2007年11月30日
GTチャンプARTANSX

'07年スーパーGT500クラスチャンピオンになったARTA NSX。ホンダ車に乗っているドルフィンとしては、久々にホンダがGT選手権を制した事はとても嬉しい。
今年は7年ぶりにGTレース・鈴鹿1000㌔(の予選)を観戦に行ったので、全く知らないマシンという訳でもない。
スーパーGT500クラスのマシン全般に言えるが、市販車ベースよりGr.Cカーに近い雰囲気になってきている気がする。
NSXのカン高い排気音はフォーミュラかと思えるほど。かつてのGr.Aスカイラインのように1億円以上するマシンなのだろうな。

ARTA NSX(友人K.Nより写真借用)
ローソン限定ミニカー付きコーヒーの「スーパーGTコレクション」で、チャンピオンマシンは押さえておきたいところ。
オールプラ製で、窓もクリア材ではなくボディと一体成形で黒塗り。しかしサイドウインドウのスリットや、カナード、ボンネットのエア抜きといった細かい部分の作りこみがしっかり出来ているのが立派じゃないですか。
おおまかなスポンサーロゴは入っているが、オイル系が無いのが残念。
写真は鈴鹿1000㌔でもらったARTA10周年記念ステッカーと合わせてみました。
2007年11月29日
スーパーGTモデルの版権料

スーパーGT500クラスのマシンがモデル化されたローソン限定ミニカー付きコーヒー。一昨日に待望の発売でした。
原油価格高騰の折、ダイキャストではなく石油原料のプラを使用したのは、造形面もあるでしょうがコストを下げたい理由があるからでしょう。
食玩にスーパーGTを考えていたとある食品メーカー関係者の話では「GTの版権使用料が高くて折り合わなかった」とか。
マシン毎に違うスポンサーロゴを一括使用出来る利点はあるらしいのですが…。
コーヒーのオマケに「GTの16車がモデル化」の話を聞いた時にはGT300クラスも含めた“16車種”なのかと思っていました。
300クラスは車種が豊富なので「どのマシンがモデル化されるのだろう?」と期待に胸を膨らませていたのです。
「これはもう全車そろえなあかんか!?」と嬉しさ半分、予算苦半分の複雑な気持ちでした。
それなのに、型は3つでカラーバリエーションが違うだけだったとは~。
今年は鈴鹿1000キロレースの予選だけしか見ておらず、あまり詳しくはないので、全車そろえるのではなく、3メーカー好きなチーム各2台を購入する事にしました。
エブロが監修しただけあって、出来は良いと思います。
2007年11月28日
ヒーローマシン マシンRS1

大門機動軍団最強を誇るマシンRS1。RS2&3からの情報を受け、アフターバーナーで加速し、2連マシンガンで“敵”(ここまでしなくてえはならない相手を“犯人”とはとても呼べないッ)を粉砕する!―もはや特撮ヒーローのマシンと言っても過言ではない(爆笑)。
各所にエアロパーツを装着し、エンジンルームからのエア抜き口や巨大パトランプも取り付けている。もうやりたい放題の警察車両になってしまった。
しかし、せっかく備えた機能も劇中ではあまり使用される事は無かった。現場に“急行”する際もノンターボのRS3と編隊を組んで走り、アフターバーナーはOFFのまま。
「日本警察は使用できないはず」とクレームが付いたのか、どんなに相手が重火器であろうが火を吹く事が無かった2連マシンガン。そのくせ初登場時は丸腰のバイク犯に威嚇射撃してしまうオチャメさ。
ヒーローマシンとして(気持ちの切り替え)カッコ良さを感じていていただけに、実にもったいない装備だった。もっとRS軍団メインのエピソードがあっても良かったと思う。

マシンガンを出した状態のRS1
ジョージアのミニカー付き缶コーヒー「西部警察コレクション」のRS1は「こんな所に青い部分なんてあったか?」―と思わされたほど真っ青なパトランプには参った(RS3も同様)。
アオシマのディスプレイモデルでは無かったマシンガンを取り付けて欲しかった。それだけが残念。
ボディサイドの「4VALVE DOHC RS-TURBO」の金文字は健在。
多少作りが粗くても『西部警察』スーパーマシンがモデル化されて嬉し~い!

使い易いよう綺麗にまとまっているコンピューター類
5inフロッピー挿入口が時代を物語っている
2007年11月27日
一番地味なマシンRS2

西部署RS軍団の中で一番“地味”なのがマシンRS2ではないかと見受けられる。
情報収集車としての性能も今ひとつパッとしない(笑)。
スタイルはほぼ覆面パトカーとして、マシンRSが失った“スマートさ”を保ってはいますが、他2台のゴテゴテしさを見慣れてしまうと逆に見劣りしてしまいます。
そもそも初登場する「大門軍団フォーメーション」のエピソード以外、RS軍団3台の性能が劇中では生かされなかったせいじゃないかと思うのです。
マシンRS1台だった頃の方が、遥かに使用されていた気さえするのです。

ジョージアのミニカー付き缶コーヒー「西部警察コレクション」では、有事の際に回転してボディ左右に露出するパトランプが作られています。そして、長いアンテナが立つリアバンパーも大きくなっています(アオシマのモデル以上に強調!)。手先の器用な方はここにアンテナを取り付けても良いのではないでしょうか。
エンジンルームからのエア排出口は造形着色、ルーフが開く部分は溝で処理していて特徴を良く掴んでいると言えます。

助手席にも乗車可能なのでメカは抑え気味のコクピット
2007年11月26日
惨い姿になったマシンRS→RS3

大門団長専用車両のSUPER-Zとともに登場したマシンRS。覆面パトカーらしくパトライトは車内助手席とフロントスポイラー内に納められていて、緊急時に発光する雄姿はカッコイイものでした。
オキ(三浦友和)が主に乗っていたマシンだけあって、シャープでスタイリッシュな雰囲気がありました。それが何故あんな姿に―!?
ニッサン・スカイラインRSターボの発表と同時期に西部署にも配備された2台の特殊RSターボ。従来のマシンRSとフォーメーションを組むことになったと雑誌で見た写真は、それはそれは惨いものでした。
ルーフに付いた巨大パトライト、スーパーシルエット張りのストリーム・スプリット(車体両脇黒い出っ張り)…。覆面パトだったカッコ良さから正反対の姿になっていたからです。これでは本当に特撮ヒーローの車じゃないか!
「これはウソであってくれ~!」と嘆きましたが、劇中にはそのままの姿で登場してしまいました。
しかし、いつの間にか見慣れてしまいました。

ジョージアのミニカー付き缶コーヒー「西部警察コレクション」のマシンRS3には、小さいながらも助手席窓から転回されるビデオカメラが付いているから驚き。同じ機構のマシンXのサーチライト&カメラは付いていなかったのに。
スポイラーやストリーム・スプリット等エアロパーツも再現されている。アオシマのディスプレイモデル(写真後方)でさえ、“溝”だけで表現していたボンネットのエアダクトが開いているのが凄い。
RS3は小さいながらも1/43スケールモデルを凌いでいる小さな巨人だった。

マシンXより整然としたRS3の助手席
自動車電話と電話型通信機がダブっている。モニターは白黒でカタカナ表示しかできない。

後部は横置きにパソコンが設置されている
RSは2ドアで助手席側はコンピューター(モニターでかっ!)が埋め込まれているので、後部座席に入るためには運転席シートを倒すのだろうか? 劇中での描写は無い。
2007年11月25日
自分は大門だ! スーパーZ

大門団長が主に乗っていたSUPER-Z。セミ・ガルウイングドアとボンネットの催涙機銃が特徴です。
『西部警察』が最終回を迎えた後に、オートバックスのオープニング・イベントに西部署の特殊車両4台がやってきたました。
フェンスで区切るでもなくお触り自由、乗りたい放題の大盤振る舞いでした。
当然、みんな“憧れのシート”に座ります。キーが付いているのを目にしたドルフィンは、TVである程度の操作方法を知っていたので、ガルウイングを閉じ、催涙機銃をを動かしたりしていました。通信用マイクを口元に持ってきて「自分は西部署の大門だ!」―と気分はもう団長です。
ガルウイングを閉じて分かりましたが、窓が開かないので暑い! 1年の大半はエアコン無しではキツイでしょう。

ジョージアのミニカー付き缶コーヒー「西部警察コレクション」のSUPER-Zは、コレクションシリーズの中で一番製造ムラがありそうな作りです。
ライトカバーのカットが醜い! オーバーフェンダー部の金/黒の車体色分けが甘い!―等々。フロント部は車の顔、作りの悪さは目立ちます。
ケースの中に入っているので車体を見て選べないのが残念です。

オートマギアの左がガルイングや催涙機銃の操作盤―だったと記憶する
2007年11月24日
東名高速をブッ飛ばす マシンX

西部署・大門軍団に初めて配備された特殊車両がマシンX/ニッサン・スカイライン2000GTターボです。
メーカーの最新車両がドラマに使用されるなんて事が無かった時代だけに、スカイライン初のターボ車登場!―のニュースは車好き同級生の間で話題になったのを思い出します。
登場したエピソードで、東名高速道路3車線を使って走行車両を追い越しまくってブッ飛ばすシーンは迫力がありましたが、あれはゲリラ撮影で警察ざたになったとか。大門軍団が本物の警察にパクられてはシャレになりませんよ。
ジョージアのミニカー付きコーヒー「西部警察コレクション」のマシンXには最大の特徴であるフロントグリルにある“2つ穴のレーダー波受信部”が無いのです! これでは単なるスカGの覆面パトだと言っても過言ではありません。
せっかく細かく作ったホイールや、「2000GT TURBO」の文字、「Tの字」にしか見えないながらもワイパーを作り込んだ努力が水の泡でしょう。
写真後ろのアオシマのディスプレイモデルでもそうですが、マシンXのモデルにはルーフにパトライトが付いています。これは登場初期数回で無くなったのですが、パトカーと分からなくなってしまうのでこのようにしたのでしょう。
劇中で車内からルーフ上にパトライトを乗せるとコードの取り回しが悪いようで、コンピューター上に据え置きになりました。これが一段とカッコ良さを増したのですが。
特殊車両の“初代”だけあって、雑な作りでもありますが、そこがまたカッコイイのです。
2007年11月23日
小暮課長のガゼール・オープン

『西部警察』第1話から登場したマシン、ニッサン・ガゼール・オープン仕様。強いて言える特殊装備は、当時は珍しかった“自動車電話”(コード付き)くらいなもの。後に登場するスーパーマシンとは違い、小暮課長(石原裕次郎)のマイカーです。
初登場当時のナンバープレートは「・・77」だったはずなのに、いつの間にか「25-78」に変わっていました。恐らく最初は本当のナンバーで、後から架空のものにかえたのでしょう。
そもそもオープン仕様は、裕次郎氏が特注した“個人車”らしいのです。
現在、ジョージア缶コーヒーに付いてくるミニカー「西部警察オリジナルマシンコレクション」のガゼールは、フロントのナンバープレートは造形されているものの、白く塗られていません。
ホイールはメッシュが作りこまれず、ノッペリとした状態の上に金色が塗られているだけ。
ボディサイドの「GAZELLE」のロゴはしっかり描かれています。もう1つの特徴であるボンネットのデカールもあるので、小さいながらも雰囲気は十分です。
アオシマの西部警察ディスプレイモデルカーと並べてみました。
2007年11月22日
出動!西部警察

『西部警察』のスーパーマシンがジョージア缶コーヒーのオマケになっていた~ッ!
京商の「オープン・フェラーリ」を“もう1つ”と買いに行ったところ、コーヒーの棚に見慣れたロゴを発見。「うおッ!?」っと思わず声を発してしまいました。
最近、ファミ劇で『西部警察』を見ているせいか「コーヒーのオマケに西部警察のマシンを作ってくれないかなぁ?」と考えていた矢先の事でした。
いやぁ、もう嬉しくて計6本の缶コーヒーを買ってしまいました。来週にはスーパーGTマシン・シリーズが控えているので小遣いをセーブしていたのに…。
1缶に1台付いていて、パッケージ中身が描かれえいます。解説書も封入されています。ミニカーはダイキャストではなく、樹脂製。大きさからしても精密さは求められません。
全6車種で、マシンX、スーパーZ、マシンRS1、2、3、ガゼールがラインナップされています。
『西部警察』ファンは今すぐコンビニ(Kサンクで発見)ダ~ッシュ!!
2007年11月21日
予選後に遭ったライダーは優勝? 7ホンダCBR1000

真夏の暑さが恋しくなってくる今日この頃―という強引なこじつけで、鈴鹿8耐マシン、ホンダCBR1000RRWの登場です。Kサンク限定、京商「'86鈴鹿8耐バイクシリーズ」で手持ち最後の1台です。
前年マシンのモデルとは配色の違いはあるけれど、タンクやサスペンションの形状も違っていて全くの別モノであると分かります。
「7ホンダ」という名称の意味がよく分からない のですが、’85年モデルは“七つの星”があったので「日本のタバコ銘柄がスポンサーカラーになっているのかな?」と思いました。
しかし、’86年モデルになると「星、五つですッ!」(マチャアキ口調で)になっているのです。では違うのかなあ?
「強引に“続”鈴鹿8耐の思い出④」予選後に遭ったライダーは優勝?
―とまでは行かなくても、かなりの活躍を見せてくれます。
’85年に遭ったのは、この年の台風の目、キング・ケニー・ロバーツです。
ピットから遊園地を通ってホテルに歩いて帰る途中で遭遇しました。もう瞬間的にカメラを取り出してシャッターを切りました。サインをお願いしたら無視されました。
あの時、サインしてくれていたら優勝していたかもね(笑)。

TECH21カラーをまとうケニー・ロバーツ選手。まだ若い!
'87、'88年に連続で遭ってサインを頂いた宮崎/大島ペアは日本人最上位の2位に。
'89年には、ドミニク・サロンに遭遇。現在ではどうなのか知りませんが、当時はトップライダーも遊園地の中を歩いて帰っていました。
サロンは気持ちよくサインをしてくれました。その結果(?)が8耐制覇です。
ライダー仲間の間で「アイツに会うと優勝できる」というジンクスが生まれるなんてウマイ話はアウトかぁ。


ドミニク・サロン選手とサイン
2007年11月20日
大きいコトはいいコトだ セリカ・ツインカムターボ

フェラ車、日産車が続いたので、ここらでトヨタ車の登場です。
サファリラリー3連覇のGr.Bマシンのトヨタ・セリカ・ツインカムターボ。武骨さだったらバイオレットに負けません。
CM’S「トヨタ・ラリーカー2」にラインナップされているツインカムターボ。欲しかったのですがなかなか出ず「これで最後にしよう!」と、家電量販店で念を込めて購入したBOXから出てきました。良かった~。
Gr.Bにしては“おとなしい”フォルムですが、それでも大きなオーバーフェンダーはイカします。当時のラリー車に流行のフロント衝撃吸収バーに多くのライトにシビレます。
車内はロールゲージではなく座席後部に組まれたロールバーがあるのみ。これだけで大パワーにきしむボディが耐えられたのでしょうか?
私をスキーに連れて行かなくても、大きな記録を達成した硬派なマシンはカッコイイなぁ。

ウインドウ横にもサブライトがある実車・ツインカムターボ
2007年11月19日
案外、純な R32GT-Rリーボック

ハコ車のレースってそんなに好きじゃなかったんですよ。はじめは。
やっぱりF1からレースに興味を持ったのでフォーミュラとかGr.Cカーの“純粋レーシングカー”の方がカッコイイし、テクノロジーが感じられました。
Gr.AツーリングカーにスカイラインR32GT-Rが参戦してきても、サーキットに足を向けることはありませんでした。
仕事関係で’91年の筑波・レース・ド・ニッポンを観戦。そこでGr.Aの面白さに開眼したのでした。
ズ太い排気音。各クラス参加車は淘汰されて絞られているものの、濃い展開になっていました。R32GT-Rはこのカテゴリー制覇のために開発された車両で、純粋レーシングカーであるF3000マシンより高価(噂では1台1億円!))だったとか。
もっと早くからGr.Aレースを観に行っておけば良かったと後悔したものです。
コンビニ限定トミカ「長谷見昌弘レーシングスカイライン」も最後の1台。リーボック・スカイラインです。
長谷見/A・オロフソン組でチャンプ獲得したマシン。
トミカリミテッド「Gr.A伝説BOX」にはユニシアジェックス・カラーだったので、今回リーボックで助かりました。
リーボック・スカイラインは初めてGr.Aレースを観戦した時の思い出のマシン。そう言えば、筑波でのレース観戦はこれが最初で最後だった!

2007年11月18日
意外な組み合わせ マシンXとフェアレディ1200

『西部警察』の「大激走!スーパーマシン」の回が、スカ○ー・ファミ劇で放送していた。西部署にマシンXが配備されるエピソード。
マシンXはスカイライン・ジャパン2000GTターボにコンピューターやペイント弾、サーチライト+カメラ等を装備したハイテク(当時)捜査車両だ。
初めてターボエンジンが搭載されたスカイラインというだけでも“もの凄い感じ”がしたものだ。劇中マシンではさらに細かく外装が改造されていた。
『西部警察』ファン+スカイラインファンのドルフィンにとっては胸をトキメかせたスーパーマシンなのだ。
このマシンX登場のストーリーで、刑事達が自動車修理工場を聞き込み捜査をするシーンがあった。
修理工場内にリアルXで持っているかわいいカラーリングをしたフェアレディ1200が写っていたのだ。アイボリーとオレンジそのままの実車だ。
何度か見ているエピソードだが、気付いたのは今回が初めて。番組車両協力のニッサンが、なかなか粋な計らいをしてくれていたものだ。
これだけの発見だが、嬉しくなってしまった。
2007年11月17日
カスタムモンスターの轟音 IMSA300ZX

米IMSAのマシンと日本のJSSマシンが対決する『IMSA GTチャレンジ』というレースが、'92年から3年に渡り開催された。
初年度の富士は大雨。今年のF1日本GPと'76年の富士F1をダブらせる人は多いが、ドルフィンにとってはIMSAチャレンジの時にそれを感じた。まだサーキットも昔のままでもあったし。
初年度は“仕事”で予選からFISCO入りした経緯もあり、本当に思い出深いレースの1つとなった。
タイトル「カスタムモンスターの轟音」もその際に使ったものだ。
レーシングカーを見て驚いたのは、'76年のF1、'84年のWEC/Gr.C、そしてこのIMSAだ。
FISCOのストレートを走るJSSマシンを、右に左に避けながら追い越して行くIMSAマシン。「まるでCカーを見ているようだ」と感じた。それほど性能差に雲泥の差があった。あの衝撃は忘れられない。

エース、S・ミレンの300ZX
思い入れがあるIMSAマシンの中心がニッサン300ZXだった。
これほどまでのマシンのモデルカーを欲しくないはずが無い。しかし、時代が時代だけに現在では入手が難しい。通販やオークションを探してようやく見つけたのがミニカー付きコーヒーのモデル。
ゼッケン「76」のJ・デイル車をオークションで入手できた。ニッサン車シリーズの1台らしい。いつ頃展開されたキャンペーンなのかは不明。
細かいロゴ等は無いものの、雰囲気は充分。ワイパーまで装備されている。
1/100スケールくらいだが、ドルフィンにとっては大きな1台である。

300ZXを頭に試走準備の来日組
240SX、カトラス、MX-6
2007年11月16日
武骨でガングロ バイオレットGT

初期スーパーシルエットでの活躍しか知らなかったバイオレット。同時期にラリーでもブイブイ言わせていたらしい。
CM’Sの「ニッサンラリーカー」の1台。ダットサン・バイオレットGT。現役時代を知らずとも欲しいモデルカーだった。
直線で構成されたワイド感のあるボディには“武骨”さがあり、現代の“ナンパ”な車に「喝!」を入れてくれそうだ。
フロントグリルは黒く衝撃吸収バーも付けられて“ドス”が効いている。
『西部警察』でもお馴染みのエンケイ・アルミホイールはゴールドで“抜き”になっている。「ストラトスSP」でホイールの抜きを特徴に謳っていたのだから、今更手抜きはできない。
スペアタイヤやシートベルトの着色等、車内もなかなかイカス。
正に80’Sラリーカーという感じだ。
2007年11月15日
改めて 激走!5000キロ デイトナGTS4

本日現在、1ケース以上も京商「オープン・フェラーリ」が残っているKサンクがあった。
わんさか有る状態を見たら“つい”買ってしまった。「1個だけにしよう」と心に固く誓ったのに…。
出たのがイエローのフェラーリ365GTS4・デイトナだ。
ミニカー付きコーヒーでシェルビー・コブラを入手した際(10/25 「それは紛れもなくヤツさ コブラ」)にはGTB4のルーフ付きデイトナしか持っていなかったが、これも何かの縁。
改めて映画『激走!5000キロ』のシチュエーションを写真展開してみた。映画では赤のデイトナと黒(濃紺?)のコブラではあったが。
リトラクタブルライトでノッペリとしたフロントマスク。同じデイトナでも顔つきが違って印象も大きく異なる。グリルの奥にしっかりライトが作り込まれているところが立派。見逃してしまうような所なのに。ホイールも“抜き”なのがイイ感じ。
今では観られる機会が少ない映画だが、もう一度観てみたいものだ。
2007年11月14日
君は薔薇より美しい ディーノ

昨晩放送の『―鑑定団』にディーノ246GTが鑑定に出されていた。普段見ていない番組だが、ザッピングでふと目に止まってしまった。
ディーノと言えば、スーパーカーブームの頃は“沖田が乗っていた車”“ハンドリング世界一”―として人気があった1台。
出されていた車のカラーは珍しいものdが、これは先日ATCホールで見たモデナと同じ色ではないか。
番組の解説で知ったのだが、エンツォ・フェラーリがF1アルファ・チームを率いていた時のマシンカラーなのだそうだ。

赤+紫+茶のような色をした綺麗なモデナ
保管状態も良さそうだしエンジンの音も良かったので、ドルフィンは「1,500万円くらいつくだろう」と嫁はんに知ったかぶって予想を言ったのだった。
鑑定結果は1,600万円だった。近い!―とは言っても数字上の事。100万円は大きい金額だ。
ボディラインがとても美しい、現在でも人気のマシン。走っている姿を見たいものだ。

イタリアンレッドのディーノ。
アイツの唇のように真っ赤な薔薇より美しい
2007年11月13日
サウナであの人と フェラーリF2002

フェラーリ史上最強F1マシンと言われているフェラーリF2002。シューマイケルが全戦表彰台だったそうだが、それでも一時期のマクラーレン/ホンダの圧倒的な強さに比べたら見劣りしてしまう。
それはこの年のF1“も”マトモに見ていないからそう思えるのだろうか?
フェラーリコレクション第3号の付属モデル、F2002。現代F1マシンの湾曲、出っ張り等が巧に再現されている。市販車のモデルカーに比べたら、かなり造形・組み立てに手間がかかるのではないだろうか?
TVや雑誌で見るより、モデルを手に取って眺めた方が遥かに付属パーツが多い形状が分かる。正に「百聞は一見にしかず」だ。
コチャゴチャ感が一番分かるだろうと、後方から写真を撮ってみた。
強引に F1日本GPの思い出⑪~「サウナであの人と」
今朝の「はなまるマーケット」のゲスト、川平滋英氏がサウナの話をしていたので思い出した。
鈴鹿サーキットにクアハウスが誕生した時は「連泊観戦の際に風呂に入れる」と、非常に便利が良かった。―入館するまで2時間待ちの苦労を除いては―
入館待ちの行列をビデオ撮影していたR・バリチェロ。何が面白いのだろうか?
サウナから出てきた時、友人が「隣にエディー・ジョーダンがいたのには驚きましたよね~」と言った。「え!?」視力が悪いドルフィンは全然気が付かなかった! 裸の付き合い状態だったのか。
現在ではどうなのか分からないが、オープン当時は珍しさもあってか、ドライバーも温泉に入りに来ていたと聞く。
2007年11月12日
ワインレッドのココロータスエスプリ

シャープなウエッジタイプで、ボディ側面が角に出張っていたのが特徴のロータス・エスプリ。モデルチェンジしてすっかり丸みを帯びてしまった。
これはこれで空気の流れが良さそうでカッコいいのだが、やはり初代のスタイルがセンセーショナルだった。
Kサンク限定、京商「夏のモータフェア」でドリンクに付いていたロータス・カー。
ヨーロッパと初代エスプリはトミカで、エリーゼは京商のブリティッシュカー・シリーズで持っていたので、今回はエラン、エクシージ、そしてこのエスプリV8の3車だけ入手。
1/100スケールながら、ホイールやワイパーまでしっかりしているところは「さすがは京商」。このサイズでリアスポイラーまで“抜き”で成形しているのは嬉しい。
ナンバー付きの実車は見たことは無いが、ショーに出展されていたレッド・ボディに近いワインレッドのモデルを選んだ。
東京モーターショーのロータス車を(写真で)見ると、エリーゼ→エクシージ→の延長上にあるようなデザインばかりになっているような印象。もうちょっと違った雰囲気のロータスっぽいデザインがあったらいいな。

2007年11月11日
F1のスタートを正面から見る レッドブルRB3

レッドブルの「エナジードリンク」とは日本で言う「元気がハツラツとする」ドリンクらしい。微炭酸で先のドリンクに似た味をしている。
中堅チームとしてホンダやトヨタよりも良い成績を上げているところが凄い。
ファミマのコーヒー付きドリンク「'07F1コレクション」も最後の1台、レッドブルRB3/ルノー。
単調な色塗りながら、シンボルマークの水牛? やレッドブルのロゴは描かれている。

'06年日本GPでのレッドブルRB2/フェラーリ
強引に F1日本GPの思い出⑩~「F1のスタートを正面から見る」~'95F1パシフィックGP
たった2回で終わってしまったが、F1パシフィックGPが開催されたTIサーキット英田は、観戦するのに良いサーキットだった。
低速コースだったので、コーナーではマシンを間近で見られた。モナコでも一般観戦客がこんなに近くでマシンを感じられないだろう。
さらにフェンスにはカメラ用の“切り込み穴”が用意されていたのが嬉しい。
なによりF1のスタートを“ほぼ正面”から見られる貴重なサーキットだった。
1コーナーの仮設スタンドに向かってくるように走り出すF1マシン群。もう興奮以外の何ものでもない。
TVでしか見られなかったシーンを体で感じることができた。2年連続で1コーナースタンドに陣取ったのだった。

'95年パシフィックGPのスタート
2年目はシャトルバス制になったので、予選終了の晩は友人と湯郷で温泉に漬かった。露天風呂でダラダラとレース談義したのは楽しかったなぁ。
2007年11月10日
マスコミは馬鹿だなぁ

先ずは中嶋一貴選手の来期ウイリアムズでのF1フル参戦決定、おめでとう。
日本人としては父親以来の有力チームでのデビューは、入賞も目指せるので楽しみなところ。
これでウイリアムズ・チームは2世ドライバーコンビになった。一方はワールドチャンピオンで方や4位止まりなのだが…。
トヨタの教育が良いのか、インタビューの受け答えも上手で見ていて好感が湧く。
本屋で今年のF1日本GPは酷い有様だったとする記事を各誌で読んだ。「観客無視の運営」っぽい事がどこでも書かれている。何を今更―という感想。
そんな事はサーキットを見れば分かってくるというもの。現にドルフィンは'06年4月24日のブログ『昔の面影を残すフェアレディ300ZX・FISCO仕様』で既に「新しい富士スピードウェイはレースをする側のためのサーキットだと感じた」と書いている。
マスコミは観客の立場になってサーキットを見ていないから分からなかったのだろう。コースの間近で写真を撮り、パドックで取材し、モーターホームでタダ飯を食うのだから仕方がない。
あるいは気付いていても事が大きくなるまで言えなかったのかもしれない。相手は仕事場。悪く言うことで不利になってしまう(推測ではなくドルフィンの経験上)から。
いざ、失敗に終わったから大声を出すのは、ジャーナリズム的に言ってどうかと思う。これでは「僕はレース前にこう予想していた」―と“レース後”に言うI宮純氏のコメントのようで不快感を覚える。
こうなると信頼できるのはアマチュアの意見・体験談なのだろうか?
2007年11月09日
ホッチの240ZR

“ホッチ”とは元・日本一速い男・星野一義氏のことである―。
若き日のマッチ=近藤真彦氏が日産マーチでレース参戦した際に星野氏が指導にあたった。2人が出演したTV番組で「マッチ、ホッチ(と呼び合う)の仲です」と言ったところから、一時期「ホッチ」と呼ばれていた。
ドルフィンと友人は未だに「ホッチ」と呼んでいる(本人を前にしては決して口に出せないが)。
リアルXの「ニッサン・レーシング」をバラで購入して、どうしても出なかったのがニッサン・フェアレディZ240ZRだ。
これ以上ダブリや不要車種が出ても困るので、オークションで購入した。
赤「9」番は若き日の星野選手と長谷見昌弘選手が組んでレース参戦したマシンだった。
ニッサン・ワークスらしからぬハデなデザイン。リリースされた時には「こんなカラーのZがあったのだろうか?」と思ったものだが、調べると'73年頃に富士1000キロやレース・ド・ニッポンで走っていたらしい。
車体横の青部分は「顔」になっている。
オーバーフェンダーにつながるフロントスポイラーなど、レーシングらしいスタイル。リアのランプ部が“シール”っぽいのが難。
トミカではないが「星野ヒストリー」「長谷見ヒストリー」と呼べる1台ではないだろうか。
2007年11月08日
元サンの? ハコスカGTR

今でも絶大な人気の初代スカイライン。“伝説”しか知らないが、近年のスポーツカーには無い武骨さが逆に心惹かれるのかもしれない。
リアルXの「ニッサン・レーシング」に青と赤の2カラーが用意されたハコスカ・2000GT-R KPGC10型。青は既にトミカリミテッド「日本グランプリ」BOXの国サン車を持っていたので、赤が欲しかった。
このモデルの車体にはドライバー名が書かれていないのでハッキリとした事は分からないが、黒沢元治選手のマシンではないかと思われる。
どうも当時はレース毎にゼッケンと車体カラーが違っていた様子。
トミカリミテッドよりオーバーフェンダーが大きく、リアスポイラーも“抜け”ている。なによりスポンサーロゴが多い。当時のレーシングカーにはよく見られたオカモトのOKマークまで入っているのが「クスリ」と笑えてしまう。
運良く欲しい車が出てくれたが、この出来を見ていると国サンの青マシンも欲しかったな、一緒に並べたかったな、―と思うようになる。

ゼッケンは同じ「15」でもブルーは国サン車らしい
2007年11月07日
長谷見サンのGTS-R

このマシンがあったからスニーカーを買う時にリーボックを選んでしまった(それまでアシックスタイガー派だったのに…)―。
Gr.Aツーリングカーレースで、後のGT-R人気に繋がる強さを見せていたリーボック・スカイラインGTS-R。シリーズタイトルを獲得したらしい。
「らしい」―というのは、この時期のツーリングカーレースはほとんど見ていなかったからだ。
コンビニ限定トミカの「長谷見スカイライン・レーシング」の1台。前シリーズ「星野ヒストリー」にもラインナップされていたGTS-Rと同じ型。カルソニックの方が型流用になると思うのだが。
GT-Rではなく、GTS-Rというところがチョット“玄人”っぽい好みである。市販車も限定生産で希少種。
タイヤやオイルメーカーのロゴこそ無いが、主なるところは再現ペイントされている。
興味が薄くてもその存在を知っていたのだから「スカイライン」+「R」の意味は大きい。
2007年11月06日
国サンのケンメリR

国サン(高橋国光選手)が腕を組み傍らに立つポスターが記憶に残っているケンメリ・スカイライン2000GT-Rレーシング。
それでいてレース写真を見たことが無い―と思っていたら、どうやら東京モーターショウの出品モデルだったらしい。
リアルXの「ニッサン・レーシングカー」シリーズで一番欲しかった。散財したものの、このマシンが出てくれて本当に良かった。
市販車はハコスカと打って変わって重そうなフォルムになってしまったKPGC10型だが、レーシングバージョンは巨大なオーバーフェンダーとフロントスポイラーが付いて“速そう”に見える(昔、こんな風に改造した族車多かったなぁ)。
濃緑のボディにゴールドのラインとゼッケン、ホイールがシブイ。ライト無しのガングログリルがチョイ悪(死語?)そう。
スカイラインのエンブレムやゴールドラインが緻密に描かれていたり、フェンダーのリベット跡、リアランプの凹凸がリアルに出来ていて秀逸の1台だ。
2007年11月05日
印象が強い紅白のカラーリング 240RSマールボ○

モータースポーツの様々なカテゴリーでスポンサードしている紅白のタバコ屋カラーはやはりカッコイイと感じてしまう。
特に大好きなJ・ハントのマールボ○・マクラーレンの印象が強い。
CM’Sの「ニッサン・ラリーカー」のシークレットがマールボ○カラーの240RSサファリ車。
シークレットではなくてよいので、普通にサファリ仕様が欲しかったのだが…。
しかし、出来は良い。単なる色違いではなく随所に違いが見られる。
フロントグリルの衝突吸収用ゲージが取り付けられていたり、フォグランプはカバー取り付け状態に。リアバンパーが微妙に大きい。
ただ、本来のサファリ車に取り付けられるボディサイドのライト取り付け用の穴がそのまま残っているのが残念。どうせならライトを付けてくれれば丸く納まるのに。

Gr.4のシルビア・サファリ車
2007年11月04日
さらばラルフ ヘルメット・ピン

トヨタF1に初勝利をもたらしてくれるものと思っていたのに…。無限やトヨタという日本系チームに所属しながら“優勝”を記録する事無くチームを去るラルフ・シューマッハ。
「契約金が高い」だの「走りに波がある」とか「高飛車」だとか言われている。そんな彼だが嫌いではない。
初代フォーニュラ・ニッポン・チャンピオンであるが故かもしれない。

ジョーダン/無限のラルフ ピンはこの当時のデザイン

'06年日本GP トヨタでのラルフ
フォーミュラニッポン初の合同テストが行われた日、ラルフはワッペンがほとんど何も付いていないレーシングスーツを着て富士のピットにいた。
見知らぬ国にただ独りやってきた、まだあどけなさが残る青年の不安気な表情が忘れられない。
それがフォーミュラ・ニッポンとJGTCで勝利を重ねるうちに、兄に劣らぬふてぶてしい表情になっていったのだから血は争えない。
ワールド・チャンピオンになるにはもう峠を過ぎてしまった感が否めないが、これからも活躍を期待している。

日本の某レース雑誌“R”を読んでいたラルフ

ラルフのサイン 絶対F1に行くだろうから今のうちにもらっておこうと狙っていた
2007年11月03日
ル・マンの帝王 ガルフGT40

'60年代に大ヒットしたレーシングカー、フォードGTシリーズ。
モデルチェンジしてル・マンをはじめ様々なレースに参戦していたが、一番メジャーなマシンがガルフ・フォードGT40ではないだろうか。
ワークスマシンではないのにもかかわらず'68年、'69年とル・マンを連覇という輝かしい実績を打ち立てている。
ローソン限定、ミニカー付きコーヒーの「フォード蘇る伝説コレクション」の1台。
活躍時期をリアルタイムで知らないが、レースファンとしてはこの有名マシンを入手しない訳にはいかない。速いマシン=美しいマシンという定義に当てはまるボディライン。
ボディサイドにある細かいスポンサーロゴはデカールで処理している。ホイールまで着色している細かさ。これで缶コーヒーを定価で2本買えば付いて来るのだから嬉しい。
'84年のWECinJAPANレース終了後に、ゼッケン「6」のマシンをドライブしていた“ル・マンの帝王”ジャッキー・イクス選手に会った。
緊張しながらも丁重にサインをお願いしたが全く無視されて通り過ぎて行った…。

フォードGTロードカー
2007年11月02日
センセーショナルなうさぎ B187

初めて見たカラフルなマシーン。対照的に“かわいい”うさぎがマスコット。それだけで虜(とりこ)になった―。
'87年のF1日本GPで10年ぶりにやってきたF1サーカス。色とりどりのマシン群の中にあって一際“美”を放っていたのはベネトンB187。
前年のハケで塗ったようなカラーであったB186からガラリとデザインを変え、原色を配置してサーキットに映えるマシンになった。
当時のベネトンは跳ねるうさぎ+ファイヤーレインボーがエンブレムとして使われていた。
販売ブースで見つけたステッカーとキーホルダーが気に入ってしまい、2セットも購入してしまったほど。

メタルチックな地にうさぎ+ファイヤーレインボーのステッカー
待望のB187がミニチャンプスからリリースされた。
エースナンバー「19」ではないが、テオ・ファビよりティエリー・ブーツェンの方が好きなので、ゼッケン「20」のマシンを購入した。
当時はベネトン・グループのロゴが大半を占めていた。翌年からは消えてしまうピンクのラインも入っている。
コックピットより後ろが長い車体。巨大ウイング。ターボ時代のマシンを象徴している。
ブーツェンのスーツや、まだアナログな丸メーターまで再現されているのが嬉しい。
さあ、ベネトンで残すところは'89年日本GP優勝マシンであり、一番好きなB189のリリースだ。忘れず早く発売して欲しい。

車体を擦って巻き上がる火花がカッコ良かった
T・ブーツェンのB187/フォード
