2007年12月31日
日々進化する ホンダRA107

'07年の締めは手持ちF1マシン最新型のホンダRA107。
「日々進化しているF1」と言われるが、同スケールで持っているモデルの中で次に“新しい”フェラコレのフェラーリF2001と比較すると形状の複雑さ、付加パーツの多さが目立つ。
ショーモデルでこの複雑さなのだから、シーズンが始まって改良されてゆくレース車はもっと凄い事になっているのだろう。
RA107は形状だけでなく、カラーリングも地球をモチーフにした複雑なものになっているのだから、市販モデル化は難しかったのではないかと思う。
随所に現代F1マシンには欠かせないカーボンっぽさが随所に表現されている。
見ていて飽きの来ない美しいデザイン。レース車のモデル化には、まさかボディ一面に記載されたネームの列まで表現されるのでは?
ミニチャンプスのモデルと合わせたのは、第2期F1参戦時代(ウイリアムズ/ホンダ)のホンダF1ステッカー。


12月は手持ちF1マシンだけで毎日書こうと思っていましたが、忙しくてかけなかった日もあり、少々心残りです。
稚拙なブログを読みに来てくださってありがとうございます。
皆様良いお年をお迎えください。
2007年12月30日
金だけが全てではない! トヨタTF107

「今年は優勝!」と期待しても空振りに終わってしまうトヨタF1チーム。今期のトヨタTF107も不振に終わってしまった。
世界最大の自動車メーカーが看板掲げ、年間数百億円を投入しても勝てないのだからF1は難しい。
よく「金のあるチームが勝つ」と言われているが、一概にそうではないのではないか?-とさえ感じる。長年の積み重ねなのか、根本的なチーム体制なのか…??
トヨタ系施設にF1マシンが置いてあるが、同じようなカラーリングなので何年型なのかサッパリ分からない。モータースポーツ観戦に行っている頃は、たとえボディが真っ白であってもチームや年式は分かったのに。
来年は心機一転してカーリングをガラリと変えてしまってはどうだろうか?
エコを謳うトヨタらしく、地球をイメージして…、あ、別メーカーがやってしまっているか!
来年こそ初優勝シーンを見たい。

2007年12月29日
甘いか辛いか?佐藤琢磨 SA07

F1スーパーアグリのエース、佐藤琢磨選手。今までの日本人F1ドライバーと違って表情に“やんちゃ”さが無く、メディア対応が爽やかでハキハキしているところが大好きだ。いかにもスポーツマンといった感じを受ける。
競輪を続けていてもきっと注目されていたに違いない。
数年前のこと、女性の友人がカナダに留学中、カナダGP観戦に行ったらしい。
警備体制が日本と違っていたそうだ。パドック周辺を警備していたおじだんが「ここは通すことはできないが、この先の所なら俺の関知する場所ではないしドライバーに会える」と教えてくれたそうだ。何とイカした言い方だろう。
そのポイントに行くと佐藤選手が歩いてきた(当時はジョーダンかBAR)ので“自慢の大声”で「タクちゃ~ん!!」と叫んだ。
英語圏にあって日本語は目だったのだろう。佐藤選手は彼女の所まで来てくれて握手とサインをして話もしたそうだ。いいなぁ。
実力的には(英語力も含め)過去最高の日本人F1ドライバーだと思うのだが、有力チームのシートに座れないのが残念だ。
有力ドライバーには後押しする企業があって当然なのだが、エンジンや日本チーム以外で上位チームで参戦して欲しいものだ。
スーパーアグリSA07/ホンダで本家・ホンダチームよりもポイントを稼いだ彼の腕をヨーロッパチームはもっと評価して欲しい。
ファミマ「07F1コレクション」のモデルに合わせたのは、'06年日本GPの際、白子駅前で配られていたスーパーアグリのステッカー。

'06年日本GPでの佐藤琢磨選手/SA06
2007年12月27日
アレジは日本で人気があるなぁ ベネトンB196

グランプリで1勝しか挙げていないのに、日本で人気があるF1ドライバー、ジャン・アレジ。ドルフィンも好きである。
優勝どころか、入賞すらできないドライバーが多い中で、GPで勝利を挙げる事自体素晴らしいのだが、彼の場合は「世界チャンピオン」を嘱望されていただけに、落胆する部分もある。
しかし、何度も優勝した、あるいはチャンピオンになった訳でもないのに人気があるのは、人間的に魅力があるからかもしれない。
デビュー2年目(だったかな?)のタイレル時代に中嶋悟選手のチームメイトとして注目。
性能がはるかに劣るマシンでマクラーレン/ホンダのセナとバトルを繰り広げたアメリカGP(だったかな?)が印象的。これで人気が爆発した。
嫁はんが日本の国民的アイドルなくらい日本人ウケするマスクでもあった。
シューマイケルとチェンジする形でベネトンに移籍した時のマシンがベネトンB196。
持っているモデルはB195に’96年カラーを施したショーカー。
綺麗で爽やかなカラーリングであり、何よりアレジのマシンということもあって入手した。マシン後部の4本のレインボーカラーが左右に分かれているのが特徴。
ミニチャンプスのモデルと合わせたのは、日本GP時にサンプリングでもらったベネトンステッカー。

2007年12月26日
変身サイボーグの覇王伝説 ベネトンB195

“サイボーグ”と呼ばれた青年が“皇帝”に変身する序章が'94~95年だ。
マイケル・シューマッハ(※)が連覇を成したベネトンB195。
ラクダマークの黄色中心のマシンカラーは冴えなかったが、ホワイト&ブルー基調にレインボウカラーが加わったこのマシンは綺麗だった。王者には美しいマシンがよく似合う。
と、同時にマシンもエンジンも全てのバランスが整ったようで、シューマイケルとJ・ハーバートのコンビは勝ちまくった。このコンビ、シューマイケルが全日本F3000を走ったサントリー・ラルトのコンビでもあるのだ。
(※)全日本F3000参戦時、本人が「ミハエルは呼びにくいからマイケルでいいよ」と言っていた。
王者の貫禄を身につけた青年は、F1ドライバーが誰もが目指すチームへと移籍していったのだった。
ミニチャンプスのモデルと合わせたのは、日本GP時に購入したB194がデザインされたステッカー。これで連覇マシンが並んだ-というワケです。


2007年12月25日
善?悪?一世風靡のレイトンハウス 190

国内レースに端を発したレイトンハウス。'80年代一時期は皆がこぞってレイトンハウス・グッズを身につけていた。街で着られるレーシング・ファッションは魅力的だった。
-が、あまりにもブームになり過ぎていたのでドルフィンは敬遠し、まだマイナーだったベネトン派になったのだった。
レイトンのA社長が逮捕される事件が起こったが、レース関係者の大半が「世話になった」と語っていたそうだ。
しかし、その金の作り方は正しいものだったのだろうか?
また、コンストラクターだったマーチを買収→バブル崩壊で解散に追い込んでしまった。これもまた金の使い方に疑問が残った。
モーター誌も“恩恵”を受けていたので深く追求できなかったのだ…。
金の問題を置いておけば、国内外のレースではレイトンハウスの活躍に心躍らされた。
F1では自然吸気エンジンながら大パワーのターボ車を喰ってしまう場面も見られた。小が大を投げるという日本人の感覚に合っていたのかもしれない。
レイトンハウス190は188のような大成功マシンとはいかなかったが、そこそこのパフォーマンスを見せてくれた。
萩原光の魂を乗せたゼッケン「16」が世界を駆け抜けていたのだ。
唯一持っているレイトンハウスのブルゾン(カペリ&グージェルミン)とONIXのモデルを合わせたかったが、行方不明。どこにしまったのだろう?

2007年12月25日
ミニカー食べちゃうの?

イニシャルが「D」のスーパーで「トミカおやつセット」なるものを発見。
見られなかったので中身は不明なのだが、まさかミニカーを食べてしまう訳ではあるまいし“おやつトミカ”って何?
そう言えばトミカ博で「どらやきトミカ」に目を惹かれてしまった。単に車の焼印を押したどら焼きだった。「別にトミカじゃなくてもいいんじゃないの?」と思ったのだが…。
こういった系統のお菓子が入っているのだろうか?
2007年12月24日
目の前で1-2フィニッシュ! ベネトンB190

元世界チャンピオンのネルソン・ピケットが加入し、ラルト/ホンダF2にも乗っていたロベルト・モレノとコンビを組んだ'90年のベネトンチーム。マシンには日本系企業のロゴが多く見られたバブリーな頃。
日本GPで1-2フィニッシュを飾ったのがベネトンB190だった。
前年のB189のデザインがとても好きなので、B190にチェンジして欲しくなかったくらいだ。
“魔女の鼻”を連装してしまう“折れ”のあるフロント部。コクピットサイドから、ドライバー後部に移動したインダクションポッド。あまりにスッキリし過ぎて寂しい気すらする。原色色分けもバランスに欠く。
それでも目の前で1-2フィニッシュを飾ってくれたマシンはカッコ良く見えてくるのだから人の気持ちは不思議だ。
あの時は最終コーナースタンドに座り、シケインを2台で立ち上がる様を観戦していた-。
この年もベネのアパレルと“タコマーク”が変更された。
ONIXのモデルと合わせたのは「UNITED-」にロゴチェンジしたショップ内装飾用ステッカー。

2007年12月21日
最後の変わりF1 タイレル019

近年、奇抜なF1マシンは少なくなり“変わりF1”好きのドルフィンはつまらなく感じている。
タイレル019は最後の変わりF1ではないだろうか。
せり上がったノーズコーンに、八の字に下がったウイング。「やっちゃった…」雑誌の写真を見た時に思わず叫んでしまった。カッコイイがやり過ぎたデザインだではないかと-。
しかし、6輪車と同様、素晴らしいパフォーマンスを発揮し、今でもフォーミュラマシンに生かされている。ハイノーズの礎を作ったマシンだ。
スポンサーロゴは少ないものの、ホワイト&ブルーのカラーリングは清々しくキレイなものだ。
ONIXのモデルと合わせたのは、日本GP時にもらったエプソンのステッカー

アレジのタイレル019
2007年12月20日
砂塵に消えた王座 フェラーリ641

世界チャンピオンのA・プロストと、後にタイトルを獲るN・マンセルがコンビを組んだ'90年のフェラーリ。
シャープさと流線の滑らかさを併せ持つ真紅のマシン・フェラーリ641/2。エンジンは耳の奥に突き刺さる高音域のV12。あの音が今のF1で聞けないのは残念なことだ。
ドライバーもマシンも最高のパッケージで、マクラーレン/ホンダに対抗できる唯一のチームだった。
タイトルを決める日本GPで、スタート直後の1コーナーでマクラーレンのA・セナと接触(「あれは故意ではない」本人談)したプロストのフェラーリ。前年、自分がぶつかってタイトルを決したのだから仕方がない。彼のタイトルは1コーナーの砂塵の彼方に消えてしまった。
しかし、ワールドチャンピオンを決める戦いを見に来た観客はたまったものじゃない。しかし、その恩恵に与り、日本人初のF1表彰台を見られることが出来たのも事実。
フェラーリにF1通産100勝目を記録した名車だが、このマシンを語る時、必ずこの不祥事がついて回ってしまうのだ。
モデルと合わせたのはマールボ○のステッカー。

2007年12月19日
有言実行のミスター・ベネトン ベネトンB188

有言実行の新人としてF1デビューしたJ・ハーバート。華々しいカラーのベネトンドライバーとして相応しい男だった。
この'88年はクラッシュで重傷を負ったため、わずか数戦しか走っていないが、何故か“ミスター・ベネトン”のイメージが彼にはある。
ジョニーが戦ったベネトンB188は、A・ナニーニ車よりかなり遅れてリリースされた。
スポンサーロゴとドライバーが異なるだけで同じ車体なので購入する必要は無かったのだが、やはりB188はジョニーのイメージが強いので、既に持っているナニーニ車と2台並べてみたくなった。
ミニチャンプスのモデルと合わせたのは、ベネトンフォーミュラー1のミニステッカー。

モデルでは赤だが、ジョニーのフロントウイング翼端板

津川哲夫氏サイン入りベネトンヌイグルミ。100センチくらいの大きさ
2007年12月18日
イケメンF1ドライバー ベネトンB188

優勝していないものの、ベネトンチームで一番メジャーなマシンがベネトンB188だろう。移籍したベネを上位チームに押し上げたのはイケメンF1ドライバー、A・ナニーニ。
幅広いフロントウイング。フロントサス辺りで絞られたノーズ。コクピットサイドにあるエンジン・エアインテーク。そして原色色分けで鮮やかなマシンカラー。特徴豊富なマシンだ。
エアインテークは後のF3000マシン、ローラT90-91にも影響を与えたほど。このローラも格好良くて好きだ。是非ともモデル化して欲しい。
ナニーニ・ファンとして、ミニカーをコレクションし始めた初期に入手したモデル。ナニーニ車に関しては、スポンサーロゴは何パターンか存在しているようだ。
ドルフィン手持ちはラクダのマークが入っている仕様。
ミニチャンプスのモデルと合わせたのは、ベネトンフォーミュラーのマークが左右対称が1セットになっているステッカー。
何枚か購入してスキー板の左右区別にも貼っていた。

2007年12月17日
堂々と勝負したチャンプ マクラーレンMP4/4

F1GP全16戦中15勝と、マクラーレンMP4/4・ホンダの圧勝だった'88年。この年は“まだ”真っ向勝負でタイトルを決めていたセナとプロスト。
レース序盤リードしたA・プロストを、後半に追い上げたA・セナがストレートで抜いた。上空から撮影した映像はサーキットビジョンでも流され、観客を興奮させた。
堂々の勝利で初のワールドチャンピオンに輝いたセナ。実に爽やかで心をアツくさせたレースだった。
セナ好きでもないが、ホンダ初の地元優勝でもあり、見事なレースを展開したMP4/4は、モデルカーを手元に置いておきたくなるほど素晴らしいマシンだった。
ミニチャンプスのセナ。コレクションモデルは、日本GP仕様なので尚更である。
モデルと合わせたのは、当時ホンダが作った優勝記念とチャンプ獲得記念のステッカー。
'87~’89年頃にかけてホンダはレース毎の優勝記念やチャンピオン獲得のステッカーを頻繁に作っていた。


2007年12月16日
帰ってきたF1サーカス ベネトンB187

車体を路面に擦って飛び散る火花。
ターボパワーでリアウイングからたなびかせる“飛行機雲”。
10年ぶりに日本に帰ってきたF1サーカス(死語?)の迫力は凄まじいものだった。待ちに待ったF1日本GPは全てが新鮮で感動的だった。
色とりどりのF1マシンにあって群を抜いて鮮やかなマシンがあった。ベネトンB187。「ベネトンカラー」として人気のある“原色色分け”ボディの初代にあたる。
一目見て虜(とりこ)になってしまった。
基本デザインは後に受け継がれるものの、ターボカーであるが故コクピットが異様に前にきている。
1色につき(ほぼ)1スポンサーロゴの色分けも斬新。まだ当時はベネトングループのロゴが大半なのだが。
本年になって待望のB187がリリース。残るは優勝マシン・B189の登場を待つばかり。
ミニチャンプスのモデルと合わせたのは’87年日本GPで購入したステッカー。まだウサギがイメージキャラクターになっている。

2007年12月15日
メキシコの情熱 ベネトンB186

ベネトンB186はG・ベルガーのドライブによって'86年のメキシコGPでドライバー&チーム共に初優勝を遂げた時のマシンだ。
アツイ情熱の国で情熱を表すようなカラフルなマシンが駆け抜けた。
B186のカラーリングの美しさに惹かれて「ベネトン」というチームやアパレルに興味を持った。
それまでタイレルやトールマンのマシンに描かれた単なるロゴの一つに過ぎなかった。自チームになり、マシンペイントのデザインが格段に良くなった気がする。
ハケで塗ったような色とりどりのF1ボディの登場はは衝撃的だった。
後にタイヤまで色を付けてしまったが、ベースが黒ゴムなので鮮やかさに欠けたドス黒い色は“やり過ぎ”だったと思う。
'90年頃の香港で「ボッシーニ」というベネトンロゴにソックリなアパレル・ブランドをよく見かけた。ベネトンより“さらに安い”価格設定だったあ。今でも存在するのだろうか?
ミニチャンプスのモデルと合わせたのは、アパレル・ベネトンのショップ装飾のためのステッカー。
2007年12月14日
BMWではないケー100

昔、BMWのバイクにK100というモデルがあったが、それではない-。
昭和48年に放送されたTBSの『走れ!ケー100』というドラマに登場する“車輪を付けて日本を旅する機関車”がケー100である。
ケー100の1/43スケールモデルが12月に発売されるので、大手家電ショップのオモチャコーナーで取り扱いが有るか聞きに行った。
ドルフィン:「アオシマから12月発売になるケー100のモデルは取り扱いがありますか?」
店員:「車ですか?」
ドルフィン:「機関車なんですが、車輪が付いているんです」
店員:「?? 機関車モデルですか?」
「こいつ、おちょくっているのか?」-という目つきになる
ドルフィン:「機関車と言えば機関車ですが、タイヤが付いていて、道路を走るんですよ。昔のTVドラマなんですが、知りませんか?」
店内無線で確認を取る店員
店員:「“ひゃくけー”という…」
ドルフィン:「“けーひゃく”です!」
店員:「“けーひゃく”って言うタイヤが付いた機関車のモデルで、アオシマから出るそうですが…」
こんなふざけたようなやり取りが続き、結局は取り扱うか未定との事。
通販でしか購入できないのだろうか?
2007年12月14日
たった1勝チャンプ・ケケ ウイリアムズ6輪

ウイングカー時代に6輪車が出現。ウイングカーとして十分成功していたFWシリーズで、前輪を縦に並べた“マーチ型”6輪F1マシン、ウイリアムズFW08B6輪を発表したウイリアムズ・チーム。
“変わりF1”好きのドルフィンとしては「レースに出て欲しい!」と切に願っていた。
しかし、実践投入されずに終わった。サウジアラビア航空からの豊富な資金を受けていたウイリアムズの“お遊び”だったのだろうか?
マーチのそれに比べたらはるかにまとまっていてカッコイイ。
ドライバー、ケケ・ロズベルグはシーズンたったの1勝でF1チャンピオンになった男。
当時は「1勝しかしていないのに、チャンプなんてアリ?」と“棚ボタ”的チャンプに不満を感じたものだった。
しかし時間が経つにつれ、激戦のシーズンでそれだけ上位を安定して走っていたのだから凄いのだろうと思うようになった。
今年のフォーミュラ・ニッポンでは未勝チャンピオンが生まれたのだから“安定性”は大切な要因なのだろう。
ケケはどんなヘッポコマシンもそこそこ乗りこなしてしまう“ある種の才能”を持ったドライバーだった。
2007年12月12日
天使のような悪魔の笑顔 126C2

ジル・ヴィルヌーヴの事故のため、悲劇のマシンとして記憶に残ってしまったフェラーリ1236C2。
若くて速くてイケメンだったビルヌーヴが一番活躍したマシンであり最後のマシンとなった126C2。
本来ならWタイトル・マシンとなるはずだったのだが…。
ターボエンジン+ウイングカーで直線もコーナーも、とてつもなく速くなったマシン。ウイングカー事故(マシン状況によっては急にダウンフォースを失って浮く)多発がフラットボトム化へ進む事になるのだった。
そう言えば『赤いペガサスⅡ』でケン・アカバもウインクカー事故によって他界している。
フェラーリ126C2も速さがクラッシュにつながる“天使のような悪魔の笑顔”を持ったマシンだったのだろうか。
ビルヌーヴの事故シーンが使用されたドキュメント映画『ウイニングラン』の試写会でもらったステッカーと合わせてみました。
『ポールポジション』から『ウインング-』に続く3部作映画で『Ⅱ』だけ見た事が無い。ピーターソン事故のシーンが使用されているのだが…。
2007年12月11日
奇怪マシンの優勝 ブラバムBT46/B

これもまた“異形F1”の代表、ブラバムBT46/B。マシン後部に巨大ファンが付いている事で有名。
スポーツカーノーズに三角断面モノコックだったBT46も割りと好きな形だったが、/Bは一層格好良い。
ファン付きという特徴を除いても、ウイングノーズでスッキリとしたフロントから後方にゆくにつれて広がるシャープなくさび型ボディのラインが好きだ。
N・ラウダの腕が良いのか、この奇怪なマシンがデビュー戦で優勝してしまったのだから痛快。
TV放送で見た/Bは、エンジンとファンの動きが連動しているのか、低速時はゆっくりと回っていた。
マシン底部に流れる空気を利用したウイングカーと違って、ファンは見る者がダイレクトに動きを見られるところが面白かった。
中田ヒデのファンでもないので、パルマラートグッズは持ち合わせていなかったため、RBAのモデルにはエンジンのアルファロメオのステッカーを合わせました。
2007年12月10日
異形F1の代表 アロウズA2

奇妙なF1マシンが続出したウイングカー全盛期。見る者を楽しませて(?)くれた。
アロウズA2は“変わりF1”好きのドルフィンにとって“ストライクなマシン”の1台だ。
グラウンドエフェクトを追求したかのように、アロウズとしては特許を申請するほどの自信作。当時は写真でしか見た事が無かったので 「ロータス79を凌ぐようなどんな凄いアイデアやシステムなんだろう?」とワクワクしたものだ。
フロントタイヤまで延長されたボディの“裏側”は、どうなっているのだろう? ウイングが無くロケットか0系新幹線のようなノーズ部分―その速さに期待に胸を膨らませていたのだが。不発に終わった…。
後年、御殿場レーシングパレスで初めて実車を見た時は嬉しかった。できればもっと近くで見て“謎”のボディ底面も覗き込んで見たかったが、それは叶わなかった。
アルミっぽさに時代を感じたが、あの当時のトキメキが戻ってきた。
ミニチャンプスのモデルと合わせるのに、ワルシュタイナー・ビール関係のグッズが一切無かったので、タイヤであるグッドイヤーのステッカーを合わせてみました。

2007年12月09日
フェラーリより高い!○○

クリスマス・シーズンとなり、煌びやかな商品が広告を飾っている。
「フェラーリ」のネームとロゴが目に入る。
「フェラーリ・ライトエッセンス」―1,980円均一
ところでライトエッセンスって何? 昔「TECH21」は使った事あるけど、何故フェラーリ?
続けて広告の下へと目をやると奇妙なボトルを発見した。

「アナスイ ボンジュールラムール」―2,980円均一
アナスイって何? 肝吸いみたいなもの? アナキン・スカイウォーカーの略?
何より“腹芸の顔”みたいなふざけたボトルがフェラーリより高いのが信じられない。
2007年12月09日
20世紀最後のチャンプマシン 312T4

フェラーリとしては20世紀最後のチャンピオンマシンになったフェラーリ312T4。
ウイングカー+V12エンジンと、聞いただけで速そうなマシン。しかし、実際は大きな12気筒エンジンがアンダーウイングのエア排出を邪魔して、完成には苦労したらしい。
チャンピオンマシンながら、名作・312T2と悲劇の126C2の陰に隠れてしまった感がする。
フェラコレではラインナップすらしていないのだ。
前年の“ノッペリ”としていた312T3に比べ“UFO”で上下分割したようなデザインが好きだ。あの前輪付近のボディ形状はどのような働きをしていたのだろうか?
「チャンピオンマシン」と書きつつも、持っているモデルはJ・シェクター車ではなく、ヴィルヌーヴ車。
マールボ○チャンプステッカーと合わせてみました(実は2輪のE・ローソンがチャンプ獲得時のもの)。
2007年12月08日
最強ウイングカー ロータス79

M・アンドレッティとR・ピーターソン、熟練した2人のドライバーが乗りこなしたウイングカー、ロータス79。
誰が勝っても、どのチームが上位にきてもおかしくなかったF1戦国時代を爆進した雄姿を今でも忘れない。
ワイドなボディ幅、鋭利なノーズ、それでいて後部まで続く滑らかさ。今見ても見劣りする事無い格好良いF1マシーンだ。
'78年Wタイトルを獲得したマシンも、翌年には他チームの新マシンに太刀打ちできない状態。F1の進化の速さを物語っていた。
ウイリアムズやフェラーリのウイングカーが時代を築こうとも、やはりウイングカーとして最強のイメージがあるのはロータス79だ。
マリオとロニーの1-2体勢、月桂樹を模った優勝マークが貼られたマシン。モーター誌を見てはシビレていた。
RBAの'79年カラーのモデルと合わせるマルティーニのステッカーが無かったので、マシンフロントにロゴが入るチソットの時計と組み合わせ。
エンサインやザウバー等F1チームをスポンサードし続けてきた時計メーカーなので、社会人になった祝いに叔父貴がプレゼントしてくれたもの。
2007年12月07日
炎の宝物 ウルフWR1

'77年のF1GP、新チームで開幕戦に優勝したウオルター・ウルフ・レーシング。後年にワールドチャンピオンになるジョディ・シェクターの力量があったとしても奇跡とも言える出来事だ。
現在ではとても起こり得ないパフォーマンスである。
カラーリングと相まってNACAダクトのような美しいデザインのマシン・ウルフWR1。日本GP仕様はエンジンカウルにタミヤのマークが入っている。
日本GPレース終了後、マシンを解体していたメカニックからもらったウイング翼端板と支柱をつなぐネジは、今でも大事な宝物だ。見ているとあの頃の気持ちが炎のように燃え上がってくる。
ミニチャンプスのモデルと合わせたのは、押入れから出てきた出所不明のウオルター・ウルフのタオル。

ウルフWR1のウイング翼端板を止めるネジ
2007年12月06日
JPSカラーと言えばロータス

富士には月見草、ロータスにはJPSカラーが良く似合う―(ちなみに、F2他のカテゴリーでもJPSカラー車は有る)。
前年(’76年)とは変わってワイドなボディになりカッコ良くなったロータス78。そのボディの下に“ヒミツ”があったとは…。
活躍した'77年シーズンには“ベンチュリー効果”について他チームに知られていなかった。プラモデルを作った時に「何で“底”が反っているんだろう?」と思ったほどだ。当時は「車体の下に空気を入れない」のがレーシングカーの定石だったからだ。理由は分からずとも忠実に再現していたタミヤは偉い!
結局'77年チャンピオンはフェラーリ312T2のN・ラウダが早々に決めたが、優勝回数ではマリオが上回っていた。翌年の大進撃のプレリュードといったところか。
漫画『赤いペガサス』で主人公ケン・アカバと最終戦までチャンピオン争いを繰り広げるM・アンドレティのロータス78。
劇中モナコGPでデビューするSV01改は「ロータス似」ではあるが、サイドポンツーン両外脇にラヂエーターがあるところからウイングカーではない。連載当時はまだ“ベンチュリー効果”が分かっていなかったのだ。
RBAのモデルと合わせたJPSステッカーは'83年全日本F2のJPSトロフィーレースで配られていたもの。上のロータス77のステッカーはF1inJAPAN時にJAFブースでもらったもの。

’77日本GPでのマリオ・アンドレッティのロータス78
2007年12月05日
6輪F1登場期 マーチ761

テストだけで実践投入されていない6輪F1、マーチ761・6輪。
全て前輪サイズのタイヤにして空気抵抗を減らそうとした縦型6輪。後部が4輪駆動のため、全長が長く重そうな感じが否めない。
後年のウイリアムズ6輪はコンパクトにまとめてあるところが流石。
タイレルP34の成功(?)により、'76~77年はフェラーリも含めて6輪F1が多く登場した時期でもある。
TVアニメ『アローエンブレム グランプリの鷹』では劇中のF1ショーで、タイレル、フェラーリ、マーチの6輪F1を見た主人公が“8輪F1”を考え出す。
また星野一義氏、鈴鹿サーキットが監修したアニメ『走れ! ルーベンカイザー』はマーチそのままの6輪F1である。
後からマーチF1のスポンサーカラーをまとった同モデルがリリースされているが、それは“お遊び”だろう。本来は真っ白な車体だったはず。
白車体で、スポンサーステッカーもGYとチャンピオンプラグしか見当たらないので、チャンピオンのステッカーと合わせてみました。
2007年12月04日
灰になっても翔ぶ火の鳥さ ラウダ/312T2

シューマイケルやライコネンといったフェラーリ・チャンプがどんなに勝率を挙げようが、ニキ・ラウダ+フェラーリ312T2の強さの前には色あせてしまう―それほどのインパクトがあった。
F1に興味を持ち始めた頃、知る事全てが新鮮だったから心に強く残っているのかもしれない。
ほとんどのドライバーが優勝圏内にあった激戦時代のチャンピオンだからこそ、その速さや強さが際立っている。
レーシングカーは「空力」が重要と言われるが、ウイングカー全盛期になるまでF1マシンの後部は露出していて、子供心にも「空気が乱れるのでは?」と感じていた。
その中で312T2はフルカバーであり、コックピットダイドからエンジンルームへエアを導入する巨大NACAダクトのデザインがカッコ良く“高級感”というか“お金かけてる感”がしていた。
漫画『赤いペガサス』で、チームSVE最初のF1・SV007は312T2を大いに意識したマシンだった。
好きなF1マシンの1台。フェラコレでラインナップされているので、リリースされたら欲しいと思っている。
写真は御殿場フェラーリ・ミュージアムのステカーと合わせてみました。

唯一自分が撮ったN・ラウダのフェラーリ312T2の写真…
2007年12月03日
6輪タイヤル タイレルP34

実践投入された唯一の6輪車、タイレルP34。'76年には優勝もしているから、単なる奇抜狙いじゃないから凄い。
当時はラジコン、プラモの3次元から、車関係の印刷物に至るまで様々なところで目にしていました。
’76年F1inJAPANの時も「本当に6輪ある!」と驚いたものです。左右にタイヤを見るための“窓”があるのも面白いデザインでした。
“変わりF1好き”のドルフィンにとっては6輪F1は欠かせない存在です。
F1マシンの名前など知らなかった当時「6つ“タイヤ”があるからタイ“ヤ”ル」だと覚えていました(苦笑)。
フジTVのF1中継が始まって「Tyrrell」を「ティレル」と呼ぶようになりましたが、どうにも“気取った”ような気がして抵抗があります。正式な発音のカタカナなのかもしれませんが。
しかし、昔からの癖もあって「タイレル」と未だに呼んでいます。
保存されている実車は時の流れを隠せず、随所に老化や色あせが見られます。しかし、そのスタイルは決して色あせる事はないでしょう。
RBAのモデルに'77年頃にもらったeilのステッカーを合わせてみました。


2007年12月02日
アースが生んだホンダのRA107

地球をモチーフにしたアースカラーが美しく、とても好きなF1マシン、ホンダRA107。
今年のF1“も”あまり見ていませんが、このマシンだけはミニチャンプスからリリースしたら入手しようと決めていました。
ところが、他チームの'07年型は次々モデル化されていく中で、RA107だけはなかなか出ず、やきもきしていました。日本GPに発売を合わせていたのでしょうか?
ようやく発売されたと思ったら即完売。みんな待っていたんですねー。
バトンの方が人気で、バリチェロ車しか入手できませんでした(ルックスの差?)。それでもRA107がウチに来てくれればOKなのです。
このマシンを見ると常々「マシン後部が黒塗りなのは何故?」と疑問に感じていました。
ホンダ仕様のモデルパッケージを見て“ようやく”気付きました。黒い部分は“宇宙”だったと。宇宙の中の地球だったんですね。
バブル期に流行ったバッグのように、マシン全体を地球にしていなかった理由が分かり、胸のつかえが取れた気分です。
ミニチャンプスのRA107は、マシン全体をデカール処理しているらしいのですが、細かいスポンサーロゴを貼り付けるのと、全体を覆うのとではどちらが難しいのでしょう?

RA107日本GP仕様 朝一で撮ったので周囲に誰もいません
2007年12月01日
大阪モーターショー

大阪モーターショーに入って来ました。目的は「GT-R」―ではなく、ホンダRA107です。
F1観戦に行っていないので、せめて止まっている状態でゆっくり実車を見たいと楽しみにしていました。
日産GT-Rは街中でも見るだろうし、ディーラーに行けばあるだろうと思っていました。
ところが、昨日、日産の方が言うには主要店しか置かれないとの事。
さらにはメンテナンスはディーラーの整備工場では行えず、大阪にも2~3しかない“GT-R専用工場”で行うらしいのです。そこまでの“企業秘密”
というか“クオリティ”さがあるとは…!
これがGTマシンになったら、中身は「どんだけ~!?」(流行語大賞ノミネート)って感じですね。
本命のアスカラー・RA107ですが、マシンのセンターに日本が来ている日本GP仕様車です。
TVや写真で見るとアースカラーの上に薄白い“線”のようなものが入っていて「せっかく美しいデザインが台無しだ」と感じていました。
この“線”って文字列だったんですね。しかも人名のように受け取れました。それにしてもヤッパリ邪魔です。
ショー全般的に東京に比べたら出展数が遥かに少なく、特にレース系マシンがサッパリありません。これは期待ハズレでした。
F1はホンダとトヨタ日本企業の2台だけ、バイクでレーサーを出展していたのはスズキくらいです。本当にショボく感じられます(泣)。

日産GT-Rの写真は見慣れていると思うので“半身”状態を-
