫画の日本GPで優勝したケン・アカバの『赤いペガサス』14巻(初版本)
日本勢活躍祈願で集めてみました
2007年09月28日
帰って来た?GP トヨタTF107

富士スピードウェイにF1GPが“やってきた”。同じ場所にあるだけで“ほとんど新造”サーキットなので“帰って来た”とは思えない。
富士はトヨタのホームサーキット。現状を見れば「優勝」なんてムリな注文はしないが、日本人の心を揺さぶる、ワクワクさせてくれるような予選&決勝をおくって欲しい。
ファミマ限定「'07F1コレクション」のトヨタTF107。人気マシンなのだから、もう少し塗装に気を配るとか、ディティールに凝るとかして欲しかった。
ハケで塗ったようなボディカラーも雑にしたら本当に落書きっぽく見えてしまう。
日の丸をイメージする紅白のマシンが活躍するのを楽しみにTV観戦したい。

'06年鈴鹿サーキットでの日本GP トヨタTF106
オマケの「富士スピードウェイの思い出」
子どもの頃、レース日ではなくてもFISCOに遊びに行ったりした。
御殿場駅から直行バスが無いので、富士霊園から歩いた。
GCがテスト走行していた時もあれば、Aライ試験の走行があった時もある。
雪が積もっていた日には、友人と歩いて6㌔のバンクコースを1周したものだ。
大雨の中F1GPを見てレースに憧れ、色々な情報をむさぼっていた少年時代。サーキットと言えばFISCOだった。
土手と谷の落差が大きな観戦エリア。
大きな土管を埋めたような埃っぽい地下通路。
木の板シートのメインスタンドからはヘアピンも観る事ができた。
ヘアピン裏からピットに登る細い階段はマシンとドライバーがいる場所への夢の階段だった。
1社しか入っていないから「レーサーが選ぶ三菱石油」の看板。
ボロ小屋のような車検場でマシンの数々を間近で見られた。
色紙を売っている売店と併設されたドラサロのカレー…。
―今はもう無い。
2007年09月27日
ホンダF1が走ったあの日 FW09パーツ


富士スピードウェイの’77年F1日本GPを最後にグランプリ・サーカス(現在では死語?)は日本から遠ざかった。
日本でF1が開催されぬままホンダがGPに復帰。ますます「観たい」という気持ちが募った。
’84年の初頭だっただろうか、名門ウイリアムズにエンジン供給を発表したホンダが鈴鹿でマシンテストを行った。
当時のウイリアムズのドライバー、ケケ・ロズベルグとジャック・ラフィーが交代で来日、ウイリアムズFW09をドライブした。
現役ドライバーが現役マシンを走らせる―夢のような話だった。
冬の寒い中、公開テストに2日連続で観に行った。7年ぶりに生きたF1を見られる喜び。たった1台でも充分満足できた。興奮した。それだけ飢えていたのだろう。
ピットでマシン調整中に出たサイドポンツーンの破片をもらった。まだカーボンではなく、グラスファイバー製の時代。

コックピットに納まるラフィー
当日のドライバーは世界チャンピオンではなく同僚のJ・ラフィー。'79年にはリジェでチャンピオンまであと一歩と迫った名ドライバー。
F1ドライバーが鈴鹿パドックの古びたドライバーズサロンで昼食をとるなど今では考えられない状態に遭遇。サインを頂き、握手してもらった。
憧れの大F1ドライバーにサインを求める時は緊張したが、笑顔で気さくにサインに応じてくれた姿に、喜びも一層大きくなった。

'99年F1日本GPの際に頂いたサイン
あれから時は流れ毎年F1GPが開催されるようになった。場所はあの時の鈴鹿サーキット。
ドルフィンとしてはF1観戦最後となった'99年に、再びラフィーと会うことができた。
恐らくフランスTV局のリポーターとしてやってきたのだろう。TVクルーとともにグランドスタンド裏のサーキット図看板の前を歩いていたのだ。
驚きの発見をしたとともに「ラフィーがいるのに誰一人としてサインをもらおうとしない!?」事にも驚いてしまった。
周囲にこれだけ観客がいるのに誰も知らないの? 少々寂しい気がした。
今年、富士にもラフィーはやってくるのだろうか?
2007年09月26日
これぞレーシングフェラーリ F40コンペ

近年フェラーリのレーシングGTといえば575でもF430でもない。フェラーリF40コンペティッォーネが筆頭に思い浮かぶ。
太田哲也選手が駆ったJGTCマシンや、鈴鹿1000㌔でマクラーレンF1GTRと戦った世界GT選手権のマシンたちの方が前者より馴染みがある。
Kサンク限定、京商「フェラーリⅢ」のF40コンペ。このマシンこそ「レーシング・フェラーリ」でスポンサーカラーに塗装されて登場して欲しかった。
モデルでは2シーターで市販車の形こそ取っているが、クイックチャージャーも付いていて即レ-シングに転用可状態。ノーマル(?)よりかなりカッコ良い。
F40が発表された時は驚いた。後に自動車メーカー各車がGT1カテゴリーに合致する超マシンを登場させる前だけあって、F1技術をそのまま市販車転用した車だったからだ。
メーカー最高マシンこそ代表するGTマシンであって欲しいと思う。

鈴鹿のシケイン進入 今では撮影不可能になってしまっている
2007年09月25日
Pダッシュ・スカイラインの「P」って―?

「他に比べるとはるかに“小さいッ”!?」。コンビニ限定トミカ「長谷見スカイラインコレクション」のトミカPダッシュ・スカイラインがそれだ。シリーズ6車の中でサイズが異なっている。
発売前の写真で見た時にはトミカの「Pダッシュ」という小さいサイズのシリーズなのかな?―と思っていたが違っていた。
「プッ」と笑ってしまいそうな「ピー・ダッシュ」というネーミングは一体何なのだろう?
色々と検索していたら「日産プリンス販売のオリジナルブランド」らしいと分かった。トミカをよく見ると「P’PROJECT」と書いてある。
そもそもこのマシン自体を知らなかった。Gr.Aツーリングカーレース初代参戦マシンのようだが、スーパーシルエットの後に外観はノーマルのマシンなのだから地味で興味が沸かなかったのだろう。
スポンサーロゴが多く表現されているのは、ニッサンやトミカ系で占められているからだろう。
以前に発売された時(写真で拝見)よりもロゴ印刷が多くなっているのが嬉しい。
2007年09月23日
MotoGP日本グランプリ記念―F.C.C.ホンダ

'06年鈴鹿8耐優勝マシン、F.C.C.TSR ZIP-FM RacingホンダCBR1000RR。今年は惜しくも連続ポールポジションと連覇を逃してしまった。
ブルーのカラーリングが綺麗なKサンク限定・京商「'06鈴鹿8耐バイク」シリーズのF.C.C.ホンダ。運良く今回もモデルが当たり昨年型を並べることが出来た。基本的な型は一緒だがカラーリングは異なる。
一番のお気に入り、ブルーメタリック・マフラーがノーマルになってしまったのは残念。だが、ブルーのフロント・ローターは健在。
モデル塗料の問題なのか、2台並べると'06年型の方が明るい青だ。

左が’05年型 右が’06年型F.C.C.ホンダCBR1000RR
’07MotoGP日本グランプリ記念
強引に「ロードレース世界選手権・日本GPの思い出」
今日はツインリンクもてぎでMotoGP日本グランプリ決勝が開催される。
500㏄時代も含めてWGP観戦は1回ポッキリ。決して嫌いな訳ではないのでTV観戦はしていた。
唯一の観戦は日本開催初年度の'87年。早朝、普通乗用車に6人詰め込んで(おいおい!)鈴鹿に向かった。
バイクブームもあってコーナー周りの一般観戦席は身動きが取れないほどの人、人、人。加えての雨天。トイレに立つ時以外は“丸太を横に置いただけ”のシートに座っていなければならなかった。
サポートイベントも無く、GP250とGP500の2レースしか開催されない。考えればヒドイ状況のレース観戦だった。―それでも一流ライダーが雨のコーナーで見せる競り合いは、胸踊り興奮した思いで深いレースでもあった。
4輪に比べると“まだ”レース本来の競り合いが観られるから2輪は面白い。
MotoGPに移行した現在に“あの男”が走っていてくれたら、もっと面白い展開になっていた事だろうと思いつつ、TV放送の時間を待つ。


今も鈴鹿のシケイン入り口には花束が絶えない
2007年09月20日
ガルフマクラーレンのピット・グローブ

マクラーレンF1GTRやポルシェ911GT1が参戦した'96年の鈴鹿1000キロレース。
ル・マンで優勝争いを演じた超GTマシン群の襲来とあって、夏の暑さのように熱気を帯びた鈴鹿サーキットだった。
かつてのスポーツカーレースを彷彿させるようなガルフ・カラーとなったマクラーレンの格好良さに惚れ込んでしまった。
レース終了後にピットを覗いていたら、片付け作業中のクルーが自らのグローブを外してプレゼントしてくれた。左手袋ではないので“決闘”を申し込まれた訳ではないだろう(笑)。
マシンをメンテナンスして汚れたグローブの甲には「Gulf」のロゴが入っている。硬い素材で出来ている。
鈴鹿1000キロをドライバーとともに戦ったガルフマクラーレンのピット・グローブ。1度洗濯してから大切に保存している。

JJレートがドライブしたガルフ・マクラーレンF1GTR
2007年09月19日
モンテかサファリか? 240RS

ニッサンのラリーカーをモデル化したCM’Sラリーコレクション。6種の中で一番欲しかったのは240RSサファリ仕様だった。
しかし、当たらなかった…。その代わりパッケージのタイトル写真に使われているニッサン240RSモンテカルロ仕様が我が手にやってきた。
2車の違いはカラーリングはもとより、サイドミラー前に取り付けられたライトの有無なのだ。
現代ラリカーでは見ることが無いほどのライトの多さは、昔のラリーカーの特徴でもある。
サファリ仕様が欲しかった一番の理由は、地元・地方都市の県庁所在地で毎年開催されていたお祭り「フェスタ静岡」(バレバレ-笑)や百貨店「I」のロビーに展示されているのを見ていたからである。
記憶が確かならば、毎年展示されていたと思う。
ドルフィンが見ていたのは240RSのベース車両・シルビアなのだが、形は同じなので馴染み深いラリーカーのだ。
240RSは過激なGr.Bだけあって、直線的なオーバーフェンダーがシャープなボディラインに合っていてカッコイイ。
今でもデモランする時があるそうなので、一度見てみたいものだ。

’82年サファリラリー総合3位となったシルビアGr.4
看板に「サファリ4連覇」と書かれていたが、クラス優勝の事なのだろうか?
2007年09月17日
発売日はいつも楽しみ ニッサン・ラリーカー

新しいミニカーが発売される日はいつも楽しみで、指折り数えて待っている。特にブラインドBOXモノは好みの車だけ欲しいので、購入し、開封するまで当たるのか外れるのかドキドキしている。それも楽しみの一環。
CM’Sラリーカーコレクションに新たにニッサンが加わった。
有名(自分の中だけ?)なZのサファリ仕様は無いものの、なかなか琴線に触れるラインナップ。
お目当てはシルビア240RSサファリ。第二候補がバイオレットと200SX。
近年マシンではあるがパルサーは絶対にいらない。パルサーに限らず2BOXカーのラリー車はどうしても好きになれないから。
休日に家電量販店へ足を運ぶ。入荷していたものの、既に2箱が無くなっていた。この微妙な残り個数。
希望は3車だが“保険”をかけて4個購入。
ミニカー購入においてノクライマックス―開封。残念ながら第一希望の240RSサファリは当たらなかった…。
しかし、タイトル写真になっているモンテとシークレットらしきマールボ●カラーの240RSサファリが出てくれた。バイオレットと200SXも。
スカが無くて安心したが、第一希望も出なかった。喜び具合も微妙である。
2007年09月16日
奇跡的に見られた表彰式 SA07 ~ベルギーGP記念

本家ホンダよりもポイントを獲得しているスーパーアグリ。有力チームがマシンを熟成させるにつれてポイントGETが難しくなってきているのが辛い現状だと言われている。
ファミマ限定ミニカー付きコーヒー「’07F1コレクション」のスーパーアグリSA07/ホンダ。なんとなく車体カラーが大雑把な気がする。

'06年日本GPでの佐藤琢磨選手/SA06
強引に F1日本GPの思い出⑦~奇跡的に見られた表彰式 ~'90F1日本GP
表彰台を狙える日本人ドライバー2人とホンダ・エンジン優勢の影響もあって“空前のF1ブーム”だった'90年。観戦チケットも入手困難の時代でもあった。
この年は完全にチケット争奪戦に敗れ予選までしか見られない状態にあった。
残された希望は某モーター誌主催の「F1ナイト」(前夜祭)での応援合戦の賞品に決勝チケットがあり、それを獲得する―という都合の良いもの。
必勝を期した応援合戦のステージで「予選チケットしかありません!」と“不憫な身の上”をアピール。
2位に選ばれたものの、商品に決勝チケットは無かった。考えれば“観戦チケットを持っている人が来ている”のだから…。手には観戦券が無ければタダの紙切れの最終コーナースタンド指定券が残った。
捨てる神あれば拾う神あり―で、アピールを聞いた方が「パドックパスがあるから観戦券を言い値で譲ってもよい」と言ってきてくれた。正規代金には満たないものの、帰りの交通費を除いた残り予算全てを出して観戦チケットを譲り受けたのだった。
かくしてF1観戦歴で初めて指定席での観戦となった。

'90年日本GPでの鈴木亜久里選手/ローラLC90ランボルギーニ
決勝レースでは脱落するトップチームの面々を尻目に、あれよあれよと言う間に鈴木亜久里選手のラルースが表彰台県内に進出。サーキットは興奮の坩堝。亜久里選手と中嶋選手がどこを走っているのかコースサイドで振られる応援旗のチラつきの移動で分かるほど。
アジア人で初の3位表彰台をGETした亜久里選手。記念すべき表彰式を幹線席からギリギリ見ることが出来た。
好きなベネトンの1-2とともに、体の芯から震える感激があった。
サーキットが替わり、舞台を富士に移す今年の日本GP。日本人選手は性能が極端に劣るマシンをドライブするが、この日の亜久里選手のように万難を排して表彰台にたって欲しいと願う。

見られてヨカッタ!表彰式
2007年09月14日
往年スーパーカーフォルム 360モデナ

スーパーカーブーム時代のデザインよりインパクトが無くなった様に見える近年のフェラーリ車。
F50やエンツォといったアニバーサリー・モデルを別にしたら、丸みを帯びて「無難にまとめあげた」「おとなしい」感じがする。
型式が違っていても“みんな同じに見えてしまう”―それはフェラーリに限った事ではないのだが―。
フェラーリやランボルギーニは、もっと“度肝を抜かれる”デザインの車であって欲しい―との気持ちがあるからかもしれない。
フェラーリ360モデナも“おとなしい車”の仲間だった。フェラーリ・コレクション創刊号のモデルを手にするまで。
精密さが“ウリ”のモデルを手に取って眺め回すと「あれ? 意外にカッコイイぞ」と思えてきた。
真横からのシルエットは往年のウエッジタイプと変わらない、いや、流れるような曲線が一層美しい。
実車ではこれほど様々な角度から見る事は無いので発見も多い。
創刊号価格で安いが「モデナに対して特に思い入れも無いし…」と、購入をためらっていたが、買って損は無かったと思う。

実車は本当に流れるようなボディラインが綺麗
カーナンバーに型式を選んでくれると分かりやすい(笑)
2007年09月13日
夏が終わるのでTシャツ ファイナル
「Tシャツはもうらうもの」と思っていた。自分で購入しはじめたのはベネトンシャツくらいからだろうか。
レースイベントでもらったり、某編集部で頂いたり、懸賞で当たったり…と。
今回紹介のシャツも全てもらいものなのだ。

マツダ787B ル・マン優勝車
かなりヨレてますが、いまだ現役。

GEARBOX ムーンクラフトのF3000マシンMC-030
カウルを外して(恐らくメインスポンサーの宅配会社名を見せないように)シャシー状態。


レーシングプロジェクト・バンドウ紺、赤
今やSGTに参戦しているバンドウのTシャツ。
オナジデザインで色違い2枚。上が前で下が背。
織戸学選手が富士フレッシュマンに出ている頃のTシャツ。

アライヘルメット

トヨタ・スープラ JGTC
GTのイベントブースで貰ったもの。生地が薄かった!
スープラ使用4チームのロゴが入っている。
レースイベントでもらったり、某編集部で頂いたり、懸賞で当たったり…と。
今回紹介のシャツも全てもらいものなのだ。

マツダ787B ル・マン優勝車
かなりヨレてますが、いまだ現役。

GEARBOX ムーンクラフトのF3000マシンMC-030
カウルを外して(恐らくメインスポンサーの宅配会社名を見せないように)シャシー状態。


レーシングプロジェクト・バンドウ紺、赤
今やSGTに参戦しているバンドウのTシャツ。
オナジデザインで色違い2枚。上が前で下が背。
織戸学選手が富士フレッシュマンに出ている頃のTシャツ。

アライヘルメット

トヨタ・スープラ JGTC
GTのイベントブースで貰ったもの。生地が薄かった!
スープラ使用4チームのロゴが入っている。
2007年09月12日
「通」が好む ロータス・エラン

「改造するくらいならコレに乗れ!ベンツ190E EvoⅡ」('06.05.08 )で書いた、昔在籍していた会社でお世話になった方が「一番好きな車」と言っていたロータス・エラン。
停まっているエランしか見たことが無いドルフィンだが、公私合わせて幾多の車に乗ってきた方が「好き」と言うのだらから、魅力的な車なのだろうと思う。
Kサンク限定、京商「夏のモーターフェア」でドリンクに付いてきた1/100ロータス・シリーズ。3種の色の中でブリティッシュグリーンを選んだ。
小さいながらも車内やホイール等の作りまで細かいところが嬉しい。
ブログ掲載用写真を見て「あれ? ロールバーなんか入っていたかな?」と改めて車内を覗き込んでみた。写真ではバーに見えたが、実際はクリア材の“断面の厚み”だった(笑)。小さいとこのような部分が目立ってしまうのかと知った。
2007年09月11日
黒光りの憎いヤツ イオタ完結

黒光りするBIGなアイツが飛び出した―。
ランボルギーニ・イオタSVRはスーパーカーショウで何台か見たが、ブラック/ゴールドのカラーが一番似合っていると思っている。
1/64スケール以下のリーズナブル・モデルでイオタがリリースされる度にこの色が欲しいと願っていたが、叶えられなかった。
もう“縁”が無いものと思っていた矢先、大手家電量販店でCM’Sのランボルギーニが破格の安値で売られていた。
失敗しても心とサイフの傷は浅い―と2個購入した。
「最悪、ディアブロ(*注)だけは避けたい」と願いつつ箱を開けると…。
出た! 1個目で。念願のカラーを入手できて舞い上がった。これでイオタ収集は完結してもいい。
(*注)特に思い入れも無いのに、どのシリーズでも必ずダブって出てしまう本当に憎いヤツ(苦笑)

ショウで見たワイルドなオーバーフェンダーもそのままに、重厚感のあるモデルカーは、スーパーカーへの憧れを再燃させてくれる。

2007年09月10日
夏はTシャツ⑥ F1関係編
Tシャツ⑤オイル編を除いたF1関係のTシャツ。どれも一時代前のもので、全て貰い物ばかり(苦笑)。

ロ●マンズ・ウイリアムズ
ヒル&ビルヌーヴ時代のウイリアムズマシンが描かれたウイリアムズオフィシャルもの。
F1ショップ主催の写真コンテスト入選の商品。

キ●メル
ラクダマークのタバコ屋。色合いが「24時間テレビ」のTシャツに似ていた。

ジ●ン
リジェをスポンサードしてたタバコ屋。色合いやデザインが良いので、よく着ていた。

7UPジョーダン
’91年にF1進出したジョーダンのTシャツ。

ブリヂストンF1
レース時のBSイベントブースで貰った。
F1挑戦決定記念のシャツ

ロ●マンズ・ウイリアムズ
ヒル&ビルヌーヴ時代のウイリアムズマシンが描かれたウイリアムズオフィシャルもの。
F1ショップ主催の写真コンテスト入選の商品。

キ●メル
ラクダマークのタバコ屋。色合いが「24時間テレビ」のTシャツに似ていた。

ジ●ン
リジェをスポンサードしてたタバコ屋。色合いやデザインが良いので、よく着ていた。

7UPジョーダン
’91年にF1進出したジョーダンのTシャツ。

ブリヂストンF1
レース時のBSイベントブースで貰った。
F1挑戦決定記念のシャツ
2007年09月09日
セナ/プロ激突の瞬間 マクラーレンMP4/22~イタリアGP記念
'07年F1最速マシン、マクラーレンMP4/22。蒸着メッキしているような反射のあるシルバー・ボディ。
ファミマ限定ミニカー付きコーヒーのモデルを見て「ボー●フォンがフェラーリから移ったんだ」と知ったほど現代F1に“うとい。
現代F1に“うとく”なってもルイス・ハミルトンの名前は知っている。デビューイヤーでチャンピオンになるかもしれな自動車の申し子。
最速マシンを用意されても、F1に上り詰めた男たち誰もがそう上手くいくものではない。恐ろしいまでの才能だ。

’06年日本GPでのマクラーレンMP4/21
強引に F1日本GPの思い出⑥~セナ&プロスト、激突の瞬間~'89F1日本GP
勝負を決する瞬間を見られた嬉しさと興奮は生涯忘れられない―。
その年も一般観戦券しか入手できなかった。決勝日の午前零時のゲートオープンとともに目的の場所を取りに走った。駅伝ランナーだった頃の走りはできず、心臓が爆発しそうになる。
苦労あって、目的の場所・シケインに場所をキープできた。現在は金網が2重になり観戦不可能になってしまっているエリア。
目の前でチャンピオン争いをしているマクラーレンの2台が激突したのだった。
2台が絡んだ問題の瞬間

鈍い音とともに2台が絡む

シケイン入り口で止まる2台

慌ててマーシャルが駆け寄る

セナだけ再スタートし、シケインをショートカット

マシンを降りて駆け去るプロスト
セナがナニーニを抜いた瞬間

ナニーニのインに入るセナ ナニーニはセナの方を向いている

シケイン1つ目を先に抜けるセナ

歓声と拍手が沸き起こったのだが…
2007年09月08日
遂に前後期そろったスカイラインRSシルエット

歴代レーシング・スカイラインの中で最も好きなスカイラインRSターボ・スーパーシルエットの前期型と後期型が遂にそろった。
コンビニ限定トミカ「長谷見スカイラインコレクション」にフロントグリル3本スポークの前期型RSシルエットがラインナップされていてくれた。
トミカリミテッド前期型が買えなかったので、今まで悔しい思いをしてきた。オークションやモデル屋で探したが余りにも高価すぎた。
今回のシリーズは言わば復刻タイプなので、リミテッドのように細かな塗装はされていないが、確かに前期型仕様になっているのが嬉しい。

トミカリミテッドのRSシルエット(後方)と 塗装の細かさに大きな差はあるものの…
ハコスカやケンメリの現役レース時代はリアルタイムで見ていない。RSシルエットが初めて観戦したレーシング・スカイラインなので思い入れも深い。
しかも初優勝レースを観戦したのだから。
久々に登場した「R」の付くスカイラインであり『西部警察』でも活躍したマシンでもある。当時、市販されたRSにどれだけ夢中になっていたことか…。
スカイラインが、GT-Rがどれだけ高性能化になろうと、夢中になっていた時の思い入れあるマシンが最高の車なのだ。

長谷見/RSシルエット初優勝の時

レース終了後のパドックで さっきまで走っていたマシンに静寂の時
2007年09月07日
日本車を駆逐した フォード・シエラ

ベース車両が良いと、どんなカテゴリーでも強いのか?
Gr.Aツーリングカー創世記において、ボルボとともに日本車勢を駆逐していったマシン、フォード・シエラRS。
テキサコカラーが印象的だったが、同じ車種で同じカラーのラリーカーがあったとは知らなかった。
過激なGr.BからGr.Aにラリーカーのレギュレーションが移行し、マシン的に見劣りを感じた。ラリーへの興味が薄れていた時期だったかもしれない。
CM’Sからリリースされた「フォード・ラリー車シリーズ」。モデル屋で中身見せ状態で販売されていたので、迷う事無くテキサコカラーを選んだ。フォード・シリーズはこの1台ポッキリの購入。
現行・フォーカスはそれほど格好良く見えない。
ラリーカーには付き物の“泥跳ね”も無く、一見、ツーリングカーに見えなくも無いいでたち。ナビシートやリアに積まれたスペアタイヤがラリーカーとしての主張をしている。ナンバープレートの再現やシートベルトの着色も嬉しい。
WRCを風靡したA・バータネン車。
2007年09月05日
遥かなる夢 ニッサンR990

「ル・マン優勝」を必とし、日産/NISMOが全身全霊をかけたマシン・ニッサンR390。その絶対なる目標を達成する事無く「ル・マン3位」で終わってしまった。
遥かなる夢の遠さとル・マンの難しさを知らしめてくれた。
価格は1億円とも2億円とも言われる“市販車”を1台だけ製造し、ホモロゲーションをクリアするのが“当たり前”になっていたキワモノGTカー時代に誕生したR390。
ル・マンのために生まれ終わった悲しい車でもある。展示やデモ走行で余生を送るだけしかないのだから。

ixo(イクソ)の1/43モデルはル・マン3位に入った星野一義/鈴木亜久里/影山正彦組のNo32号車。
絶版モデルでたまに通販で見かけるが、今回はオークションで入手した。星野コレクションに加えたかった。
ブルーのグラデーションもさることながら、車検合格のシールまで忠実に再現している。ウィンドウ越しに見えるコックピットやエンジンの作り込みも細かい。
全体をぐるりと見回すと、本当に綺麗なボディ形状をしているのが分かる。ホレボレするラインだ。

展示車両を見たが、ボディの美しいグラデーションデザインは“塗装”ではなく“シール”だった。
近くで見るとオフセット印刷の網目が分かる。印刷技術もさることながら、凹凸のあるボディ形状に貼り付ける技術も素晴らしいものだ。
2007年09月04日
どっぷりフェラ漬け

フェラ・コレを買いに出て凄い雑誌を発見した。 『pen』誌のフェラーリ特集号だ。本来なら号遅れなのだが、返品されずに残っていたものを偶然発見した。
何が凄いのかと言うと、車専門誌ではないのにもかかわらず、それ以上に記事が詳しいからだ。写真も古いものからよく集めている。編集能力に感心しながらページをめくっていった。
本屋で車関係のコーナーには無かったので、今まで見落としていた。
フェラーリ創立60周年なので、関係書籍も多い。
全国発売されたフェラーリ・コレクション。
レース車両号は購入するつもりだったが、創刊号付録モデルのモデナは特に思い入れがある訳ではないので迷っていた。が、価格の安さに引かれて手を出してしまった。
爽やかな秋風の中でフェラーリ書籍を読みふけった1日だった。
2007年09月03日
続・続・一発勝負のスカイライン GTR

欲が出てしまった…。1個買いで希望車種の1台が出てしまったものだから「それならば」「つい」と。
Kサンク夏フェア京商「スカイラインコレクション」での事。
ミニカーでまだ持っていないGTSやクーペも「出るのではないか?」―と淡い期待を持ってしまったのだ。
数日してからもう1個買いに出てしまった。
スカイライン2000GT-R KPGC10・初代ハコスカGTRだった。
持っている―。ミニカー付きコーヒーで入手した2ドア・ウイング&オーバーフェンダー付きで全く同じカタチと色のミニカーは「持っているんだよ~!」叫びたくなってしまった。
スカイラインシリーズは好きな車種なので、大打撃―とまではいかないが、ショックであるのは間違いない。ミニカー付きコーヒーのGTRが小さくも出来がよいだけに。
よくよく縁があるのだろう。

未だ現役で走っているとは素晴らしい! カッコイイなァ
2007年09月01日
続・一発勝負のスカイライン R33

ブラインドBOX1個買いで希望の車を出すのは至難の業。今回の京商「スカイライン・シリーズ」では全10車種中欲しいのはGTSとR33の2種だから、確立は1/5。
購入した箱を開けるとチラリと見えるテール。スカイラインはどれも似ているのでドキドキする。
でたのはスカイラインGT-R R33型。やった! “珍しく”一発で希望車種が出てくれた。ホッと一安心。
R33のミニカーは初めてのGETだ。
以前に「トヨタスポーツカーシリーズ」があったので「いつかは来るだろう」と思っていたスカイライン。しかし、夏のフェアとして乱発の一つとなるとはもったいない。しかもレーシング・バージョン無しとは残念な。
トミカが「レーシングスカイライン」を出すのでバッティングを避けたのだろうか?
それともネタが尽きた時に「レーシングフェラーリ」同様、価格UPで出すつもりなのだろうか? 怖い、怖い。

モーターショウに出品されたR33オーテック・バージョン
