ミニカーのビギナ~ おまけ付き ミニカー集めのビギナー「ドルフィン」のコラムです。スーパーカー世代で、'76年F1inJAPANから'99年までレースを見てきました。パッタリとレースに興味を持たなくなった反動でしょうか、急にスーパーカーやレースカーのモデルカー集めが好きになりました。モデルを入手の“思い入れ”や経緯などを徒然なるままに書いています。モデルカーと実車の写真があれば一緒に掲載しています。 ★日々見つけた“小ネタ”の「おまけ」がたまに付きます。 ★データ等は記憶によるものが多いので、間違っていたら“優しく”ご指摘・訂正してくださいネ。

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改造ワーゲンバス

ワーゲンバス1
 田舎町なのにワーゲンバスをよく見かける。
 可愛らしいスタイルだから“おしゃれさん”が多いのかな?―などと思っていたのだが、どうやら国産軽バンをワーゲンバス風に改造するファクトリーがあると雑誌で知った。しかも住所は近隣の市であった。
 どうりでワーゲンバスの顔をした軽トラまで走っているはずだ。

 ワーゲンバス大好きの嫁はんが「デザインは良いが乗り心地は最悪」と言っていたほどなので、国産軽バンから改造するなら乗り心地も良くなり車体疲労も無く安全性が高まるから良いのでは?と思ってしまう。整形美人のようではあるが。

 「ワーゲンバス風の軽バンもいいなぁ」なーんて思ったが、改造費用がかなりかかる。
 安くて性能が良い軽自動車を探しているドルフィンにとっては道楽車はやっぱり無理だった…。
ワーゲンバス2
ワーゲンバス・コレ④ 改造バスかは不明
京商 | 投稿者 ドルフィン 10:18 | コメント(2)| トラックバック(0)

燻銀 過去を払拭したMP4/12

4-12-1
 ウ○スト・タバコで思い出されるのが'89年に鈴木亜久里選手がF1全戦予備予選落ちしたザクスピード。
 「マクラーレンの新スポンサーはウ○スト」と報じられた時、あの時の赤ペイントになるのかと思っていた。
 予想に反してマクラーレンMP4/12は銀/黒のボディになっていた。グラデーションがかかった艶消しの銀は落ち着いた雰囲気のある“燻し銀”
 マクラーレンもウ○ストも過去を払拭し、新たにメルセデス・エンジンを得て生まれ変わり王者への道を歩み始めた。
4-12-2
 京商「マクラーレンF1」のMP4/12はオレンジの発表会仕様と本戦仕様の2種類がリリースされた。
 このマシンでもハッキネンの9号車をチョイス。

 実車ならシーズンを通して改良されたパーツがあり“2台並んだ時に大きな違い”があって然りなのだが、京商モデルでは同一パーツを使っているためその違いは無い。いや、コクピット上のTVカメラ“だけ”付け加えられている
 タバコロゴが無いだけで銀と灰色の塗装が良くできている。できれば日本GP時のように、TVカメラも銀にしてほしかった(下写真参照)。
4-12-3
 今回リリースされたモデルでは'97年のMP4/12までF1観戦で観たマシンとなる。
 ハッキネン、セナが初タイトルをとった車を“出し惜しみ”しているので、次回第二弾に期待。
京商 | 投稿者 ドルフィン 11:11 | コメント(0)| トラックバック(0)

外箱どうする?

外箱
ミニカーラックへの道 ⑮

 ミニカーが入っている「外箱」、みなさんはどのようにしているだろうか?
 以前のドルフィンは捨てていた。自分のために集めているのであって“時が経ってプレミアが付く”のを待っている訳ではないのだから。

 しかし、ある時に思った。「もし、ミニカー熱が冷めてしまったら」「もし、自分が死んでしまったら」―と。
 特に後者はレース写真のアルバム同様、処分に困るモノである。それならば「遺族が少しでも売りやすくしておいた方がよいのではないか」と考えた。

 1/43クラスは“たためる”外箱なので非常に助かる。
 問題は一番数が多い1/64モデルである。商品を固定するブリスターまで残しておくと本体以上にがさばる。そして製造量が多いので全てが売れるモノではない。その点からブリスターは処分し、外箱のみ1シリーズ3~4枚だけ残しておく事にした。

 それまで引越しの際にミニカーを入れてきたダンボール箱にまとめていたが、専用に収納ケースを購入。整理して入れてみた。
 京商の解説カードもまとめて小箱に収めた(まるでメンコだ)。

 “その時”が来るのは、なるべく後の方が良いのではあるが。
ミニカーラック | 投稿者 ドルフィン 10:53 | コメント(2)| トラックバック(0)

衝撃 オレンジのマクラーレン

4-12p1
 新車発表会で疲労されたオレンジ色のマクラーレンMP4/12は衝撃的だった。
 メインスポンサーは未発表で、シャシー名がデカデカと書かれただけのボディ。“暫定カラー”としながらも「このまま本戦に出てもカッコイイんじゃないの」と思わせる雰囲気だった。
 その昔、タイレルにスポンサーが付かずボディに「Tyrrell」と書いていた時期を思い出されもした。
 
 当時、オレンジ色のS-MXに乗っていたので「カッティングシートでMP4-12と作って車体に貼ってやろうか」とまで思った(―だけだが)。
4-12p2
 サークルKサンクス限定、京商「マクラーレンF1」にはMP4/12がオレンジのプレゼン車と本戦車の2種類がラインナップされていた。2種は全くの同じ車体で、シリーズ中に改良された箇所は再現されていない
 「1車種1台」をポリシーとしているドルフィンにとって“単なる色違い”なので、どちらかを落とそうかと迷った。リリーズ全車種1台でもかなりの金額になってしまう。
 しかし、両方とも選んでしまった…。
京商 | 投稿者 ドルフィン 11:10 | コメント(1)| トラックバック(0)

帰ってきた粗悪GT-R

GTR全チーム
 塗装の粗さが目立った京商「GT-Rレーシング」
 “塗装むら”どころか下地が見えてしまっていたり、デカールが剥げてしまっていたものもあった。
 さらには細いサイドミラーが折れていて接着剤らしき塊で固定してある(出荷時に!)悪質なものまであった。
 部分は小さいので「交換のために送り返す」かどうかためらった。しかし、1台が850円と高値設定だった事を思えば「交換やむなし」としたのだ。1台だけならまだしも全8台中に数台もあったのだから。

 年末年始を挟んだために本日(日付的には昨日)ようやく全台が勢ぞろいしたのだった。
 確認するまで「交換されたものにも不具合が見つかったらどうしよう?」との不安もあった。
 購買者という立場にありながら「このくらいの不具合で交換に出して嫌がられはしないか」などと思ったりもする(住所も名前も知られるし)。
 しかし、素直に交換してくれたので少しはホッとしている。
 できる事ならはじめから不良品を出さない体制であって欲しい。毎月リリースには無理が生じているのではないだろうか?
京商 | 投稿者 ドルフィン 00:26 | コメント(0)| トラックバック(0)

気が付けば20年モノ

ポンチョ1
 ワインの話ではない。「20年モノ」ではあるがレース観戦アイテムのポンチョなのだ。
 ベネトンフォーミュラ1ポンチョ'88~’89年頃の日本GPで購入したのでもう20年も使い続けている事になる。

 それだけ重宝するのには訳がある。
 近年、サーキットで売られているポンチョは化繊の“織り物”に防水加工しているだけなので、長時間雨に打たれていると“染みてくる”のだ。
 しかし、このポンチョは塩ビ系の素材で作られているので浸水しない
 昨年の鈴鹿1000㌔予選では久々にサーキットで活躍した。その時にもベネトンフォーミュラ1のポンチョを着ている方を何名か見かけたが、全員“次世代”の織り物ポンチョだった。
ポンチョ2
 以前は普通の雨カッパだったが荷物の防水が問題だった。
 しかし、ポンチョは荷物を背負える、内側で作業ができる利点があった。フード部分に帽子のツバを引っ掛ければ雨が顔にかかりにくい。
 1年のレース観戦で数回は活躍していたが、サーキットから足が遠のいた現在ではチャリ通勤の際に使用している。特に冬場は中に防寒服を着込めるところが良い。
 多少痛みがでてきているが、今後も着続けていくことだろう。
 
アイテム | 投稿者 ドルフィン 16:14 | コメント(0)| トラックバック(0)

GCマシンを追撃

追跡
手持ちミニカーで「サーキットの狼」(24) 

 東名高速で怪物マシンを追って、風吹&早瀬のポルシェ930ターボが走る。2台に加わるマセラッティ・ボーラ ―。
 連載が長期に渡るビッグレースの合間に公道バトルが入るところが『―狼』の面白いところ。

 ここで初めて名前が明らかになる「ボーラを愛する男」切替テツ。Aライ模擬戦の時とは顔つきが違うのは、モデルになった人物が確定したからだろう。

 故意に事故を引き起こすモンスター。その正体は中古の富士グラチャンマシン
 特殊な車両だけに犯人割り出しは簡単なはず。高速パト隊は振り切られても、写真を撮って車両購入ルートをたどればよいのだから。
 しかし、それをやってしまったら漫画として面白くない。車の問題は車で解決しなくては。

 同一車種で腕を競うはずの“宿命のライバル”だったが、犯人検挙が優先され“勝敗”よりも“コンビネーション”が光る1戦であった。
 ボーラはまたしても遅れをとってしまう。
京商 | 投稿者 ドルフィン 10:58 | コメント(2)| トラックバック(0)

紅白 蜜月の解消 MP4/11

11-1
 マクラーレンと言ったら紅白のマーボ○カラー。マールボ○と言ったらチーム・マクラーレン―とのイメージが非常に強かった。
 CARTのペンスキーでさえも一瞬「マクラーレン」に見えてしまう。
 事実'89年日本GPのイベントブースに展示されていた“マールボ○カラーにペイントしたF3000ローラ89”を見て「マクラーレンが置いてある」と言っていた方が多かった。
 他のチームにも支援をしていた紅白のスポンサーがフェラーリ1本に絞ると発表した時には驚いた。
 マクラーレンMP4/11最後の紅白ボディとなったマシンだ。
11-2
 フロントタイヤ後の清流板やミドルウイング他、付加パーツが多くなったこのマシンを京商の1/64モデルは巧みに再現している。
 リアウイングは3枚で構成。リアタイヤ前の小ウイングも、塗装で“埋まりかかっている”がしっかり“抜けて”いる。
 実車の成績はパッとしなかったが、モデルとしては優秀である。
11-3
 日本GPが最終戦だった頃、決勝日の早朝には各チームが記念写真を撮るシーンが見られた。
 キャンプ生活も3泊目とあってゆっくりしたいのだが、この記念撮影シーンに間に合うように早くスタンドに向かったものだ。
京商 | 投稿者 ドルフィン 11:29 | コメント(2)| トラックバック(0)

ホンダ二輪も縮小

7ホンダ
 ホンダがF1に続き2輪のレース活動縮小を発表した。
 モトGPとトライアルは従来どおりだが、鈴鹿8耐はワークス参戦を止めてマシン供給のみになるらしい。
 
 新聞の見出しを目にした時には「ここまできたか!」と慄(おのの)いた。
 しかし、考えてみれば鈴鹿8耐でガンガンにワークス活動しているのはホンダだけ。主流はセミワークスとプライベーターになっている。(←あまり詳しくないので内容にチョット不安)
 鈴鹿のビッグイベントでのワークス参戦中止めは「鈴鹿8耐の衰退加速」が危惧される。
“力の均衡”“レースの面白味”を考えれば丁度良いのかもしれない。
 
 ドルフィンが観戦に行っていた頃、ホンダ、アマハ、スズキ、カワサキの4大メーカーがそろってワークス活動をしていた。バブル絶頂期に向けて好景気だったのだなとつくづく感じる。
京商 | 投稿者 ドルフィン 12:48 | コメント(2)| トラックバック(0)

彼女のターボ 930

930ターボ3
手持ちミニカーで「サーキットの狼」(23) 

 裕矢の背後につけるポルシェ930ターボ。「早瀬か!?」って車体の色が違う事くらい分からんのか~ーとツッコミたくなった2台目の930ターボの出現。
 いくらお金持ちのボンボンでもスペアカーまでは購入しないでしょう。
 「同じ車に乗って少しでも気持ちが分かれば」と、早瀬を慕う山岸みのりが購入したホワイトボディのポルシェ。さすがはお金持ちのお嬢さんだ。

 イメージ的には白のカレラRSに乗っていた早瀬が白930で赤930がみのりなのだが。先に輸入されてきた車体が赤だったため、実車に合わせての設定なのだろうか?

 裕矢が試乗させてもらうのだが、以後、割と裕矢は“足”として930白ターボを使用している。
 ブレーキが良く利く状態に慣らされていない=「“アタリ”がきていない」という言葉づかいを初めて知った
 走るだけ走って止まらないなどとポルシェとあろう自動車メーカーがそんな危険な製品を送り出して良いものだろうか?

 ロータス・ヨーロッパ・ターボの時も「ターボの利きがワンテンポ遅れる」という主人公らしくハンデを背負っていた裕矢。今回もブレーキに「アタリが無い」というハンデを持ちながら930ターボを駆使してゆくのだった。
 930ターボ4
ミニカーは銀、実車は金の930ターボ
京商 | 投稿者 ドルフィン 10:39 | コメント(0)| トラックバック(0)

悪童達の日本GP

M26-4
 ハントマクラーレンM26がチェッカーを受けた瞬間、警備が手薄になったのを見計らって悪童達はフェンスの破れ目からピット裏に忍び込んだ―。
 '77年F1日本GPの事である。

 ウイニングランを終えてパドックに戻ってきた優勝マシンを間近で写真撮影。その時フィルムの残量は36枚を越えていた。
 当時はフィルムも現像&プリント代も高額だったため、子供の小遣いでは36枚撮り1本が精一杯だった。“パドック侵入”など考えていなかったのでレース中にフィルムを使いきってしまっていた。
 「あれ?まだ獲れる」と思って撮影していた結果が下↓の写真である。
ハント
 フィルムの端“37枚目”に多重露光されていたのだ。1位と2位がいない表彰式が2枚くらい重なっている。
 「あの時フィルムをもう1本持っていたら…」と今でも悔やまれる
 さらには数年後、撮影したネガフィルムの何本かを友人に貸したところ紛失されてしまったのだ。
 F1に熱狂し始めた'77年の日本GPは頭の中にしか残っていない。その記憶を鮮明に蘇らせてくれるのがミニカーであり、雑誌の写真でもあるのだ。
ブランビラ
モンツァ・ゴリラ=ビットリオ・ブランビラのサイン
 パドックをウロついていると、知らないおじさんが「あの人にサインもらっときな」とレポート用紙とペンを手渡してくれた。数人のドライバーの顔しか知らなかった頃だ。
 サインももらった外国人は『グランプリの鷹』のイタリアGPで鷹也と競い合う「モンツァ・ゴリラ」「雨の魔術師」のニックネームを持つエンサインのビットリオ・ブランビラだった。
 サインペンを渡した時に「キャップを取りな」とペン先をこちらに向けたのが印象的だった。以後、サインをもらう時にはキャップを外してペンを渡すようにしている。 
リベイロ
ブラジルの新星(当時)アレックス・リベイロのサイン
 もう一人、サインをもらえたのがマーチのアレックス・リベイロ。彼はその後どのようなレース活動を行ったのかは不明。
ミニチャンプス | 投稿者 ドルフィン 11:42 | コメント(0)| トラックバック(0)

ハント最後の優勝マシン M26

M26-1
 ジェームズ・ハント、生涯最後のF1優勝は'77年の日本GP。その時のマシン、マクラーレンM26がついにミニチャンプスからリリースされた。
 情報を知った時は既に「発売中」と寝耳に水。慌てて大手家電量販店おもちゃ館やネット通販を調べたが「売り切れ」状態。待っていた人の多さを感じると共に「入手できないのでは?」「後から日本GP仕様が出るのでは?」「再入荷するのでは?」との不安感に襲われた。
 ミニカーを集めはじめた時から欲しかったマシン。こればかりはゼッケンNo2のヨッヘン・マス車ではダメなのだ。
 ようやくネット注文できたが、実際に手元に届くまでは安心できなかった。

 旧年代のマシンなのでM23同様に“カウルが外れる”モデルになるのかと思っていたら一体型であった。
 日本GPではフロント・ラジエーターの前に“屑避けネット”みたいなモノが付いていたがモデルには無い。これは「日本GP仕様」が出る可能性もある。恐ろしや…。
 M23ほど成功を収めていないものの、スタイル的にはこのM26の方が好きだ。オイルクーラーへのエアが導入のため、サイドポンツーン後部が絞り込まれている様は現代F1に通じる。
 ラウダとの激戦を通して勝ち得たゼッケンNo「1」がカッコイイ。
ハント マクラーレン
'77年日本GP/ハントのマクラーレンM26

― 嫁、衝撃の一言 ―
 モデルを眺めながら感傷に浸っていると嫁はんも見に来た。そしてモデルを見て一言「この人、腕が長くない?」
 改めて見直してみるとヘルメット(頭部)が小さいのだ。同スケールのM23と比べたら遼に小さかった。
 当時のドライバーが付けていたヘルメット開口部に取り付ける“防火マント”も付けて欲しかった
M26-2
確かにヘルメットが小さい…
ミニチャンプス | 投稿者 ドルフィン 10:42 | コメント(6)| トラックバック(0)

遭遇 ハッキネンと MP4/9

9-1
 '94年の日本GPは木曜日が祝日とあって、1日早く鈴鹿サーキット入りした。マシンは走らないが“お楽しみ”は多かった

 遊園地を通りグランドスタンド下の通路を使ってピットに向かうドライバーが多く、遊園地内や通路で見かける・握手する・サインをもらうチャンスがあった
 漫画『赤いペガサス』でも描かれている「歩いてサーキットを下見する」ドライバーも結構いた。ベルガーは車で試走。ハッキネンクリスチャン・フィッティパルディが歩いてコースに出たので、時間を見計らって最終コーナー内側に向かった。
 “同じ目的”のファンが何人か来ていた。ハッキネンやフィッティパルディが近くに差しかかった時、女の子が名前を叫ぶとフェンスの所まで来てくれたのだ。こんな時女性の声パワーは強い
 2人のドライバーにサインをもらえて最高にラッキ~!!

 改修された鈴鹿サーキットではこれだけドライバーに接近できるポイントなんて皆無になってしまうのだろうな。
 安全性は高くなっても競技者側と観客側の距離は遠くなってしまうのは残念だ。
9-2
 思い出話から先に入ってしまったが'94年型マシン・マクラーレンMP4/9のモデルを見ると、あの時の興奮が蘇ってくる。勝ち星は無かったが思い出深い車である。
 後部へ向かうにつれ広がるサイドポンツーンは、上からのシルエットだけ見ればウイングカー禁止になった直後のF1マシンのようでもある

ハッキネン
ミカ・ハッキネンとサイン いい人だぁ~!
ハッキネン・サイン
京商 | 投稿者 ドルフィン 18:09 | コメント(4)| トラックバック(1)

自然消滅・土方 ウラッコ

ウラッコ
手持ちミニカーで「サーキットの狼」(22) -Aライ模擬レース編-

 暴走族取締り警官だった土方が、A級ライセンス取得のために乗ってきた車がランボルギーニ・ウラッコだった。
 ライセンス取得のためだけならサニーでもシビックでも良かったはずだ。しかし「世界に通用するレーサー育成」を掲げた谷田部のおやっさんが土方を支援する際、風吹裕矢をはじめとする多くの腕自慢達との力量を計るためにスペックの高いマシンを与えたのだろうと考えられる。

 読者的には“宿命的”な早瀬左近の次に現われたライバル・沖田の方が印象強い。早瀬と違って(?)職業を持った大人の雰囲気と、病気持ちのハンデが心に深く刻み込まれた。
 土方はその“後釜”という立場で陰が薄くなってしまっている。
 そういった読者の反応に呼応して、毎回のレースにレギュラーとして参加するも“やられキャラ”として自然消滅(おやっさんの支援も)してしまった悲しい末路だった。

 車の脚光は、初登場時の影法師リーダーがドライブしていた公道GPの方が強い。
京商 | 投稿者 ドルフィン 11:44 | コメント(2)| トラックバック(0)

銃爪 ―ひきがね― と大勢

パンテーラ1
手持ちミニカーで「サーキットの狼」(21) -Aライ模擬レース編-

 多重クラッシュの弾き鉄(ひきがね)になったのがデ・ト・マソ・パンテーラGTS
 コーナーの多い筑波サーキットで車体が浮き上がって反転するくらいのクラッシュなのだから、どれだけの衝撃だったのだろう。

 この車は極道連の頭が乗っていた「栃木ナンバーのパンテーラ」ではない。写真のトミカのようにウイングこそ付いていないが、GTSグレードでパワーもかなりあるらしい。ヨーロッパ・ターボを駆る裕矢も苦戦したほど。

コルベット2
ファイヤーバード1
 コルベット・スティングレイ、ムスタング・マッハ1、ファイヤーバード・トランザムといったアメリカンスポーツカーも“その他大勢”として登場している。
 同じ“その他大勢”でもマツダ・サバンナ、カローラレビン、セリカLBの方が“リアル”である。

 『サーキットの狼』の各レースではスタート時にエントリーリストが紹介されている。1レースを描くのに長期間を要するため、レース途中で「この車を“今”出したい!」と思う事はなかったのだろうか?
 そういった点では途中乱入もアリだった公道グランプリでのカウンタックはやり易かったに違いない。

 読者に「遂にこのマシンまで!?」と思わせるサプライズは流石島レース・練習日のランボルギーニ・イオタくらいなものか。
914-6
ポルシェ914-6 浜名湖サービスエリアで

 ミニカーは持っていないがポルシェ914-6も劇中に登場する。子供の頃、田舎町でも“たまに見る事ができたポルシェ”である。
トミカ | 投稿者 ドルフィン 11:09 | コメント(0)| トラックバック(0)

12気筒兄弟 365BB

512BB
手持ちミニカーで「サーキットの狼」⑳ -Aライ模擬レース編-

 ハマの黒ヒョウのカウンタックとともに筑波サーキットのギャラリーと読者を驚かせたのはフェラーリ365ベルリネッタ・ボクサーだった。
 当時の世界最高速度を争っていた2台のスーパーカーが肩を並べての参戦。ドライバー名は明かされていないが、ライセンス講習会にすらスーツでやって来てる口ひげの金持ち風に描かれている。黒ヒョウと一緒に来場し「12気筒兄弟」と馴れ合っているところから旧知の仲と想像される。
 普通に「フェラーリBB」と呼ばれていたり、後々改めて512BBが登場する事から365BBと思われる。
 黒ヒョウと違い公道レース等の経験は少ないようで、勝負に熱中するあまりコース上のオイルに気付かずスピンしてコース内側の池に落ちてしまうのだった。

 BBはミニカー付きコーヒーの512タイプのモデルしか持っていない。さほどBBファンでもないうえ外見上はほとんど同じなので1台あればいいかなと。
365BB
365BB '77年、三保文化ランドでのスーパーカーショーで
ミニカー付きコーヒー | 投稿者 ドルフィン 22:08 | コメント(0)| トラックバック(0)

裕矢の前にストラトス

ストラトス
手持ちミニカーで「サーキットの狼」⑲ -Aライ模擬レース編-

 後に風吹裕矢が乗る事になるランチア・ストラトスHF。しかし、彼よりも前に乗っていた男がいた。北海の龍である。
 現在なら国産車でも雪道に強い四駆マシンが数多いが、当時としてはストラトスのネームバリューは絶対的な威厳を持っていた
 北海道の雪道で慣らした(夏場は?)腕とマシンを持ってロードコース(筑波サーキット)にやってくるとは大胆不敵な男だ。
 
 裕矢は主人公らしく、パワーマシンよりも池沢センセご推薦のハンドリング性能が良いマシンを乗り継いでいる。ロータス・ヨーロッパ→ディノ246GT→ランチア・ストラトス…。
 ライバル・マシンとして登場させたが、後に主人公が乗るというパターンは『サーキットの狼』では珍しくない。通常ならアムロがドムに乗るほどの衝撃なのだが…。
ストラトス実車
CM'S | 投稿者 ドルフィン 21:11 | コメント(3)| トラックバック(0)

終始 ハッキネン初表彰台 MP4/8

8-1
 ミカ・ハッキネン、栄光へのまりは'93年日本グランプリから。マクラーレンMP4/8・フォードで初の3位表彰台をGET。
 F3からF1・ロータスにへステップアップしたものの、かつての栄光あるチームも下降気味。後からF1に来たシューマイケルが早々に入賞→優勝→チャンピオンへの道を辿ったのと反対に、苦労時代が長かった。
8-2
 京商「マクラーレンF1」のモデルもハイノーズを忠実に再現。近年のマシンのように付加パーツが無い分、コクピット前方が湾曲したように上向いているのが分かる。
 タバコ・ロゴが抜けていると白い部分がノッペリとしてしまい、チョット締まりが無い感じがする。実車の写真を見てこんなにも“文字が”多く入っていたのだと再確認させられる。
8-3
 ハッキネンの優勝へはもう少し時間がかかるのだが、やはり戦闘力のあるマシンに乗って攻め込む姿は良い。

8-4
 チームメイトのアイルトン・セナは日本GPで優勝するも、アーバイン殴打事件を起こしてまたまた騒動を起こす。
 初めてチャンピオンに輝いたサーキットだが、彼の鈴鹿ラストランになってしまったのは寂しい。
 アーバイン殴打事件のきっかけになった「トップ争いが遅いから抜いちゃった」シーンは'07.10.16「痛快!アーバインのセナ抜き 中国GP記念 ザウバーF1.07」にて連続写真を掲載
京商 | 投稿者 ドルフィン 19:59 | コメント(2)| トラックバック(0)

愛国車・魅死魔のZ432R

Z432R
手持ちミニカーで「サーキットの狼」⑱ -Aライ模擬レース編-

 「国産車にしか乗らない」と愛国精神を語る首都高暴走族の頭・魅死魔。当時の暴走族で外国車に乗っている方が珍しいというもの。
 魅死魔という名も“暴走族の当て字”っぽいので、本名はきっと「三島」なんだろう(想像)。モチーフは作家・三島由紀夫氏と思われる。
 Aライ受講の際にも魅死魔の名を語っていた。うろ覚えだが、ライセンス発行の際は偽名でも良かったのではないかと記憶する。平仮名表記の“ひらき”はOKのはず。

 当時のレース用車両の市販モデルであるニッサン・フェアレディZ432Rをドライブしていた。
 しかし、あれだけ愛国車精神を語っていたのにも関わらず、後の流石島レースからは「戦闘力の無さに見限った」とあっさりフランス車に乗り換えてしまうあたり“若い”というか“上っ面だけ”だったのかもしれない。
 スーパーカーをサーキット用にセットアップするよりも、国産車をレース仕様にした方が絶対速いだろうが、読者がそんな“地味”な事を許すはずが無い。
 せめてセリカLBターボくらいに乗せてやってもよかったのに(時代的に間に合わなかったのかな?)。
Z432-2
リアルX | 投稿者 ドルフィン 20:40 | コメント(2)| トラックバック(0)

愚弄 セナの大罪 MP4/6

6-1
 「自分をサポートしてくれたお礼」と優勝をベルガーに譲ったセナ
 『友情』とファンは感動に酔った'91年F1日本GP。

 決勝前に共倒れを防ぐために「先に1コーナーを制した方が先にゴールする」と両者の間で取り決めがあったらしい。
 F1人気をあおるためにマスコミは深く追求せず、TVやセナ漫画を連載していた「少年ジャ○プ」では『友情』ということにした。ファンは“真に受けて”『友情』と『感動』を焼き付けられている。
 人に気付かれずさりげなく先行させたのならまだわかる。しかし、セナは“約束を守る”か“優勝”を取るか最後の最後まで迷った。結果、ゴール直前にあからさまなスローダウンをしてベルガーを優勝させた。
 こんな八百長紛いの事が『友情』なのか? デキレースじゃないのか?

 前年のプロストへ体当たりしてチャンピオンを取るやり方といい、2年連続で日本GPを愚弄した。「日本でなら何をやってもメディアやファンがかばってくれる」―とでも思っていたのだろうか?

 セナ・ファンからは反感を買う事だろうが、ドルフィンの意見はこうである。
6-2
 マクラーレンMP4/6アイルトン・セナにチャンピオンをもたらした名車である。
 しかし、サークルKサンクス限定、京商「マクラーレンF1」のモデルカーを入手するかどうか、セナではないが最後の最後まで迷った挙句ベルガー車を選んだ
 せっかくシリーズで出る事だし、マシンに罪は無い。

 ノーズ先端にはセナ漫画を連載し、スポンサーも兼ねていた「少年ジ○ンプ」のロゴがしっかり入っている。あまりに小さいので「チャンプ」と間違える方もいるのでは? 「何故バイク誌の名前が?」と―。
京商 | 投稿者 ドルフィン 18:23 | コメント(2)| トラックバック(0)

激突 セナ・プロスト MP4/5

5-1
 「激突」―この言葉が当てはまるシーズンだった。
 2年連続チームメイト同士のタイトル争いは、公衆の面前で互いをぶつけ合って終結した―。

 京商マクラーレンMP4/5・ホンダは、チャンピオンナンバー「1」を付けたアイルトン・セナ車を選んだ。
 ロールバー上部に'70年代風インダクションポッドを付けている。今ではさほど感じないが、当時は見慣れていなかったせいか“大きな吸気口”に見えた。
 シャープなノーズに絞込みのあるボディ。サイドポンツーンの湾曲加減が美しい。
5-2
上の写真は友人のブラジル土産のキーホルダーと
下の写真はホンダのステッカーと。写真はプロストになっている


―'89年日本GPの思い出―
 決勝日午前0時。ゲートオープンと同時に南ゲートからシケインに向けて
猛ダッシュ。高校時代は駅伝部だったがブランクの長さは肺と心臓を痛めつけた。
 苦労の甲斐あって'89年シーズンと日本GPを象徴するシーンを間近で目撃できた('07.9.9 「セナ/プロ激突の瞬間 マクラーレンMP4/22~イタリアGP記念」で連続写真を掲載)
 友人2人とそろいのベネトン・ブルゾンを着て観戦したとか、予選日の晩にパスタを自炊したがメチャ寒かったとか―色々と思い出はあるが、2車の激突には敵わない。
5-3
'88年ワールドチャンピオンのセナ。この頃のセナは良かったが…
京商 | 投稿者 ドルフィン 19:27 | コメント(0)| トラックバック(0)

左近の新兵器 930ターボ

930ターボ1
手持ちミニカーで「サーキットの狼」⑰ -Aライ模擬レース編-

 裕矢のライバル・早瀬左近が新たに用意したマシンがポルシェ930ターボ
 シルエット・フォーミュラのようなレーシングカーが装備している先端技術を持ったマシーン―登場時にどれだけ興奮したものだろう。当時としては先進の市販車でターボエンジンを搭載した“超マシン”だった。

 サーキットレース参加に必要な国内A級ライセンスを取得の際、ルールが分かっているか実際に確かめる“サーキット走行”を、順位を決める“模擬レース”とし激しいバトルを展開させたのは破天荒に近くもありリアリティのあるアイデアだった。
 子供の頃はA級ライセンスを得るために毎回こんな小レースが行われているのかと思っていた。実際はペースカー先導による走行なのだが。

 早瀬左近は幾多のスーパーカー相手に930ターボを使いこなして優勝(―というより1位ゴール?)した。それが生涯唯一無二の優勝になろうとは…。
930ターボ2
モデル、実車ともに模範的930ターボじゃないけど…
“白のマシン”は後々で使いたかった~
ミニカー付きコーヒー | 投稿者 ドルフィン 19:11 | コメント(2)| トラックバック(0)

凱旋 ヨハンソン MP4/3

3-5
 普通はゼッケン「1」のアラン・プロスト車を選ぶだろう、マクラーレンMP4/3ならば。
 しかしドルフィンはゼッケン「2」のステファン・ヨハンソンを選んだ。ヨハンソン選手の方が日本に馴染みがあるからだ。

 ヨーロッパF2でスピリット/ホンダをドライブしていたヨハンソン選手は鈴鹿F2JAF・GPでも来日。その後、ホンダがF1にステップアップした際にスピリット201/ホンダのドライバーにもなった。
 F2マシンをF1規格に改造した無理ムリ感のあるスピリット201だが、好きなんだな~コレが。当時のホンダエンジンに対する期待感とかも混ざり合って、今でも好きなマシンだ。モデルカーもあれば欲しいくらい。
3-3ヨハンソン
同じホンダ・エンジンの中嶋選手と真っ向勝負

 F1に参戦しつつ全日本F2にも参戦していたので会ってサインをもらう機会もあったり、観戦に行ったレースで優勝したりと彼の存在感は大きい。
 見る角度によってはルックス良かったり“フランケン”に見えたり。
 そんな彼がマクラーレンのドライバーになった時は「やったな!」という感じだった。そして日本GPの鈴鹿で走った時は“凱旋帰国”のようだった

 F1では優勝する事は無かったが、2位まで上がったマシン・MP4/3は貴重なコレクションである。
3-4ヨハンソン
全日本F2で優勝したヨハンソン
ヨハンソン・サイン
鈴鹿で頂いたサイン
京商 | 投稿者 ドルフィン 22:43 | コメント(9)| トラックバック(0)

待望 日本GP MP4/3

3-1
 待った。10年待ってようやく日本に帰ってきたF1GP。マクラーレンMP4/3はその'87年のマシンだ。
 J・ハント以来マールボ○カラーが好きだったので、木曜日の完熟走行でゼッケン「1」と「2」を付けたマールボ○・マクラーレンの編隊走行には涙が溢れた

 Kサンク限定、京商「マクラーレンF1」の1台。
 ターボ車は2車種のみでともにTAGポルシェ・エンジン車。コックピットから後方が長い。付加パーツが少なく、サイドポンツーンが長いスタイルはウイングカー時代にも似ていて好きなスタイルだ。
 フロントウイング翼端板の“段差のある厚み”やディフューザーまで再現されている。
 リア部分が長いだけあって、タバコロゴが無いと間延びした感を受ける。せめてダミー文字でも入れて欲しかった。

―'87年日本GPの思い出―
 この年まで名古屋市に住んでいたので、木曜日~日曜日まで毎日バイクで通った。季節的に野宿は厳しかった。名四国道でのバイク無差別級バトルは楽しかった(←おいおい、危険だろ!)。
 '77年日本GPを一緒に観に行った友人も名古屋に住んでいたので、決勝が終わるとダッシュで帰り一緒にTV観戦し、思い出話に花を咲かせたのだった。彼と一緒にもう一度F1観戦に行きたかったなぁ

3-2
京商 | 投稿者 ドルフィン 19:44 | コメント(1)| トラックバック(0)

帝王 ラウダのMP4/2

2-1
 今回の京商「マクラーレンF1」で一番欲しかったのがマクラーレンMP4/2「8」ニキ・ラウダ車だった。
 一度は引退したもののマクラーレンで復帰しチャンピオンを獲得した帝王のマシンである。
 実車を見ることができなかった鈴鹿でF1開催される前に走っていたターボ無制限時代のマシンなのだ。

 現代のF1マシンに比べて付加パーツは無いものの、ダウンフォースを得ようとリアウイング周辺がやたらと大きい。コックピットが前寄りでずんぐりとした印象を受ける。
 タバコのロゴは無いが他のスポンサーロゴは入っている。エンサインのメインスポンサーもしていた「UNIPART」なんて懐かしいじゃないの。
2-2
 若くてノリにノッていたA・プロストを相手に勝ち星では劣るも“シーズン全体で勝つ”巧みさを持ったラウダ。
 '76年のF1inJAPANで走る姿をチョコッと見ただけで終わってしまっただけに憧れ度も大きい。ドルフィンの中でその存在の大きさはセナ、シューマッハ、ハッキネンなどとは比べものにならない。
 せめて鈴鹿でF1開催される'87年まで現役でいて欲しかった。

 写真はマクラーレンで復帰後のヘルメットのピンズとともに。
京商 | 投稿者 ドルフィン 19:07 | コメント(2)| トラックバック(0)

疾走!マクラーレン

マクラ-レン
 風邪をおして20Kmのドライブをした。京商「マクラーレンF1カー」を買うために。

 11車種・24台のラインナップだが、入手するのは各車1台だけでよい
 1台につき、どちらのドライバーを選ぶかというところから“お楽しみ”は始まっている
 日本で走っていた―とか、そのマシンでチャンプを獲った―とかが主な理由。
 シェイクして選ぶ場合、2ケースから選び出さなくてはならなかった。

 人気なのか、売り切れや1ケースしかなかったりしたので店を転々とするドライブとなってしまった。
 その甲斐あって、1台のダブリ以外は希望の車種を入手することができた。―が、風邪はよけい酷くなってしまったようだ。

 2~3ヶ月に1回だったサークルKサンクス限定・京商ミニカーの発売も、ここしばらくは毎月リリース。資金繰りが大変
京商 | 投稿者 ドルフィン 19:28 | コメント(2)| トラックバック(0)

季節限定大福

黒大福
 「TVチャンピオン」で優勝経験のある和菓子屋さんの季節限定「黒五大福」
 黒胡麻、黒米、黒豆、黒松の実、黒かりん―を使っているらしい。
 柔らかな黒い生地の下にこし餡、その内側に黒胡麻ベースのクリームが入っている三重包餡(ほうあん)。
 黒胡麻の風味が強いが、単なる胡麻大福とは異なる奥行きのある味わい
 二口くらいで「あっ」という間に食べ終えてしまった。
おまけネタ | 投稿者 ドルフィン 12:29 | コメント(0)| トラックバック(0)

素性不明 ハマの黒ヒョウ

カウンタックLp400
手持ちミニカーで「サーキットの狼」⑯ -公道GP編-

 『-狼』でニックネームが付いた初めてライバルこそランボルギーニ・カウンタックLP400を駆る「ハマの黒ヒョウ」である。

 カウンタックの登場には子供心に「こんな車があるのか!」と非常にセンセーショナルな出来事だった。
 裕矢のロータスに挑むも、車の性能を過信した黒ヒョウは高波に飲まれマシンを大破させてしまう。
 続く筑波Aライ模擬レースでは、勝負がしたいために“ワザと周回遅れ”になって“首位集団に絡む”という完全に青旗が振られる走路妨害をしてしまう。
 流石島レースでもマシンを大破→海中に水没
 BB、LP500S追跡戦でもドアを吹き飛ばされる―といういいとろころが全く無い“マシンのポテンシャルのみ”のドライバーとして描かれてしまった(作者の意図が無いにしろ)。そして最後には…。

 本名や素性は明らかではないが、何よりも1ドル=360円くらいしていた時代にカウンタックをポンポン買い換えるだけの大金持ちであることは間違いない。
 車も転がすが、土地も転がしていたのだろうか?

カウンタック3
LP500でスミマセン ミニカー写真もイエローしかなくてスミマセン(←黒ヒョウちゃうやん!笑)
ミニカー付きコーヒー | 投稿者 ドルフィン 22:02 | コメント(3)| トラックバック(1)

支援?実力?モチュールGT-R

オーテック1
 '08年シーズン、GT-R勢の中で唯一勝ち星が無かったモチュール・オーテックGT-R。しかし、それはエースナンバー「23(ニッ・サン)」を付けたザナヴィ・ニスモGT-Rをチャンピオンに押し上げるための支援とも考えられる。

 カラーリングこそ「23」号車と同じだが、識別のためにライトがブルーなところがカッコイイ。
 モデルカーを改造して点灯ギミックを付ける方もいるのではないだろうか? 残念ながらドルフィンはやりたくてもそこまで器用ではないのだ。
オーテック2
 今回の京商「GT-Rレーシング」は単価850円と高めであり、テストカーから各チームの実戦車まで全く同じ形で、単にカラーバリエーションの違いを楽しむモデルカーではあるが作りは細かい。
 リアのディフューザー周りは細部まで作り込まれている。
 実車同様リアウインドウ部もメッキされているために、車内が良く見えないが、ステアリングとシングルシートまでは取り付けられている様子。

 作りの細かさが災いして不良箇所も多かったのが難点である。
オーテック3
点灯するとライトカバーの青みが薄れてしまうのがもったいない
京商 | 投稿者 ドルフィン 17:10 | コメント(2)| トラックバック(0)

王車・ザナヴィ・ニスモGT-R

ザナヴィ1
 '08年スーパーGTチャンピオンを獲得したザナヴィ・ニスモGT-R。開幕戦以来、しばらく勝ち星が無かったので“他のGT-R勢”(決して他メーカーではない)にチャンプを横取りされるかとも考えられた。
 チャンプにならなくても京商ビーズコレクションを買おうと思っていた。
 テストカーでは赤/黒がキッチリと分かれていた車体カラーだが、本戦仕様では細かい配色になっている。
 京商「GT-Rレーシング」のモデルでは、さらに後部の黒塗装に“ラメ”が入っているのだ。実車でもそうなのかは分からないが、かなりカッコイイ。
 細かな配色とルーフのメッキ部分の多さ、そして“ラメ”―と、他チームのマシンと並べた時に一際目立つ色合いをしている

 何より王車の輝きを放っている。
ザナヴィ3
実車のようにフロントスポイラーの色分けもモデルでして欲しかった

 TVの『激G』を見ていたら、シリーズ後半になるにつれ「ウェイトを外し、且つポイントが獲れる“9位狙い”という言葉がドライバーやチームから度々聞かれた。
 優勝を目指すレースにおいて9位狙いってどうなの?
 シリーズチャンピオンを獲得するためとはいえ、それを堂々と言い放つってどういうことよ?
 それ聞いてすんごくシラケちゃった。レース観戦はTVで十分。高いお金出して行ってもそんなんじゃもったいないよ。
京商 | 投稿者 ドルフィン 17:59 | コメント(0)| トラックバック(0)

絶品!鶴橋ホルモン

ホルモン
 友人と鶴橋ホルモン焼きを食べに行ったのは大晦日の事。TV番組で割引があるからと。

 物心ついたときからホルモン焼きは食べていたが、ドルフィンの地元ではこれほど部位が細かく分かれてはいなかった。
 さすがは鶴橋。どれも絶品。近所の焼肉店では高くて美味しくなかっただけに嬉しさ倍増。
 より美味しく味わおうと半月の間、肉断ちして臨んだだけのことはある。満足のうちに満腹となった。

 ―のだが、半月も肉断ちしたのがマズかった。久し振りの脂でお腹がピーになってしまった。
 元日、2日と新年会でご馳走を頂いているのだが、未だお腹に不安を抱えてしまっているのだった。あらら…。

生ホルモンの写真はあまりにグロかったので、同じ鶴橋でお肉が飾ってあるショーウインドウでイメージ写真
おまけネタ | 投稿者 ドルフィン 20:49 | コメント(0)| トラックバック(0)

未来へ帰るんだ!マーティー

デロリアン1
 1日の深夜にTV放送されていた『バック・トゥ・ザ・フューチャー』。何度も観ているしビデオも持っているのに、放送されていれば観てしまう。好きなのだ
 深夜帯だというのに細々としたカットが入っているのが残念。

 葵豹馬・肉丸くん/三ツ矢雄二さんの快調なアテレコで、ビデオの字幕と異なる日本語版を楽しむ。
 結果は十分に把握しているのにもかかわらず、クライマックスの時計台シーンではついつい体に力が入ってしまう。

 デロリアン、カッコイイぜ~!
デロリアン実車1
キャラウィール | 投稿者 ドルフィン 12:12 | コメント(2)| トラックバック(0)

謹賀新年

雑煮

新年 明けましておめでとうございます
本年も『ミニカーのビギナ~ おまけ付き』をどうぞご愛顧ください。

 年末も押し迫った時に、欲しかったJ・ハントのマクラーレンM26がミニチャンプスから発売(?)になっているらしいと判明。時既に遅く、通販では完売状態。
 今後、シェクターのウルフWR1のように日本GP仕様が出てくれればいいのだが…。

 来週発売の京商「マクラーレンF1」にも'70年代のマシンは無く、セナが初チャンプを獲ったマシンも無かったことから「PARTⅡ」を残しているなと容易に想像される。
 できれば「ロータスF1」をやって欲しかった。やはりフェラーリと並ぶ現在の最強チームなのだからマクラーレンは妥当なセンだったか。

牛
 お雑煮は地域柄、丸餅を仕様。
日記 | 投稿者 ドルフィン 17:08 | コメント(2)| トラックバック(0)
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予約受付中!<br>
エブロ1/43<br>
ウイダー HSV010 スーパーGT500<br>
2010 チャンピオン #18
予約受付中!エブロ(ebbro)1/43ウイダー HSV010 スーパーGT500 2010 チャンピオン #18

予約【スパークモデル】(1/43)小林 可夢偉 BMW ザウバー C29 20010年日本GP 7位 #23 (SJ001) SPARK『11年2月-3月予定』101029
予約【スパークモデル】(1/43)
小林 可夢偉 BMW ザウバー C29
20010年日本GP 7位 #23
(SJ001) SPARK『11年2月-3月予定』101029

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